第五章『出会う者、別れし者』

第73話『勇者誕生』※勇者コタロウ視点

 豪華絢爛、そんな表現が最も似合う場所に『オレ』は立っていた。

 ここはイルブレス王国王城の謁見広間であり、大理石造りの床と金のシャンデリアと深紅の絨毯が存在感を放っている。視線の先にまっすぐ並ぶのは西洋甲冑を装備した騎士たちで、最奥には派手な衣服を身に着けた王様が座している。


「――――よく来た、コタロウよ。南方の砦トルフィサをよくぞ救ってくれた」


 王様は長く伸びた白い髭を指ですき、オレ『コタロウ』を値踏みした。その目に映るのは期待と好奇の感情で、威厳あるゆったりとした口調で語りかけてきた。


「お主の活躍は聞き及んでおる。各地で魔物を討伐していき、イルブレス王国で悪事を働く人型のキメラも一人倒したそうだな。誠に見事なことだ」

「一番下の……十位のキメラを倒しただけです。同じ戦場にいた九位のキメラは取り逃しました。すべてはオレの実力不足と油断が招いた失態です」

「我々にとってはその十位ですら強敵だったのだ。誇っていい功績といえよう」

「は! 過分な配慮、心より感謝致します」


 片膝をついて腰を落とし、片腕を前に出してこうべを垂れる。まるで物語の主人公となったような状況を受け、言葉で言い表せぬ高揚感が胸の内に湧き上がった。


(…………転生時に神から渡された剣は最強だ。人間相手なら切り合う前に剣圧で吹き飛ばせる上、魔物相手なら回復能力と防御力を無視して身体を切り裂ける)


 十位のキメラは蛇の魔物を多く取り込んでおり、無数の口から毒を放射する技を得意としていた。オレは会敵の一閃で腕を裂き、動揺の隙をついて足を切った。逃げようとしたところに神剣の必殺攻撃を当て、肉体を塵へと帰した。


 九位のキメラは少年の見た目で魚介系のキメラだった。タコの魔物特有の回復能力を持ち味としていたが、難なく圧倒できた。必殺攻撃の貯めが終わり次第止めを刺すつもりだったが、そこで四位のキメラ『カイメラ』が乱入してきた。


『あらあら、あたしの後輩をイジメるのはやめてくれないかしら』

『お前もキメラか。今日は豊作だな』

『元気一杯な子ねぇ、じゃあ遊んであげるわ。武器の力に頼ってるだけの坊や』

『その言葉、すぐに後悔させてやる!』


 戦闘の結果は引き分けだった。カイメラの動作は素早く鋭く、神剣の斬撃は一太刀すら当たらなかった。だが向こうも向こうで神の加護に守られているオレに有効打がなく、戦闘の途中で九位のキメラを回収して砦から去っていった。


 異世界に来てから勝利を逃したのは初めてのことだった。悔しさを思い返して奥歯を噛みしめていると、王様は大きな椅子から立ち上がった。手には一枚の長く大きな紙があり、謁見の間全体に響く声で書かれた内容を読み上げた。


「――――コタロウの功績を称え、『勇者』の称号を贈る。これは百年前の大戦で一騎当千の働きをした英雄に与えられた名である。我が国のためにどうかその力を貸して欲しい」


 壁際にいた貴族たちはどよめくが、盛大な拍手をしてくれた。オレは頑張りが認められた嬉しさと喜びを胸に抱き、『勇者コタロウ』の名を受け入れた。



 しばらくして王城内にある待機室へ戻ると、そこには仲間の『ココナ』がいた。ココナは赤い短髪と赤い瞳の少女で、男勝りなキリッとした目つきが印象的だ。


 早速胸元につけた勇者勲章を見せると、ココナは表情を明るくした。

 オレのすぐ傍に歩き寄って勲章を見つめ、感嘆の声で褒め称えてくれた。


「…………さすがだな。コタロウならその名を手にすると思っていた」

 まるでこうなる未来を予測していたかのような発言である。それほどまでに期待されていたのかと思い嬉しくなった。


「褒め過ぎだ。剣の腕自体はココナに遠く及ばない」

「それも凄まじい成長速度で追いついてきている。出会ってばかりの時は棒振り遊びのようだったが、わずかな期間で並み以上の剣士になった」

「まぁ多少は才能もあるのかな。ココナの教えがあってこそだけど」

「そう言ってもらえると頑張ったかいがある。ともあれおめでとう」


 オレとココナは同じ十七歳、出会ったのは一年ほど前だ。

 ここまで冒険を共にし、同じ釜の飯を食って背中を預けて戦ってきた。心の底から信頼を置ける仲間であり、師弟のような関係でもあった。


「ココナだって成果を上げたんだから、何か恩賞を贈ってくれればいいのにな」

「今のイルブレス王国は帝国との小競り合いで疲弊している。コタロウだけに勇者の名を与えたのも思惑があってのことだろう。その名に恥じぬ活躍をすればいずれ勇者称号を持つ者が増え、イルブレス王国は数百年の平穏を手にすると考えられる」


 政治的な話はチンプンカンプンだ。なのでそういうものと納得した。

(…………ともあれオレは勇者になった。今はそれで十分だ)


 そう思って窓際の椅子に腰掛けると、先に広がる光景が目に付いた。外にあるのはよく手入れされた中庭の庭園で、色とりどりの花が優雅に咲き誇っていた。


「端から端まで百メートル近くはある。大した広さだ」


 夜のパーティーまで暇なので見学をと思った時、中庭の中心に一人の少女を見つけた。髪色は綺麗な金髪で、とても整った顔立ちをしている。衣服は素肌の露出を控えた純白のドレスであり、お姫様がごとき美しさに見惚れてしまった。


「ココナ、あそこにいるのってこの国のお姫様とかか?」

 そう質問すると、ココナは一瞬だけ寂しそうな顔をして言った。


「いや、違う。この国の姫様は魔法学園に住んでいると聞いている」

「じゃああそこにいるのは誰だ? 上流貴族の娘か?」

「彼女は『歌姫リーフェ』という。最強の強化魔法である歌魔法を操り、あらゆる戦場で成果を上げて勝利に貢献している。この国の英雄とも言うべきお方だ」


 聞けばココナとリーフェは少し前に軽く話をしたそうだ。二人は顔見知りだったらしいが、リーフェ側はココナを忘れていた。何でも幼い時に魔物の襲撃を受け、自分の名前と歌魔法に関する記憶以外が失われてしまったそうだ。


「また魔物かよ。本当に人を困らせるのが好きな害獣共だ」

「良い魔物もいる。実例はあまりに少ないけれど」

「……記憶喪失の方はまぁ、新しい思い出を作ればいいだろ。オレの勇者の称号があれば王城の出入りだって自由自在だ。いつでも話ができるようになるぞ」

「そう、だな。コタロウが言う通り前向きに考えるとしよう」


 ココナは平坦な表情で頷き、中庭に目を移した。俺も同じようにしてリーフェを見つめ、花々を愛でる儚げで可憐な姿に興味惹かれた。


「――――歌姫リーフェか、一度話をしてみたいな」

ここから始まる勇者としての伝説に、オレは胸を高鳴らせた。

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