第74話『イルンへのプレゼント』

 コルニスタに滞在してから五日が経った。

 俺はイルンと大通り沿いの市場へ出かけ、次の冒険に必要な買い出しをした。交易の要所なので人の往来が激しく、あちこちで賑やかな喧騒が響いていた。


「――なぁなぁ、おやっさん。この種はどこ産の奴だ?」

「――帝国から仕入れた奴じゃな。痩せた土地でも育つ野菜がなるぞい」

「――店長さん、この串焼き二つ下さいな!」

「――あいよ。昨日絞めた魔物のお肉だから美味しいよ!」


 立ち寄って買い食いでもと思うが、イルンは店先に並べられた杖を物色中だ。ブレスレットや指輪型の魔導具も並んでおり、表面には色とりどりの魔石が装着されている。どんな用途の品なのか気になったので聞いてみた。


「これは術者の魔力を高める魔導具です。ブレスレットや指輪は携行しやすいですが、小さい分性能は低めです。杖は持ち運びが不便ですが枝そのものに魔力があるため、発動する魔法の威力を高めやすいという利点があります」


 これまでは自身の魔力量もあって不要と考えていたが、黒鱗のワイバーン戦を経て考えが変わったらしい。本人的には大きめの杖を選びたいらしいが、旅に持っていくにはかさばるのでどうするか悩んでいるのだとか。


「……デカいのがダメならこの小さい杖はどうだ」

「そのサイズならブレスレットの方が高性能ですね。ここにある小さめの魔石は全部水魔法と相性が悪いので、貴重なお金を無駄にしかねません」

「魔石と魔力の相性もあるのか、じゃあ俺が買って色々試すとか」

「お気持ちだけで結構です。クー師匠には常々お世話になっていますし、自分の武器ぐらいは自分のお金で揃えるつもりです」


 そこまで言われれば無理強いはできない。イルンが商品を選ぶところを静かに見守ることにするが、今の発言で一つの不安が胸中で渦巻いた。


(…………上着のポケットに入れているイルンへのプレゼント、ちゃんと受け取ってもらえるよな。今みたいに断られたらさすがにへこむぞ)


 購入した品は魔導具の眼帯だ。

 目当ての部分には透過魔法と視覚矯正の魔法が付与されており、視力が低下する前と同じ景色を見ることができる。追加料金で照準補正の魔法も付与してもらったため、水マシンガンの命中力向上が見込める優れものだ。


 紹介された商品の中には眼鏡っぽい品もあったが、これを選んだ。理由は『オッドアイは不吉の象徴として見られる』という事情をマルティアから教えてもらったからで、イルンが周囲の目を気にしないように配慮した形だ。


(…………この買い物が終わったら星祈りの広場に行く。そこで絶対に渡すぞ)


 力強く拳を握りしめて決意すると、イルンが立ち上がった。

 その手にあるのは中ぐらいの杖二本だが、どちらも半分から下が切り落とされている。変わった形状の品だなと感想を述べると、イルンは「今加工してもらいました」と言って杖を両手に持って見せてくれた。


「……それを二つ手に持つのか? 大きいの一本より使いにくそうだが」

「実際このままだと使いにくいです。なので専用の器具も購入しました」

「専用の器具?」

「この腕当てなんですが、裏に杖を装着できるくぼみがあるんです。これをこうしてこうすれば……、杖二つ分を装備した状態で両手を使えます」


 イルンは中ぐらいの杖二本を腕当てに着けた。俺の世界にある鈍器武器のトンファーのような様相でそこそこ格好良かった。異国の地では流行りの装備方法らしく、商人からの勧めに乗って購入を決めたそうだ。


「これで戦闘力増強です。もう足手まといにはなりません」

「じゃあそろそろ移動しようと思うが、まだ買い物はあるか?」

「食料は旅立ちの日にする予定なので、ひとまず大丈夫です」


 となればここからが本番だ。心臓がバクバク鼓動した。俺は緊張を悟られぬように前を歩き、市場を出て商業街の方へと歩き進んでいった。


 

 星祈りの広場は観光地として有名だが、ワイバーンの襲撃でかなり荒れていた。滑らかな石材で造られた噴水は砕け、星座の並び通りに配置された照明用の魔石付きの柱は大部分へし折れ、石畳には流れ弾の火球による焦げ跡があった。


「……分かってはいたが、酷い有様だな」

「……復興は居住区が先ですからね。仕方ないです」


 襲撃の日はここで落ち合う予定だった。あの時イルンと離れなければ大けがさせることなく、この広場も守れたはずだ。起きたことを悔やんでもしょうがないが、それでも言いようのない虚しさが湧いた。


 俺とイルンは順路を歩き、広場全体を見渡せる高台に移動した。小高い丘の上に造られているということもあり、町全体が一望できた。


「綺麗な景色だな」

「ですね」

「……全部が元通りになるまでどれぐらい掛かるんだろうな」

「照明用の魔石付きの柱は特注品らしいので、すぐには難しいと思います」

「また機会があったらここにきて、今度こそ夜景を見るか」

「そうですね。ボクもクー師匠とまたここに来たいです」


 吹き付ける風を身体で感じ、数分間の静寂を堪能した。

 俺は一度息を大きく吐き、ポケットに手を伸ばして縦長の木箱を取り出した。そして遠景を見つめているイルンに声を掛け、なるべく平静な口調でプレゼントとなる魔導具の眼帯を差し出した。


「――――俺からの贈り物だ。色々助けてくれた感謝と、師弟となって力を合わせて戦っていく証として用意した。良ければ受け取って欲しい」


 イルンはキョトンとし、俺と木箱を繰り返し見つめ、受け取ってくれた。恐る恐る開いた蓋の先には魔物の高級革と特殊な鉱石で作られた眼帯があり、イルンはあたふたと手元を狂わせながら片方の目に装着した。


「――――わぁ、これしっかり見えます。凄いです、クー師匠!」


 眼帯に施された魔法は上手く作動し、イルンの視力を補助してくれる。照準補正の機能があることを伝えると早速試し、町の外に羊の群れがいることを嬉しさ一杯に教えてくれた。


「これ、だいぶ良いお値段がしたんじゃないですか?」

「まぁそれなりだ。市場で自分の武器は自分でって言ったが、それは服飾みたいなものだ。良かったら受け取ってもらえるか」

「も、もちろんです! クー師匠の思いに応えてみせます。この眼帯はとっても気に入りました。本当にありがとうございます!」


 今日一番の難所を乗り越え、肩の力がどっと抜けた。

 イルンはよほど眼帯が気に入った様子で、水たまりに映った自分の姿を緩んだ表情で何度も見ていた。プレゼントして正解だった。


 行きと別の道を通って広場の出口へ向かうと、そこにはマルティアがいた。今日は三人で旅の道程を確認する予定で、金の旅船に集まることになっていた。もう集合予定時間になったのかと聞くと、マルティアは「いえ」と否定した。


「一つ進展がありましたので、早めにお伝えしに来ただけですわ」

「待たせて悪かったな。それで、分かったことって何だ?」

「詳しくは店で話しますが、かなり重大な内容です。先日酒場で聞いたある砦で起きた騒動により、直近で起きる出来事が割り出せました」


 どんな出来事か聞くと、マルティアは重大という前置きに値する情報を口にした。


「――――ここより山を二つ超えた地に、『タラノス』という町があります。わたくしの記憶が正しければ、そこに『勇者コタロウ』が現れますわ」

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