第63話『キメラの肉体』
詳しい事情を求めるとカイメラは応えてくれた。
まず俺を襲った理由だが、それは『とあるキメラの匂いがしたから』とのことだ。特徴はアレスの館に現れたキメラと酷似しており、俺が捕食したと伝えた。
念のため腕を近づけるとカイメラは顔を寄せ、スンスン鼻を鳴らした。それで完全に疑いが晴れたらしく、申し訳なさそうにまた「ごめん」と謝罪してきた。
「…………あいつと戦ったのは二日前だが、匂いを辿れるものなのか?」
「あたしの鼻は特別なのよ。一度覚えた相手なら絶対に見つけられるわ」
気づけばカイメラの鼻は獣の形状になっていた。頭頂部に目に鼻と頭部だけでも多種多様な部位が見受けられる。一体どれだけのキメラを喰らってきたのか。
「あたし? あたしは八体ぐらいだったかしら」
「八体も、凄いな」
「そう言うあなたは? 五体ぐらい?」
「いや、まだ二体だ」
そう答えるとカイメラは驚いた。何でもキメラ捕食による部位の発現箇所と発現数は個々人で違うそうだ。
俺は二体で『両肩』と『翼』と『心臓』を得たが、同じく二体喰らったキメラでも『薬指』と『耳』という微妙部位が発現した者もいた。可哀そう過ぎるぐらいの差だが、そう珍しいことではないと言われた。
(…………一回の捕食で二箇所の部位が発現すると思ってたが、かなり運が良かったんだな。次も使い道がある部位がきて欲しいところだが……)
先行きの不安を感じつつ、カイメラに質問した。狙っていたのが別のキメラなのは分かったが、未だ指示を行った『誰か』の素性は不明だ。黙秘されるのも覚悟の上だったが、わりにあっさりと回答がきた。
「指示を出したのはあたしの上司に当たる人ね。すっごい強いわよ」
「もしかしてその上司ってキメラか?」
「そうね。あたしは人型キメラの集団に属しているの。むやみやたらに暴れるキメラを成敗したり、お金次第で要人の暗殺を請け負ったりしてるわね」
「……こう言うのは何だが、魔物同士で協力し合えるのか?」
「そりゃできるわよ。あたしらは『人の意思が目覚めた』魔物だもの。荒っぽい連中が八割なのは否定しないけど、まともな子だってちゃんといるわ」
どれぐらいの人数規模の組織なのか聞くと、「十二人」と言われた。その中の八割というと三・四人ぐらいしかまともな奴がいない計算になる。やはりヤバい集団ではなかろうか。率直にツッコミむとカイメラは目を泳がせた。
「…………ま、まぁ、強く否定はしないわね。同属のキメラ相手なら穏やかでも、人間なら見つけ次第殺そうとする子もいるし」
「やっぱ魔物は魔物じゃねぇか」
「あたしは全然大丈夫よ。一番の穏健派を自称してるし、スカウトも将来有望で意思疎通ができる子に限定しているの。教育係だってやってるんだから」
偉いでしょ、と言ってカイメラは胸を張った。俺もそこは感心した。
その組織になら白いキメラがいるのではと思ったが、「分からない」と言われた。いくら勝手知ったる仲でも自分の弱点を晒す行為はしないそうだ。カイメラ自身の色を聞くが、普通に黒だと告げられた。
「あなた……って、そう言えば名前なんだったかしら?」
「俺か、俺はクーだ」
「…………クー、じゃあクー君って呼ぶわね」
肯定の頷きをした瞬間、遠くからバシャリと水音が聞こえた。空から降ってきたのは無数の水球で、焼けた木々を次から次へと消火していった。
「クーさん!! どこですか!!」
消火を行っているのはイルンらしく、必死な声で俺を探していた。姿を見せて安心させようとするが、歩き出したところでカイメラが話しかけてきた。
「何あなた、人間の仲間もいるの?」
「仲間っていうか契約上の関係だ。……一応言っておくが危害を加えるなら容赦しないぞ。今ここでとどめを刺す」
「仕事じゃなきゃ無関係の人を襲ったりしないわよ。別に逃げたりはしないから、仲間の元に行ってあげなさいな」
軽い感じに見送られ、俺は駆け出した。八又蛇の暗視があるのでイルンの所在はすぐに分かり、こちらからも声を掛けながら近寄った。
「良かった! 無事だったんですね!」
「あぁ、何とかな」
「見回りから戻ってこなくて、心配した時に火の手が上がったんです。すぐに駆け付けたかったんですけど、護衛の任務は放棄できなくて」
不安と焦りの狭間で揺れていた時、行商団の面々に背を押してもらった。イルンは火の手だけを手掛かりにし、茂みや枝を押しのけながら走ってきた。
髪の毛にマントに服と、ところどころ汚れていた。必死さがとても伝わり、感謝しながら張り付いた葉っぱを取ってやった。いつも通り恥ずかしがられるかと思ったが、イルンはそわそわしつつも俺の行動を受け入れた。
「――――なに、あなた達ってツガイか何かなの?」
若干の呆れ口調で現れたのはカイメラだ。頭頂部のネコ耳やモフッとした手はそのままで、俺たちの元まで跳んできた。せっかくなので自己紹介をと思うと、イルンが呆然としていた。理由はある種当然なものだった。
「…………な、なんでこの人ほぼ裸何ですか?」
カイメラの衣服は元々露出多めだが、戦闘の影響でさらに壊れていた。胸元はあと少しでこぼれそうで、ショートパンツみたいなズボンもボロボロだった。
(…………そういやまったく気にならなかったな。何でだ?)
カイメラは少女の姿をしているが、胸や腰など出ているところは出ている。年頃も俺の十七歳という年齢からそう離れてなさそうで、見麗しい容姿をしている。なら動揺の一つでもするべきだが、感情は一切揺れ動かなかった。
「カイメラは恥ずかしくないのか?」
「別に? あたし達はキメラ何だから、人と同じ感性なんて持ってないわよ。そっちだってあたしの身体を見て欲情しないじゃない」
「でも人の心はあるんだろ。なら……」
「心があったって関係ないわ。あたし達はそういう風にできてるの。例外はもちろんあるけれど、キメラ化したら性欲や羞恥心は失われるわ」
「………………」
俺はリーフェと風呂に入った時を思い返した。あの時は単純な年齢差があるから何も感じないのだと思っていたが、キメラ化した影響だったと知れた。
(……そういや大した抵抗もなく虫やスライムを喰ったっけ。いくら健康体に転生してテンションが上がったからと言って、早々できることじゃないよな)
改めて自分が人間じゃないという事実を突きつけられるが、悲しみはなかった。むしろ納得感があるぐらいで、そんなものかと理解した。
他にも話を聞こうとすると、イルンがマントを脱いでカイメラに着せた。
「と、とりあえずここから移動しましょう。あなたは……えっと」
「カイメラ、でいいわ。そっちのお名前は?」
「ボクはイルンです。その、よろしくお願いします」
「えぇ、よろしくお願いするわね。イルンちゃん」
何はともあれ、俺は『キメラの組織』という新たな手掛かりを手に入れた。
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