第81話『キメラ兄弟』
人型のキメラ、正体発覚を受けてミルゴの肉体が歪んだ。
小さな肉体は成人男性ほどの体躯となり、腕や足が剛毛で覆われる。背には鳥型魔物の大きな翼が生え、鼻部分にはキツツキみたいな細長いクチバシが出てきた。
まるで『天狗』のごとき見た目となり、ミルゴは空に高く飛び上がる。追撃として放ったマルティアの槍十本を翼で防ぎ、ヒヒヒと下品な笑みを浮かべた。
「いやおや、変身が見破られたのは初めてだぁ。演技力にはだいぶ自信があったんだがなぁ、まだまだ研鑽が足りないってことかぁ。どうどう思う?」
少年に化けていた時と違い、ねっとりとした話口調に変わった。顔に猿型魔物を使っているからか人語を喋れるらしく、見た目と合わせて奇怪さが増した。
「お前が村人をさらった犯人か? いなくなった人たちはどこにいる?」
イルンとマルティアの前に立ち、問いを投げた。するとミルゴはこう応えた。
「んー、食ったなぉ。めちゃくちゃ美味かったぁ」
「……今何て言った?」
「おぉおぉ、怖い顔だぁ。でも俺が食べたのはほんの少し、後はこっちの拠点に持ってった。全部食べるとすぐ腹が空くからなぁ。後のお楽しみだぁ」
「……そうか、よく分かった」
俺は片手を前に出し、水レーザーを発射した。ミルゴはさっきと同じく翼の盾で防ごうとするが、威力を相殺しきれずに片翼を失った。
「ぬぐっ!? そうそうか、これは一人じゃ勝ち目無しだぁ」
ミルゴは慌てながらもおどけ、口を薄く開いてキィィィと鳴いた。直後、真後ろにある冒険者組合の建物がきしみ、入口辺りがバキバキとひしゃげ壊れた。
立ち込める砂煙と埃から姿を見せたのは、もう一体のキメラだった。
頭は黒い体毛の闘牛、胴体はミルゴと同じ猿型の魔物、腰から下は巨大な蜘蛛の魔物となっており、『牛鬼』ともいうべき外見となっている。全長三メートルは有にあり体格はごつかった。
「……んん? ミルゴあにぃ、ごいづらはなんだぁ?」
「まぁまぁの手練れ、ようするに敵だぁ。油断するなよ、ダブラ」
「……わがっだぁ、しんぢょうにごろず。やつざぎだぁ」
「おぉおぉ、見られた以上は活かしておけない。ここで殺す」
ダブラと呼ばれたキメラは手に棍棒を持ち、全員を押し潰そうと振り下ろす。俺は岩石巨人の腕で一撃を受け止め、もう片方の腕を二角銀狼の顔にして暴風を撃った。だがダブラは平然とし、腕で目元をこすって俺を指差した。
「……ミルゴあにぃ、こいつキメラでねぇがぁ?」
ダブラの声は胸元にある成人男性の顔の部位から発せられている。ミルゴは注意深く俺を見つめ、屋根から屋根へと飛び移りながら質問してきた。
「なぁおい、お前どうして人間の味方をする。戦う相手が違うだろうがぁ」
「村を襲った魔物を駆除するのに理由が必要か?」
「なるなるほど、そうかぁ。てめぇはまだ組織から勧誘を受けてねぇんだな。同士討ちは禁止されているが、ここれなら問題無しだぁ」
「……組織? お前らはキメラの組織に所属しているのか?」
聞き流せない情報だったので問うと、ミルゴはキヒッと笑った。
これ以上会話する気はないらしく、俺たちを仕留める構えに入った。
「――――さぁなぁダブラ、今度こそ殺すぞぉ!」
「…………あぁミルゴあにぃ、ぜんぶひき肉だぁ!」
そう言ってミルゴは後ろに飛び、濃度を増した霧に身を隠した。ダブラは棍棒で冒険者組合の建物を破壊し、瓦礫を勢い良くぶち撒けてきた。
ミルゴ(魔物形態)
攻撃B+ 魔攻撃B+
防御C 魔防御C
敏捷A 魔力量B
