第82話『失われし者、利用されし屍』

 ミルゴの胸元から血しぶきが上がり、飛び散った血液は辺り一帯に広がった。出来上がった血だまりは生き物のように蠢き、二箇所三箇所と集って大きさを増し、人のシルエットを形作ってヌッと起き上がった。


 唐突に眩い光が放たれたかと思うと、血の塊は三人の人間に変身した。ミルゴが化けていた少年と見知らぬ男女二名で、全員が虚ろな目で立っていた。


「――――っ!?」


 マルティアは珍しく動揺し、展開した槍の雨の軌道をズラした。切っ先は村民三人の横を通り過ぎ、一発も命中せず遠くの地面に突き刺さった。


「おいおい! ややっぱ可愛い同属は殺せねぇかぁ! 手を汚したくねぇならさっさと退きやがれ、同属殺しになっちまうぜぇ!!」


 ミルゴは嘲笑し、村民三人を意のままに動かして特攻させた。

 俺は翼の部位から植物魔物のツタを生やし、マルティアの前に出た。


 致命傷に至らない程度にツタを振るい、まず男女二人を転ばせた。だがその肉体は脆く崩れ、形状変化前の血だまりとなった。肉片の一つも残らなかった。

 残った少年にツタを振るうが、こちらも血となって四散した。これまでの状況的に少年が死んでいるのは間違いなかったが、それでも罪悪感は湧いた。


(…………自分の血と魔力を使って捕食した人間を召喚したのか。胸を貫いて自傷したのは、より多く血を噴き出すためか?)


 ミルゴがいた場所を見るが、鎖型の魔導具しかなかった。冒険者組合の建物前で気絶していたはずのダブラもいなくなっていた。村民を囮に利用してこの場から逃げたようで、それらしい気配は消え去っていた。


「……申し訳ありませんわ、クー。わたくしの失態です」

「反応できなかったのは俺も同じだ。別に気負うことはない」

「そうですよ。ボクも術式を準備できませんでしたし」

「……お二人とも、お気遣いありがとうございます」


 マルティアは辛さを噛みしめ、血だまりを見つめて立ち尽くした。

 ここからどうしたものかと思っていると、近くの家の扉が開いた。中から出てきたのは夫婦と思わしき男性と女性で、恐る恐るといった様子で話しかけてきた。


「あ、あの、もう化け物はいなくなったんですか?」

「倒せはしませんでしたが、ひとまず追い払いました」

「……あぁ、良かった。もう助からないかと思いました……」


 女性が涙を流してへたり込み、男性が背に寄り添った。

 この町と関りがあるマルティアに素性確認を頼み、二人がちゃんと人間だという確証を得た。わずかでも無事な人間がいて安堵した。


「……わたくしはこの二人から事情を聞きますわ。クーとイルンは奴らが村の近くに潜伏していないか調べてもらってもいいでしょうか」

「分かった。イルン、念のため二人一緒に行動するぞ」

「了解です。ついで他の生存者がいるかも再度確かめましょう」


 俺たちは役割分担し、それぞれの持ち場へと向かっていった。



 それから一時間ほどで家の前に戻った。無事だった夫婦が隠れていた場所は家の地下にある食糧庫で、そこには十歳と五歳ぐらいの子どもがいた。

 四人が四人かなりの疲れ具合で、少ししたら眠ってしまった。仕方ないのでマルティアからこの村で何が起きたのか聞き、事の発端を知った。


「…………ミルゴが化けていた少年、名を『タルナル』と言います。十日ほど前に姿を消し、村総出で探すも見つからず、死んだと思われていました。ですが……」


 昨日の夕方、タルナルはボロボロの状態で村の門前に現れた。

 優しい村民は無事を喜び、タルナルを村の中に入れたそうだ。


「息子の異変に親は気付かなかったのか?」

「親は姿を消したタルナルを探しに行き、同じく行方不明になっていました」

「……家族全員喰われたってわけか、酷いな」


 眷属召喚で呼び出された三人の村民がその家族ではないかと聞くと、無言の頷きがあった。改めてミルゴとダブラの悪辣非道さに怒りが湧いた。


「マルティアが辛そうにしてたのはタルナルたちと交流があったからか」

「……人の死には慣れたつもりでしたが、やはり辛いものは辛いですわね」

「それが当然の反応だろ。悲しくなって当然だ。それと一つ気になるんだが、何でこの家の人は助かったんだ? 奴らが見逃しただけか?」

「十歳の息子さんがタルナルを見て怖がったそうです。あまりに怯えが酷く、なだめついでに家を出ず過ごしていたから無事だったとのことです」


 タルナルに化けたミルゴは家から家へと渡り歩き、何らかの方法で人々をさらっていった。半日ほど経った頃に地下室の扉前まで接近され、もうダメだと諦めかけた時に俺たちが現れたのだと知らされた。


「……もっと早くここに着いていれば、村民を助けられたかもしれません」


 マルティアは後悔の念を吐露するが、俺は否定した。ミルゴの性格を考えるに、実力者がいるなら襲撃日時をズラすだけだ。そう言い切った。


「どのみちもう事は起きたんだ。後ろばかり見てもしょうがないだろ」

「……そうですわね。クーの言う通り、今は先にすべきことがあります」

 そう言い、マルティアはいつもの調子を取り戻した。


「ミルゴとダブラの行き先ですが、村の外れにある採掘場が怪しいそうです」

「採掘場?」

「ここより一キロほど離れた地点にあるそうです。タルナルがいなくなった十日前ぐらいから魔物がうろつき始めたと教えてもらいました」

「……外れだとしても見に行くしかないな」


 ミルゴは村民全員を喰ったとは言っていなかった。効率良く喰うタイミングがあるのか、空腹じゃなかっただけか、どちらにせよ希望は残されていた。


「イルン、家族の護衛を任せてもいいか?」

「はい、任されます。クー師匠とマルティアさんが帰ってくる場所を守ります」

「明日の朝には戻ってくるつもりだ。……もし戻らなかったら」

「もし、はダメです。絶対に帰ってくると約束して下さい」


 俺は「そうだな」と言い、全員で帰ってくる約束を交わした。

 マルティアと共に外に出ると、時刻は夕暮れに近づいていた。


「マルティア、一応どっちがどっちと戦うか決めておくか?」

「クーが良ければミルゴを譲って下さい。村襲撃の作戦を考えたのはあちらと思われますので、完膚なきまでに叩き潰す所存ですわ」

「……また眷属召喚で知り合いが出たらどうする?」

「今度は動揺なく打ち払います。死んでしまった以上、好き放題利用させないことが唯一できる弔いです。ご安心下さいませ」


 胸中にあった複雑な感情を振り切ったのか、マルティアは冷静な顔をしていた。ミルゴの対処は任せることに決め、俺がダブラと戦うことに決めた。


「――――それじゃあ、キメラ退治を始めるとするか」

 目指すは採掘場、目標は村民の救出とキメラ兄弟の討伐だ。

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