第77話『銀翼の鷹、黄金の獅子』

 かつてのモフモフさは欠片もなく、ひとえに強者としての威厳が放たれている。よく見ると銀翼の鷹も以前見た時より倍近いサイズ感となっていた。


「アルジェ、ポルメナ、お久しぶりですわね」


 マルティアは使い魔の名を呼んで手招きした。

 銀翼の鷹は大きな翼を羽ばたかせて飛び、マルティアの腕に乗った。ポルメナは反対側の腕に頬ずりし、顎の下部分を撫でられて喉を鳴らした。


 一見した印象は温かな団欒風景だが、下手に手を出せば八つ裂きにされそうな殺気がある。銀翼の鷹も黄金の獅子も、それぞれ二角銀狼以上の強さがあると確信できた。俺は高揚感で武者震いした。


「強そう……いや、強いですね。クー師匠」

『あぁ、師弟となって初めての強敵戦だ』


 そう言葉を交わしていると黄金の獅子が顔を上げた。離れた位置で待機している俺を睨みつけ、グルゥと地の底から響く鳴き声を発した。


『……そこにいるのはもしや、いつぞやのキメラか?』

「そうですわね。あなたが温情を掛けられたあのキメラですわ」


 かつての敗北を思い出したのか、黄金の獅子は毛を逆立てて立ち上がった。


『まさか再び相まみえるとはな。今度こそ我が牙と爪で滅してくれよう!』

「ポルメナ、残念ですがそれは叶いませんわ」

『何故だマルティア! ようやく訪れた挽回の機会なのだぞ!』

「あの方は味方ですし、これから行うのは模擬戦ですわ」

『……しかし』

「もしわたくしの言うことが聞けないのなら、こうですわ」


 マルティアは手を掲げ、パチリと指を鳴らした。すると黄金の獅子の身体からポンと白い煙が起き、愛くるしい金色のポメラニアンが現れた。

 金ポメ形態の強さは見た目通りらしく、弱弱しいポテポテ歩きだ。キャンキャンと鳴いてマルティアの足元を駆け回り、鼻先をつつかれて転んだ。さっきまでいた黄金の獅子とは別の生き物なのでは、と疑うほどの変貌具合である。


『こ、これでは我の威厳が無くなる! 早く戻すのだ、マルティア!』

「ではあの方が味方だと宣言して下さいませ。できないのなら――」

『分かった! あれはマルティアの味方だ! これで良いだろう!』

「えぇ、良いでしょう。では元に戻りなさい」


 再び指を鳴らすと金ポメは黄金の獅子に戻った。一気に神聖さや強者感が薄れてしまった。他人事とはいえちょっとだけ不憫である。


(…………ていうかあいつ、喋れるほどの知性があったんだな)


 相当珍しい魔物なのかと聞くが、それは違った。

 どうやら銀翼の鷹と黄金の獅子は魔物ではなく、イルブレス王家が数千年に渡って継承してきた『神獣』という特別な生き物なのだそうだ。


「……イルブレス王国の王族は特殊な術式を使い、この子らをいつでも使役できます。その強さは使役者が有する王族としての品格に依存するため、昔のわたくしではあの程度の強さにしかならなかったというわけです」


 ようするに今のマルティアには『王』としての器がある。これまでの発言や人々を惹き付ける魅力など、疑う余地はどこにもなかった。


「――――あえて言いますが、わたくしたちは強いですわよ。手加減など一切考えず、全力で掛かってくるといいですわ」


 もちろん舐めた気で掛かるつもりはない。俺はイルンと念話魔法で会話し、どうマルティアを攻略するか改めて作戦を組み立てていった。


『……作戦、了解です。では勝負を決める瞬間の合図は任せます』

『無理そうなら断っても構わないぞ。一番危険なのはイルンだからな』

『いいえ、やります。ボクはクー師匠の助けになるためにここまで来ましたから』

『なら決まりだな。初手は背に乗った状態で仕掛けるぞ』


 開戦のゴングはマルティアが懐から取り出した銅貨だ。磨かれた表面が陽光を反射し、一定の速度で回転しながら落ちてくる。一陣の風が辺りを吹き抜け、頭上の葉がザァッとこすれ音を鳴らす。そして甲高い金属音が鳴った。


『――――跳ぶぞ! 振り落とされるなよ!』


 俺は横方向に跳躍し、口から暴風を発射した。狙いは使い魔の使役主であるマルティアだが、射線上に黄金の獅子が立ちはだかった。黄金の獅子は身体に宿る魔力を盾のように構築し、迫りくる暴風を難なく防ぎきった。


『……この程度か? では、我らからも行かせてもらうぞ!!』


 黄金の獅子は顔を上げて咆哮し、俺たち目掛けて突っ込んできた。

 銀翼の鷹も回り込むように移動し、挟み撃ちで勝負を決めにきた。

 俺は二角銀狼の両腕を蜥蜴男の腕に変え、真正面から黄金の獅子の突進を受け止めた。頭上から銀翼の鷹が迫るが、そちらはイルンに任せた。


「―――――捕捉、照準、発射します!」


 イルンは右手の人差し指を構え、水マシンガンを連射した。銀翼の鷹は弾幕を抜けて爪を当てようとするが、寸前で水弾の威力に負けて押し返された。連射の最中にマルティアへ水弾を飛ばすが、直撃の寸前に銀翼の鷹が戻ってきた。

 

『ぬぅ、我らを無視するとは卑怯なり!!』

 黄金の獅子は激高して牙を繰り出すが、俺はゼロ距離暴風をお見舞いした。


『はっ、大事な主人から目を離す方が悪いだろうが!』

『貴様、正々堂々という言葉を知らんのか!!』

『キメラにそれ言うか? 吠えてる暇があんなら、もっと段階を上げるぞ!』


 俺は身体強化魔法を使い、力勝負で黄金の獅子を押し返した。

 金色の魔力を纏った爪の切り裂きをワーウルフリザードの防御力で耐え、噛み付き攻撃に合わせてキメラオルトロスに変身した。カウンターとして風と炎の合わせ技である火炎暴風を当て、体勢が崩れた隙を狙って麻痺毒を浴びせた。


『イルン、今だ!!』

「行きます!」


 俺は首元の八又蛇を足場として用意し、力強いスイングでイルンを上空に飛ばした。その高度は銀翼の鷹を越し、高低差による地の利が生まれる。銀翼の鷹は追撃のために羽ばたくが、イルンはもう攻撃態勢に入っていた。


「……クー師匠がくれた隙、逃しません。これで終わらせます!!」


 左手に魔法陣を出し、大きな水球を八つ出した。さらに右手にも魔法陣を出し、水マシンガンと合わせて爆撃を行った。黄金の獅子は麻痺毒で動けず、銀翼の鷹は回避で精一杯だ。マルティアの元には高威力の水が幾重にも降り注いだ。


 辺り一帯には水しぶきが激しく舞って視界が遮られる。一瞬勝利を掴んだ気にいなるが、甘かった。マルティアは傷一つなく同じ場所に立っていた。


「さすがの腕前ですわね。ではそろそろわたくしも動きましょうか」


 その言葉でマルティアが取り出したのは複数個の魔導具だ。

 一つ一つのサイズは小さく、鉄の輪っかにひとまとめで装着されている。マルティアが選んだのは剣型の魔導具で、それに魔力を灯した。すると剣は光り輝いて形状を変え、ものの数秒で五メートル大の巨大剣へと変化した。


「――――『魔導具使いのマルティア』の力、存分に見せて差し上げますわ」

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