第64話『選択肢』

 行商団の面々がいる地点付近まで来ると全身に痛みが湧いた。とっさに表情が歪むが、カイメラは平気な顔をしていた。最初は痛みを隠しているだけかと思ったが、本当に痛みを感じていないのだと分かった。


「なぁカイメラ。もしかして魔除けの魔石を防ぐ方法があるのか?」

「あるわよ。あたし達は魔除けの力を防ぐ魔導具を持っているの。もちろん完全な無効はできないけど、日常生活に支障がないようにはできるわね」

「……パッと見は見つからないが、どこに隠してるんだ?」

「キメラ本体の口中よ。そこなら変身時でも紛失することがないわ。形状は指輪だったりブレスレットだったり、本人の希望通りの物が提供されるわね」


 欲しいかと言われ、できればと答えた。

 結果的に問題は起きなかったが、この痛みのせいでイルンに素性を暴かれた。今後似たような状況が起こる確率は高く、早急に排除したい課題だった。


「クー君があたし達の仲間になるなら、すぐあげるけど」

「そんな軽いノリでいいのか? 仮にも組織なんだろ?」

「普通は無理だけど、あたしの推薦なら七位の席にはつけるわね」

「…………七位って、組織内で序列があるのか」

「あるわよ。ちなみにあたしは序列四位ね」


 序列は強さで決まるそうだ。一位二位三位は隔絶した強さらしく、三人との決定的な差は『キメラとして生まれ持った才能』だと教えられた。


「クー君は知らないでしょうけど、キメラってかなり偏食なの。あたしは獣の魔物にしか食欲が湧かないし、虫しか食べられない子もいるわね」

「出会った時に『獣のキメラ』って言ってたのはそれか。でも種としてキメラなら、まったく食べられないってわけじゃないんだろ?」

「そりゃできるけど、三日三晩吐き気が止まらなかったりするわね。その部位に変身する度に怖気が走って、戦闘そのものに支障をきたすわ」

「……そんなレベルなのか」


 俺は今のところどんな魔物でも美味しく喰える。これはキメラとして最高クラスの才能で、ゆくゆくは序列三位以上も夢ではないと言われた。

 白いキメラを追うなら出向くのも手だが、今の俺は実力不足だ。おいそれと逃げ出せないだろうし、追っ手を撃退するのも難しい。否定寄りに回答を保留する旨を伝えると、カイメラは言葉を好意的に解釈して喜んだ。


「――――これで後輩三人目確保ね。ふふっ、帰ったらお祝いかしら」

「……まだ入るとは一言も言ってないんだが」

「それでも、よ。来てみたら意外と楽しいかもしれないわよ?」


 返事はいつぐらいになるのかと問われ、最低でも半月は掛かると伝えた。酒場にいる誰かと今後のことを話し合って、イルブレス王国に行ってリーフェを探す。それでも手掛かりがなかった時の最終手段だ。


「じゃあ一旦お別れかしら。あたしはあたしで別件の用事があるのよね。次に会った時に正式な返事をもらうから、前向きに検討しておいてくれないかしら」

「まぁ、色々と考えておく」

「うん、期待しているわね」


 そう約束を交わした時、行団の面々の姿が見えた。俺とイルンの帰還を待ちわびていた様子で、魔除けの魔石の外に出て手を振ってくれていた。

 こちらからも無事だと声を掛けると、カイメラがいきなり跳躍した。頭上にある細い枝を獣の手で掴み、慣性と筋力で大きな幹に跳び移った。同じ動作を二回三回と続け、太めの枝に腰を落ち着けて言った。


「クー君、あたしはここにいるから。何かあったら呼んでね」

「もう帰るんじゃないのか?」

「勘違いで襲い掛かったお詫びよ。今夜と明日の朝……町に着く前までは手助けしてあげる。魔物がいたら狩ってあげるから、ゆっくりお休みなさいな」


 カイメラに見送られ、俺とイルンは行商団と合流した。いなくなったもう一人は誰かと聞かれるが、さすがにキメラだとは言えなかった。結果強力な助っ人だと言葉を濁すことになったが、特に追及されなかった。



 翌日の朝、俺は野営地を見渡せる岩上で目を覚ました。カイメラが見張ってくれたおかげか、とても静かな夜を過ごすことができた。あくびをしながら身体を起こすと、遠くからイルンが近寄ってくるのが見えた。


「どうした、イルン。もう出発するのか?」

「いえ、実は昨夜のうちに作ったものを見ていただきたくて来たんです」

「作ったもの?」

「はい! こちらがクーさんの魔法陣を参考に作った試作一号です」


 そう言ってイルンが手先に出現させたのは二重の光輪だ。青の勇者の魔法陣みたいな幾何学模様はなく、こざっぱりした印象を受ける。どういった性能なのか聞くと、光輪には『弾速向上』と『照準機能』の機能が備わっていると知らされた。


「詠唱には魔力消費を抑えられるって利点がありますが、ボクは生まれつき魔力容量に恵まれています。これで詠唱を一部短縮して、攻撃の効率化を図ってみます。未完成な部分は多々あるんですが、それなりの仕上がりにはなりました」


 単純に興味があり、イルンの魔法実演を見ることにした。

 的として選ばれたのは近場にあった枯れ木だが、朽ち始めで丈夫そうだ。


 イルンは簡潔に詠唱を紡ぎ、手先に水球を出現させた。続けて二重の光輪を強く光らせ、以前の倍以上の速度で水球を発射した。射撃は連続して五発分行われ、水球の着弾を受けた枯れ木の幹は粉々になった。


「――――ど、どうでしょうか! いい感じじゃないですか?」


 予想より良い成果が出せたのか、明るい表情をしていた。俺はイルン自身が持つ魔法の才能を改めて実感し、青の勇者の片鱗を強く感じ取った。

 その後も小型化した水球による高速連射や威力増強など、一通り強化具合を見せてもらった。魔法の知識に乏しい俺の感想は質素なものだったが、それでも嬉しそうにしていた。日も高くなったので野営地に戻ろうとすると、急に呼び止められた。


「これからもっと魔法陣の精度を上げます。ずっとずっと頑張ります!」

「……? まぁ無理はし過ぎないようにな」

「実は一つお願いがあるんです。この魔法の勉強は一人じゃ難しいですし、仕上がりを見て下さる人が必要なんです。だから……」


 イルンは俺の前に立ち、「何でもします」と言った。期待と不安が入り混じった眼差しを向け、短い葛藤を挟んで口を開いた。そこから紡がれた言葉はある意味予想通りのものだったが、俺の思考は真っ白に染まった。


「――――クーさん、どうかボクの『師匠』になって下さい!」

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