第80話『音のない村』

 村の手前まで来ると身体の奥から痛みが湧いた。よく見ると敷地外縁部の柵には一定間隔で魔除けの魔石が備え付けられていた。気づかなかったので一瞬怯んでしまうが、活動に支障をきたすレベルの痛みではなかった。


(…………今のところ最初に立ち寄った村が一番きつかったな。魔石にはそれぞれ純度があるって言うし、魔除けの魔石も同じってことなのか?)


 そこのところどうなのかマルティアに聞いてみた。

 やはり魔除けの魔石には個体差があり、採集・採掘された地域によっても効力の差異があるそうだ。単純に大きければ性能が高いということはなく、手の平サイズでも魔物を広範囲に渡って遠ざけられる物もあるとか。


「魔除けの魔石の効力は時間と共に劣化します。ですので一定期間ごとの交換が必須なのですが、この交換時期の見極めが難しいのです」

「もしや見た目で変化が分からないからか」

「その通りですわ。この前コルニスタで起きた騒動のように、魔物が襲撃してきて初めて気づくことがあります。弱い魔物を飼って状態を確かめる方法はありますが、生き物である以上体調に波があるので判断が難いそうで」

「……なるほど」


 どうしても対応が後手になるため、人的被害は避けられない。加えて交換のタイミングが数十年に一度と長いため、劣化判別用の魔法の開発も進んでいないそうだ。


(…………三百年後の世界でアルマーノ大森林を取り囲んでいた巨大な魔石、あれもだいぶ効力が落ちていたよな。時の牢獄の力で魔除けの魔石に頼ることがほぼなくなって、交換時期が来ていたのに気づけなかったってことか)


 ずっと頭の片隅にあった疑問の答えが出た。あの時点で劣化の事実を知っていればと思うが、たぶん結果は大きく変わらない。魔術でも飛行船でも、あれほど巨大な魔石を新しく用意するのは到底無理であるからだ。


 俺は気を取り直して村の入口となる木組みの門へと近づいた。

 しかし門の外にも中にも見張りの人間がおらず、声を掛けても姿を見せなかった。不用心だと思って歩き進むが、村全体を見渡しても人の姿がなかった。それどころか家の扉が数箇所開け放たれて放置されていた。


「誰もいないな。どこかで集会とかしてる……、って感じじゃないよな」

「ボクもそう思います。まるで何かに襲われて逃げ出したようです」

「でもそれにしては被害が少ないな。外に出た足跡も見当たらない」

「……不気味ですね。霞となって消えてしまったみたいです」


 俺はイルンと一緒に家から家へと歩きまわっていった。

 村民を驚かせないように挨拶しながら家の中を覗くが、魔物に荒らされた形跡はなかった。片腕に二角銀狼の顔を生やして匂いを嗅ぐと、わりに最近まで人がいたと分かった。ならば何故人影一つないのかと疑問を浮かべた。


(…………この家に住んでいた人と思われる匂いは家の中に留まっている。外に逃げた様子はないし、魔物とかが入ってきた匂いもない)


 暖炉には微かに温かさの残った薪があった。ここで一体何があったのだろうか。

 一通り調査を済ませて中央広場に向かうと、単独行動していたマルティアが待っていた。その手にはあるのは一枚の木板で、そこには『行方不明者捜索願い』という文字と共に何人かの名前が綴られていた。


「――――ここに記載されている名には見覚えがあります。どうやら一週間ほど前から村民が姿を消す事件が起きていたようですね」


 数日掛けて一人二人といなくなり、村民すべてが今日消え去った。状況の不可思議さを助長するように霧が薄く立ち込め、微かに冷気が吹き付けてきた。


「どうします、クー? 一度村の外に出ますか?」

「いや、時間を空けると重大な痕跡を逃しかねない。ついさっきまで人がいたのは間違いないから、もう少し探索するべきだと思う」

「ボクもクー師匠に賛成です。何だか急いだ方がいい気がします」


 マルティアは少し迷うが、探索を継続する案に乗ってくれた。

 俺たちは何が来ても対処できるように周囲を入念に警戒し、当初の目的地である冒険者組合へと向かっていった。


 こちらの建物も相変わらずの人気なさで、両開きの扉が軋み音を鳴らして揺れていた。俺が先頭に立って中に入ろうとするが、ドアノブに伸ばした手が止まった。中から漂ってきたのはむせ返るような血の匂いだった。


「……イルン、マルティア、当たりだ」


 そう口にすると二人は身構えた。

 ゆっくり慎重に扉を開けていくが、入口付近に血のりや死体はなかった。安全を確かめるためにも一人で中へ……と思った時、背後で物音がした。


 振り返った先には十歳ぐらいの男の子がいた。どこかに隠れていたのか服には葉っぱや泥がついており、顔は怯え切っていた。一旦扉から離れると男の子は涙目で走り出し、俺たちの前に来て悲痛な声で叫んだ。


「お兄ちゃん、お姉ちゃん、魔物が現れたの! 助けて!」


 何が起きたか聞こうとするが、マルティアが手で制した。そして男の子の前で片膝を折って座り、優しい声音で質問をしていった。


「わたくしはマルティアと申します。あなたのお名前は?」

「ミルゴだよ! お父さんとお母さんが食べられちゃう! 早く来て!」

「えぇ、分かっています。ですが何も分からず動くことはできません。この村で何が起きて、あなたのお父さんとお母さんに何があったのでしょうか」

「えっとね、ちょっと前に怖い魔物が村に入ってきたんだ! 逃げようとした皆を次々石にしていって、口に詰め込んで村の外に運んでいったんだよ!」


 ミルゴはかくれんぼの途中だったため襲われなかった。確かにそういう力を持った魔物なら痕跡がなかったのも頷ける。だがはてと疑問が湧いた。


(……外に出ている人を運ぶならともかく、家の中にいる人をそう簡単に運べるものか? 少なくても窓か入口は壊れそうだが)


 魔物が向かった方角を聞こうとすると、先にマルティアが「ありがとうございます」と言って立った。その手には槍を出現させる魔導具があった。


 マルティアは一息で槍を空中に出現させ、鋭い先端をミルゴへと向け、瞬きの間に発射した。小さな肉体が無残に貫かれる光景が目に浮かぶが、そうはならなかった。ミルゴは子どもとは思えない身のこなしで槍の一撃を回避した。


「へぇ、気づいていたんだお姉さん。やるねぇ」

「残念でしたわね。姿を見せた時から猿芝居だと分かっていましたわ」


 状況整理が追い付かぬ中、マルティアの淡々とした声が響き渡った。

「クー、イルン、いつまでほうけていますの。あの子の肉体を『使っている』のは村人たちを消した魔物、人型のキメラですわ」

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