第78話『魔導具使いのマルティア』

 マルティアは腕を振るって空中に浮かせた巨大剣を横薙ぎした。

 俺は着地したばかりのイルンを守り、向かってくる刃に火炎暴風を当てた。斬撃の軌道はわずかに上方へとズレ、重量感のある風音を鳴らしながら俺たちの頭上を通過していった。


「見た目ほどの威力じゃねぇ! これなら……、なっ!?」


 正面に目線を戻し、絶句した。マルティアは魔導具の力で二十本を超える槍を出現させ、すべてを宙に浮かせた。鋭利な先端は俺とイルンを捉えて動き、マルティアの合図で全弾が高速発射された。


 俺はただちに双頭の狼顔を変身させ、黒鱗のワイバーンの顔を出した。そして手持ちの魔物の中で最大級の火力を誇る業火を噴射し、槍を一本残らず焼き払った。だがマルティアの攻撃はそこで終わらず、第二波となる槍が三十本以上展開された。


(おいおい、この速度で再展開かよ。いくら何でも高性能過ぎるだろ!)


 当然威力は抑えられているだろうが、一発でも命中すれば『対象に有効打を与える』という勝利条件が達成されてしまう。


 勝ちに行くには槍の雨を防ぐ防御と、立ちはだかる壁を突破する速度と、奥にいるマルティアを仕留める攻撃が必要となる。条件はあまりにも厳しいが、戦況を変える一手はあった。俺は決着をつけるためにイルンへ声を掛けた。


『イルン、これ以上長引かせるのは無しだ! ここで決めるぞ!』

「分かりました! クー師匠の術式発動に合わせます!」


 俺は人型形態に戻り、左腕を前に出した。

 イルンも右腕を前に出し、魔法陣に魔力を溜めた。


 阿吽の呼吸で発動した魔法は氷の盾だ。

 俺が四枚でイルンが三枚展開し、花の花弁のように融合させた。広げた七枚分の傘の強度は高く、槍の雨は一本残らず弾かれて落ちていった。


 息もつかせず第三波の槍が出現するが、発射前に氷の盾を分裂させた。イルンと協力して七枚すべてを操り飛ばし、銀翼の鷹と黄金の獅子を翻弄した。


「――――面白い魔法ですわね。ですがこれは受け切れますか?」


 マルティアが巨大剣に多く魔力を灯すが、俺は一手早く動いた。黒鱗のワイバーンの顔を腕に生やして構え、業火を地面に向けて撃った。辺り一帯には爆炎が黒く立ち昇り、両者の視界が遮られた。


「……目くらましですか? ただこれではあなた方も」


 標的を見失ったマルティアは動きを止める。俺は右腕を岩石の巨人の腕にし、広げた手の平にイルンを乗せ、思いっきり振りかぶった。


「――――らぁっ!!」


 ボン、という衝撃音でイルンが飛ぶ。使い魔の陣形と黒煙を突き抜け、マルティアの眼前に迫る。すべては一瞬の出来事だった。


「――――増せ、巡れ、我が指に集え!!」


 水マシンガンの詠唱を紡ぎ、イルンは水弾を発射する。

 マルティアは盾型の魔導具を取り出すが、発動がわずかに遅れた。


 ガガガと三十発近い水弾を撃ちきり、イルンは枯れ葉だまりに滑り落ちた。マルティアの周囲には球状の結界が張られるが、中央付近には大きな穴があった。腰の辺りにはぐっしょりとした水濡れがあった。


「…………わたくしの負け、ですわね。お見事な連携でした」

 マルティアは両手を挙げて降参した。俺とイルンの勝利だった。



 模擬戦が終了し、俺たちは戦闘の反省会を行った。個人個人の能力を加味して今後の動きを決めるが、離れた位置では銀翼の鷹と金ポメになった黄金の獅子が落ち込んでうなだれていた。


「……あれ、放っておいていいのか?」

「気にすることはありません。彼らは指示通りの働きをしてくれました。わたくしの説得でダメなら、後は自分なりに反省点を見つけるしかありませんわ」

「結構厳しいな。まぁマルティアらしいちゃらしいが」


 再び反省会に戻ると、ふいにマルティアがクスリと笑った。


「決め手となった一撃ですが、あれは闘技場での戦いで使った戦術ですわね。あの時と違うのは投擲を行ったのがクーという点ですが」

「一瞬で隙をつく方法で思いついたのがこれだったからな」

「ふふっ、クーもイルンも腕前は十分過ぎるほどですね。これならわたくしが推薦をしても文句は言われないでしょう。有意義な時間でした」

「……称賛は嬉しいが、推薦って何のことだ?」


 そう聞くとマルティアは答えてくれた。何でもこれから向かう中継地点の村には馴染みの冒険者組合があり、そこで俺とイルンのことを話すそうだ。


「最近は活動を控えてましたが、わたくしには冒険者としてそれなりの地位があります。なのでクーには登録を、イルンは階級上げできるよう働きかけるつもりです」


 組合に登録すれば町へ入る税金が一部免除されたり、宿屋や料理屋の代金が安くなったりするそうだ。他にも様々な特典があると勧められた。


「……言いたいことは分かるが、俺はキメラだぞ。魔除けの魔石の効果を無効化する魔導具がなければ町に長期滞在できないし、使い道が少なくないか?」

「その考えも分かりますわ。でも取っておくべきだと言っておきます」

「どういうことだ?」

「コルニスタでは問題ありませんでしたが、町の外でうろつけば怪しまれます。その時に登録証が有ると無いとでは違いますわ」


 厄介事を完全に回避できるわけではないが、手段の一つとして持っておけるのは大きい。俺は「確かに」と頷き、組合に所属することを決めた。


「にしても、冒険者の組合か」

「何か気になるんですか?」

「いや何というか、絶対ひと悶着はあるよなって。マルティアの口添えがあるにしても、俺が安心安全なキメラだって示すのは難儀しそうだ」


 前途多難さにため息をつくと、マルティアが一枚の書状を取り出した。


「一応コルニスタの市長から『クーが翼竜との戦いで最も活躍した』と伝える書状をもらってきました。後はなるようになるしかないですわね」

「……市長からの書状って、顔が広いにもほどがあるだろ。もしかしてだけど朝の見送りに市長が混じってたのか?」


 まさかな、と思うがマルティアは肯定した。もう何でもありだ。

 その後は二角銀狼に戻ってイルンを背に乗せ、黄金の獅子に乗ったマルティアと並走した。道中で魔物と出くわすハプニングは無く、半日ほど掛けて広い草原を抜け、見晴らしのいい岩地の谷に辿り着いた。


「着きましたわね。あそこが組合付きの村です」


 促されて見た先には家が十軒ほど建っていた。とりわけ目立つのは奥まった場所にある二階建ての木造建築の建物で、そこが冒険者組合の拠点と分かった。


(…………さて、どうなるのやら)

 内心でそんな呟きをし、道に転がる砂利を踏みしめて歩いた。

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