第58話『ワイバーン』

 魔物の体長はかなり大きく、全身は赤い鱗で覆われている。両腕から生えているのは巨大な翼で、バサリとした風音が聞こえてくる。一見するとドラゴンのような見た目だが、翼と手の一体化を見るに近縁種の『ワイバーン』だと判断した。


 襲撃を受けているのは立ち寄る予定の農村だった。ワイバーンは牛や豚といった家畜を喰らい、口から炎を吐いて家々を焼いている。立ち昇る黒煙は村全体にまで広がっており、正確な状況把握が難しかった。


「――――クーさん、あそこです! まだ人がいます!」


 イルンの指先には村の中央広場があった。そこには高さ三・四メートル大の魔除けの魔石があり、村民たちは縮こまって背を預けている。魔法の障壁か何かで炎を防いでいるようだが、長くは持ちそうにない雰囲気があった。


「ハリンソ、ここで待っててくれ。俺はあのトカゲ共を始末してくる」

「それは構いませんが、あれをどうにかできるんですか?」

「たぶん俺の実力ならやれるはずだ。もし負けそうになったら囮に使ったとでも思って逃げてくれ。無理に助ける必要はない」

「……分かりました。ご武運を」


 行商団に一時の別れを告げ、俺は草原を駆けた。

 人の姿からキメラオルトロスへと変身していき、村の外周で足を止めた。そして双頭の大口を開け、迅速に風の魔力を溜めていった。

 発射のタイミングは上空のワイバーンが村の外に出た時だ。一瞬の隙を逃さぬように身構え、黒煙から出てきた一体に狙いを定めた。


(――――ここっ!)


 片方の口から暴風を発射し、逃さず標的を撃ち落とした。他のワイバーンたちは仲間の絶叫に反応して飛び迫ってくるが、好都合な展開だ。焦らず二体三体と暴風を当てていき、着実に戦力差を縮めていった。


「ギウ、ギガウ!!」

「ガガガ、ガバラャア!!」

「ギウウ、ガウギウ!」

「ガガ、バラガガガバャ!」


 挑発のおかげか村の敷地にいた大多数のワイバーンが向かってきた。俺は後退しつつ暴風を放つが、さすがに攻撃の軌道を読まれて回避された。反撃として火炎が降り注いでくるが、草原を全力疾走して振り切った。


(村に戻る気はない……か、思惑通りの展開だな)


 一通り進んだところで急停止し、身体を反転させた。

 辺り一帯は無数の炎に焼かれるが、構わず次の変身を行った。


(――――新たな魔物の力、試させてもらうぞ)


 その姿はワーウルフリザードに亀魔物の砲台と岩石巨人の片腕をつけたもの、『ワーウルフリザード・ガイアアーマー』だ。以前と違うのは全身を鎧のように覆う灰色の甲殻で、これはイノシシ魔物のスキルによるものだ。


翼 鎧猪 任意スキル 甲殻生成・甲殻剥離 自動スキル 甲殻再生(小)


 ステータス的には防御のAに+がついたぐらいだが、『外装を得た』という利点は大きかった。単純に本体に伝わるダメージを軽減できるし、一定以上のダメージを受けた箇所は剥離して再生を待てばいい。


 俺は両腕で顔面を守り、両肩から岩砲弾を発射した。単発高火力の暴風より連射力のある岩砲弾の方が命中率で勝り、ワイバーンは次々墜落していく。

 撃ち合いの最中で外装甲殻がかなりの熱を持ち、一度剥離した。続けて辺りを覆う煙を暴風で吹き飛ばし、砲撃しながら一歩二歩と前進していった。


「……ギウ、ギウウガウ」


 低く唸り声を響かせると最後の一体が逃げ出した。

 俺は即座に人型形態となり、片手を前に向けて水レーザーを発射した。

 ワイバーンは音速の一撃に反応できず、真っ二つとなった。魔物形態での連戦も合わせてかなり魔力が消費されるが、残りは一二体そこらのはずだ。


(……村の方はどうなった? 他の人たちは無事なのか?)


 急いで村まで戻ると、突然ギィィンとした爆音が聞こえた。続けて二体のワイバーンが空に飛び上がり、奇怪な鳴き声で逃げていった。水レーザーで撃ち落とそうとするが、距離的に魔力が足りなそうだったので諦めた。


「…………今の音は何だ?」


 疑問を浮かべながら村に入ると、村民たちによる歓声が聞こえた。中心にいるのはハリンソが指揮する行商団で、俺も温かく迎え入れられた。


「なぁ商人さん! さっき使ったあのやかましいのは何だ!?」

「当商会の商品です。今みたいに激しい音で魔物を追い払える優れ物です」

「二つ売ってくれ! いや四つだ!」

「はい、毎度あり。特別サービスでお安くします。他の方もどうですか?」


 魔物被害を受けた村民に商品を売りつけるのはどうかと思うが、誰も気にしていなかった。それどころか焼けた家々の消火を始め、被害状況を調べながらテキパキと建材を運び始めていた。


(常に魔物と戦ってるからか、全体的にたくましいな。大したもんだ)


 感心しながら歩いていると中央広場の木陰にイルンを見つけた。ひとまず無事で安心するが、近づくと魔除けの魔石による痛みに襲われた。

 別に我慢できないほどでもなかったが、本能的に近寄りがたかった。これ以上進むべきか迷っていると、イルンの方から近寄ってきてくれた。


「クーさん、無事だったんですね」

「あぁ、何とかな。村人たちを守ってくれて助かった」

「……本当はボクの魔法でどうにかしたかったんですけど、一発も当てられませんでした。ハリンソさんの助けがなければ危なかったです」

「まぁ生きているだけで儲けものだ。俺は村人たちの治療をしていくつもりだが、負傷者を探して声を掛けてもらってもいいか?」

「はい! 任せて下さい!」


 俺はイルンと協力し、村民たちの怪我を治していった。練度向上もかねて治癒魔法を使用するが、思ったより患者の数が多くて時間が掛かった。

 次から次へと移動していく関係上、魔除けの魔石の効果範囲に触れてしまう。痛みを表情に出さないように気をつけるが、どうしても表情が歪んでしまった。


「…………助かります。その、お代はいくらほどで?」

「別にいりませんよ。完治したわけじゃないので無理はしないで下さい」

「いいんですか? 家が焼けてしまって……恩に着ます」

「いえいえ、それではお大事に」


 最後の患者に別れを告げ、急ぎ中央広場から離れた。物陰で深呼吸をしながら身体の痛みが引くのを待っていると、草原の先に見える太陽が落ちてきた。

 黙って夕暮れ時の空を眺めていた時、背後で足音が聞こえた。振り向いた先にいたのはイルンだったが、その表情はどこか不安気で心配そうだった。


「どうした、イルン。そんな顔をして」

「…………えっと、何といいますか」

「何か聞きたげな感じだな。別に怒ったりしないから言ってみたらどうだ?」

「……分かりました、では一つだけ」


 イルンは佇まいを正し、強い眼差しで見つめてきた。

 数秒の沈黙を経て告げられたのは、俺の素性に関する問いだった。


「――――クーさんって、本当は魔物なんですか?」

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