第75話『次の行き先に向けて』

 会議の場として選ばれたのはマルティアの自室だ。机の上に広げられたのはコルニスタ周辺の地図で、マルティアは羽ペンを持って話し始めた。


「……コタロウは神託によってこの世に生まれ落ち、最初に赤の勇者ココナと出会います。勇者伝説第一章では二人の冒険譚が描かれ、砦で行われた魔物との闘いを経て勇者の名を得ます。行き先の町タラノスが登場するのは二章中盤ですわ」


 地図の端にある砦をペン先で叩き、戦いが起きたのが五日前だと記した。時間帯は黒鱗のワイバーンが襲撃してきた辺りとのことだ。今は王国軍からの招集を受け、イルブレス王国に移動して勲章を受け取った頃ではないかと推測した。


「……でもこの位置関係だと、イルブレス王国に着くには最低でも一ヵ月は掛かるだろ。またタラノス方面に戻るとなると二ヵ月は掛かるんじゃないか?」

「王国の中でも高位の魔法使いなら遺跡から遺跡への転移魔法が使えるはずですわ。禁書庫にあった史実に近い勇者伝説にそのような記述がありました」


 そんな細かいところまでよく覚えていたものだ。さすがはマルティアだ。


「時間と距離の問題は分かったが、こっちに戻ってくる理由は何だ?」

「要人の護衛任務だったと思います。正確な人物名までは分かりませんが」

「……俺たちの経路にも合う。確かに絶好の機会ではあるな」

「ここで勇者コタロウと友好を築ければ、我々の目標に大きく近づきますわ」


 歴史変革に対する懸念はあるが、それはもう今更だ。

 すでに史実の白の勇者アレスは没し、青の勇者イルンは『俺と会ったイルン・フェリスタ』となった。こうなった以上、『リーフェとの再会』と『白いキメラの打倒』と『世界の救済』の達成を目指すべきと決めていた。


 タラノスへの道筋を確認していると、イルンが控えめに手を挙げた。

「――――あの、すいません。さっきからお二人のお話があまり理解できていないんですが、コタロウさんという方はそこまで凄い人なのですか?」


 当初の予定ではプレゼント渡しの後に話すつもりだったが、マルティアが早く現れたため機会を逃してしまっていた。とはいえ説明の難しさから先延ばしにしていたのも事実であり、ここは覚悟を決めてイルンに事情を話すことにした。


「イルン、これから言う話をよく聞いてくれ」

「はい、クー師匠の言葉なら何でも聞きます。言って下さい」


 強い信頼が込められた声だった。だから俺は単刀直入に言った。


「――――実は俺とマルティアは、世界を救う旅をしているんだ」

「せかい? 世界って、そのまんまの意味ですか?」

「あぁ、俺たちがいるこの世界だ」


 俺は『神から神託を受けて旅をしている』と告げた。

 実際に願いを託してきたのは白の勇者だとか、俺たちが三百年後の世界から来た人間だとか、諸々の事情はだいぶ端折った。全部を説明すると何時間も掛かるし、余計な混乱を与えてしまう。まずは理解してもらうのが先決と判断した。


(…………あまり三百年後の話をし過ぎると、青の勇者とイルンの関係も教えることになる。変に責任を負わせるようなことはしたくない)


 マルティアも俺の意図を組んで話を合わせてくれた。イルンは困惑しつつも疑わず、真剣な頷きで告げた内容を頭に入れていった。


「……コタロウという人が世界を救う鍵になる可能性があるんですね。いまいち実感が湧かないところはありますが、ひとまず理解しました」

「証拠らしい証拠があればもっと納得しやすいんだがな」

「いえ、そこに関しては大丈夫です。むしろクー師匠が抱いていた悩みの正体が分かってスッキリしました。ただ……そのコタロウって人と会うのは不安ですね」

「不安?」

「その方は魔物を倒すために現れたんですよね。ならこちらの話を聞かずに攻撃してくる危険があります。ボクらはともかく、クー師匠はキメラですから」


 接触は元々マルティアに任せるつもりだったが、コタロウが長距離から俺の存在を察知するかもしれない。一瞬でも会話できる場面を作れればいいが、口を開く前に殺されたらお終いだ。イルンの不安は最もだ。


 色々と考えを巡らせるが、結局成り行き任せに落ち着いた。それだけ勇者コタロウという人間の強さが未知数であり、対策らしい対策が立てられなかった。


 一通り話を終えるとマルティアが右手を前に出した。ここから冒険に同行する旨を伝え、イルンに「協力して戦っていきましょう」と言った。イルンは「よろしくお願いします」と元気に言って握手した。


 気づけば酒場の開店時間が近づいており、仕事帰りの大人たちが路地を行き交っていた。ふと金の旅船の今後について聞くと、マルティアは広げた地図を細く丸めながら言った。


「以前一人旅をした時もソレーユたちに店を頼みました。今回も同じです」

「同じ志って意味なら二人もだろ? 連れて行かなくていいのか?」

「……わたくしと違い、お二人は魔物を食べても魔力の量と質が改善しなかったのですわ。厳しい言葉ですが、戦闘では足手まといになってしまいます」


 本心では二人も戦いたいらしい。だけど敬愛するマルティアに迷惑を掛けることはできないため、この世界の居場所となった酒場を守る約束を交わしたそうだ。


 マルティアが手を叩くと二人が部屋に入ってきた。最初に会った亜麻色の髪の三つ編み女性がソレーユで、もう一人の黒紫色のおかっぱ髪の女性は『ルムナ』という。どちらも俺とイルンをジッと見定め、勢いをつけて頭を下げた。



「――――どうかマルティア様を、世界の未来をよろしくお願いします!」

「――――わたしらはお願いすることしかできないけど、それでもお願い」

 俺は旅のリーダーとして向き合い、「任せろ」と言った。



 そうして夜となり、俺は市壁を出て野宿を始めた。明後日の朝には金の旅船の皆からの見送りを受けて旅立ち、村を一つ経由してタラノスを目指す予定だ。

 黒鱗のワイバーンになって空を飛べばすぐ着ける距離だが、あえて陸路を進むことにした。危険な魔物が出たという噂が広まれば周辺の人の流れが変わり、コタロウがタラノス以外の場所に向かってしまう懸念があったからだ。


(…………ほんの数日縮めるためだけにマルティアが持っている情報を無駄にはできない。大きく歴史を変えるタイミングは、ここぞという時にするべきだ)


 そこはどこかと自問自答し、ここまでの記憶を思い返した。

 様々な出来事や人名を思い返す中、あっという閃きがあった。


 脳裏に浮かんだのはリーフェを魔術学園から追い出した緑の勇者ミルルドだ。因縁もあって危険人物のポジションに置いていたが、よくよく考えればこの時代では何もしていない。会話の流れ次第では仲間に引き込む余地がある。


(…………緑の勇者は確か、キメラの襲撃を受けて故郷が滅んだと言っていた。もしそれがまだ起きていないなら、俺たちの手で止められるんじゃないか?)


 白の勇者がこの時代この瞬間に俺たちを導いたのには明確な意図があるはず。その時までにコタロウも仲間にできれば鬼に金棒だ。悪くない考えだと思えた。


「力を合わせてエルフの国を救う。大きな変革を起こすのは……そこか?」

 独り言を呟き、夜空を流れる一筋の流星を見上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る