第79話『勇者と歌姫』※勇者コタロウ視点

 …………イルブレス王国の王城、そのパーティ会場に『オレ』はいた。

 辺りには白いテーブルクロスが敷かれた丸テーブルが並べられ、上には豪勢な料理や高級な菓子が置かれている。近くで談笑しているのは煌びやかなドレスや礼服を着た大人たち、賑やかながら格式ばった空気感に終始翻弄された。


「――おぉ! あなた様が勇者の名を拝命したコタロウ様ですね!」

「――砦での戦いはよく耳にします。さすがのご活躍です」

「――ワタシはこういうものです。以後お見知りおきを」

「――もし機会があれば我が領地にもお越し下さい! ぜひぜひ!」


 次から次へと来る貴族たちに愛想笑いし、嵐が過ぎるのを待った。ある程度人の波が引くとココナが現れるが、装いは普段と大きく違っていた。顔には薄めに化粧が施されており、服装は露出控えめな深紅のドレスとなっていた。


「……ど、どうだコタロウ。似合っているだろうか?」

「まぁ良いと思うけど、ココナはやっぱ鎧とか剣とかの方が似合うぞ」


 一切飾らない称賛だったが、ココナは微かに表情を陰らせた。


「そう……か、私もそう思う。同じ意見で良かった」

「どうした、ココナ? どこか具合でも悪いのか?」

「たぶん人の多さに疲れたのだろう。気にすることはない」

「分かった。もし限界ならすぐに言うんだぞ」


 体調不良のせいだろうか、ココナはあまり返事してくれなくなった。

 いっそ二人で早退でも決め込もうかと思っていると、会場の入り口辺りがワッと騒がしくなった。オレはそちらの方へと意識を向けた。


 現れたのはピンク色の髪をした美少女だった。オレの記憶が正しければ彼女はイルブレス王国の第一王女様だ。

 第一王女様はシルクのように滑らかな生地のドレスを身に纏い、髪や胸元に付けた黄金の装飾を煌めかせている。常に優し気な笑顔を振りまいているが、どこか底知れない凄味が感じられた。


「いかにもなお姫さまだな。さすがは……と」

 ふと声が止まった。第一王女様の奥にいたもう一人に気がついたからだ。


 伏し目がちで立ち控えているのは昼間中庭で見た『歌姫リーフェ』だ。

 祝いの場なのに欠片も楽しそうじゃなく、貴族たちに対する応対も事務的だ。他者と関わろうとしない姿勢は記憶喪失によるものなのか、それとも彼女自身の性分なのか。どっちみちオレはリーフェに興味を抱いた。


「――――お初お目に掛かります。オレは勇者の名を拝命し者、コタロウです」


 第一王女はすぐに明るい返事をくれるが、歌姫リーフェは困惑気味だ。年頃は十五歳と聞いていたので、単純に目上の者が怖いのかもしれない。


(…………改めて見ると、本当に可愛いらしい子だな)


 食が細いのか歌姫リーフェはだいぶ痩せ型だ。女性的な豊満さは無いが、全体的なシルエットはスラリとまとまっている。顔立ちは小さく美しく、節々の所作や目つきから漂う薄幸な雰囲気が魅力的だった。


「第一王女様、オレは今後イルブレス王国のために戦います。勇者の名に恥じぬよう活躍しますので、ご期待下さると嬉しいです」

「まぁ、頼もしい。ではわたくしも応援させてもらいますね」

「歌姫リーフェ様も、どうかよろしくお願いします」

「えっと、はい。私の方こそよろしくお願いします」


 またとない機会なので本人から『歌姫としての活躍』を聞こうとした。だがリーフェは心ここにあらずという感じになり、ぼうっと辺りを見回し始めた。まるで人混みの中にいる誰かを探しているようだった。


「……あの、リーフェ様?」

 そう声を掛けると、第一王女様が先に応えてくれた。


「気分を悪くされたら申し訳ありません。でもこの子は昔からこうなることが多いんです。どうか分かって下さいませ」

「もしや原因は記憶喪失ですか?」

「わたくしはそうと医者から伺っておりますね。故郷が魔物に滅ぼされたとかで、失った家族を無意識に探しているのではと言われました」

「……そんなことが、許しがたい話しです」


 オレは第一王女様から許可を取り、より歌姫リーフェへ近づいた。そして目線が合ったところで膝を折り、騎士の誓いのように首を垂れて告げた。


「――――オレは勇者の名に恥じぬよう、これからも進み続けます。ドラゴンだろうとキメラだろうと、魔物はすべてこの世から消し去ります。誰もが安心して過ごせる時代を築いてみせます。ですのでご安心下さい」


 壮大な発言に周囲が湧く。でも本気でそれをやり遂げる気でいた。

 目線を上げてリーフェを見ると、独り言のような呟きが聞こえてきた。


「…………すべて、ですか。それは頼もしい、……ですね」


 オレの言葉がまだ信用に値しないからか、どこか悲し気な反応だった。かっこつけなどするものじゃないと反省していると、俺たちの元に誰かが近寄ってきた。


 その人物は清潔感のある男性で、落ち着きのある目つきが印象的だ。短めの髪は灰色となっており、勲章が複数ついた礼服を着ている。第一王女ほどではないがかなりのお偉いさんだと分かり、すぐに姿勢を正して挨拶をした。


「――――あぁ、そのままで結構です。わたしはイルブレス王国の宰相を任されている者、『レイス・ローレイル』と申します」


 レイスの声は耳に残る特徴的な低音だ。三十代前半ぐらいに見えるが、目元にはわずかにシワがある。かなりの苦労人ぽかった。


 聞けばレイスはオレが勇者として行う最初の任務の同行者だそうだ。他の貴族と違ってココナにも期待の声を掛けており、かなり気配りができる人だと知った。周囲の人の反応含め、信頼を置いても良さそうだと判断した。


「あの、レイス様」

「レイスさんで構いません。勇者の称号はそれだけ大きなものですから」

「ではレイスさん。次に向かう町はどこなのでしょうか? 俺は何をすれば?」

「焦らなくも大丈夫です。ちょうどそのお話をしに来たところですから」


 そう言ってレイスは襟を正し、オレとまっすぐ向き合った。


「――――行く先はタラノスという町です。そこにある遺跡へと赴き、歌姫リーフェと共に遺跡の最奥に君臨する魔物を倒して下さい」


 はい、と言いかけて固まった。それは歌姫リーフェも同じだった。期せずしてオレとリーフェは、タラノスで起きる出来事に身を投じることとなった。

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