ダブラ(魔物形態)
攻撃B+ 魔攻撃C
防御A 魔防御B+
敏捷C 魔力量C
俺は二角銀狼の顔を再度構え、瓦礫をまとめて吹き飛ばした。イルンは俺たちの頭上に水球を配置し、細かい破片を防御した。マルティアは手に魔導具を三つ持ち、死角から攻撃してきたミルゴへ巨大剣の横薙ぎをお見舞いした。
「なにっ!?」
「ぐぬぅ!?」
ミルゴが怯み、ダブラが驚く。俺たちは目線を交わして頷き合った。
「――――イルン、マルティア、速攻で決めるぞ」
指示を出すと同時、二人は同時に動いた。イルンは巨大剣の攻撃でよろけたミルゴへと水マシンガンを撃ち、マルティアは退路を断つために槍を放った。
俺はダブラの棍棒を避けて跳び、脳天目掛けて岩石巨人の拳を打ち下ろした。見た目通りの怪力で防がれるが、押し返す余力は無さそうだ。間髪入れず自分の片足を二角銀狼の顔にし、がら空きの顔面に最大威力の暴風を喰らわせた。
「ぐるごるあぁぁぁ!!??」
ダブラの絶叫を聞きながら着地し、岩石巨人の腕を小さくして構えた。前方向の跳躍と同時にサイズを巨大化させ、目いっぱいの力でダブラを殴った。猿型魔物の腕と闘牛魔物の顔面は潰れ、よたよたよろけて地面に転がった。
(…………黒鱗のワイバーンの業火ならもっと楽だが、こいつらには聞くことがある。必要な情報を聞き出すためにも半殺しが正解か)
ダブラが動かないのを確認して振り向くと、イルンとマルティアも勝っていた。ミルゴは鎖の魔導具で身体を拘束され、あお向けの状態で暴れていた。
「あら、クーの方も終わりましたか」
「あぁ、さっきな。イルンもマルティアも怪我してないか」
「どっちも無傷です。連携が上手く決まりました!」
イルンは笑みを浮かべ、マルティアは余裕の腕組をしていた。
序列四位のカイメラと比較すると、ミルゴとダブラは雑魚といって差し支えない戦闘力だ。仮にキメラの組織に所属していたとして、序列十位にも届いていない気がした。俺とマルティアなら二対一の状況でも相手できそうだった。
「……さて、それじゃあさっきの問いを続けるか」
敵意を消さずミルゴに近づくと、忌々しそうな顔でわめき散らかされた。
「貴様貴様、この裏切り者がぁ! こっちをダシに組織の一員になる気かぁ!」
「……その口ぶり、お前らは組織に所属してないのか?」
「あぁあぁ、それがどうしたぁ! もっともっと魔物と人を喰って強くなれば序列を与えられる! なのにお前はぁ!!」
「やっぱりそういう基準や決まりはあるのか」
カイメラが何も言わなかったのは『俺に幹部としての実力があった』からだろう。詳しい判断基準は謎だが、知性や戦闘力に問題がある人型キメラは様子見となる。と、いったところかと今は納得することにした。
(…………まぁ何にせよ、あそこで着いて行かなくて正解だったな)
自分の選択が正しかったことに安堵し、イルンとマルティアに念話で声を掛けた。そして村民の居場所を聞くためにどちらを生かすべきか話し合い、比較的まともに会話ができるミルゴを一時的に生かすことにした。……その時だった。
ミルゴは急に背を起こして頭を振るい、鼻から生やした細長いクチバシを自分の胸に突き刺した。尋問回避の自害かと思うが、続く言葉は違かった。
「――――こんなところで終われるかぁ! 眷属召喚だぁ!」
その名、その力は未だ俺が手にできていないもの。キメラの特殊スキルだった。
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