第59話『たき火』
正体を暴かれ俺は動揺した。戦闘時や村民たちの治療を始めた時点では不審がられていなかったはずで、原因は魔よけの魔石による痛みだと思い当たった。
この場をどう切り抜けるべきか考えるが、付け焼刃の嘘は通じなさそうだ。こうなった以上否定は悪手であり、覚悟を決めてイルンの問いを肯定した。
「…………やっぱり、そうだったんですね」
イルンはポソリと呟いて俯き、俺の傍に一歩分近づいてきた。
おもむろに片手が持ち上げられ、反射で目を閉じた時のことだった。
額に触れたのは濡れた布巾だった。イルンはかかとを上げて背伸びし、魔除けの魔石のせいで浮き出た脂汗を拭った。俺は終始されるがままに立ち尽くした。
「なんでもっと早く言ってくれなかったんですか。クーさんにそういう事情があるって知っていたら、事前に負傷者を移動することだってできたんですよ」
「怒らないのか?」
「はい、怒ってます。他人のために力を使って、こんなに苦しんで頑張って。クーさんが良い人なのは分かりましたけど、一人で何でも抱え込まないで下さい」
「………………」
言葉を失っている間に汗拭きが終わった。イルンは布巾をギュッと絞って水を切り、「もう大丈夫ですか」と言って俺を見上げてきた。
「……俺が魔物だって知って怖くないのか?」
「心の底から怖くないって言えば嘘になります。でも魔物の襲撃を受けていた村に駆けつけて皆を助ける姿を見て、どうでもよくなっちゃいました」
「……普通はもっとこう、深刻な感じになるものだろ」
「自分でもどうかと思いますけど、思った以上は仕方ないです。正直な話、クーさんよりも怒ったお母さんの方が怖いぐらいですから」
イルンは冗談っぽく言い、緩く握った拳を口元に当てて笑った。そして温かみのある声音で胸中の思いを紡いだ。
「――――こんなに優しい人なら、どんな姿をしていても関係ない。こんなに誰かを思ってくれる人なら、絶対に仲良くなれるはずだって思ったんです。ボクにとってのクーさんは魔物じゃなくて、尊敬できる一人の人間です」
まっすぐな言葉を受け、涙がこみ上げそうになった。元人間だろうと何だろうと今の俺は魔物で、素性を話せば忌避されるのではという不安が常にあった。
俺は震えそうになる声を抑え、心からの「ありがとう」を伝えた。するとイルンの顔が急にポポポと赤くなり、突然ワタワタと慌てふためき始めた。
「あ、いえ、偉そうなことを言ってしまいました! 忘れて下さい!」
「忘れるもんか。イルンにそう言ってもらえて本当に嬉しかった。俺はこれからもイルンが尊敬できる人間になる。そうなるってもう決めたんだ」
「……あれ? 何だか責任重大なことになってます?」
「かもな。色々と目的は定まっていたけど、自分がこうなるって目標はなかった。せっかくの世界にこの身体だ。目的達成までは皆のために動いてやる」
前向きな気持ちで言い放つと、イルンは表情を明るくした。
俺たちは一緒に並んで歩き出し、元来た道を戻っていった。
それから二時間ばかりの時が経ち、辺りが真っ暗になった。村民たちは中央広場に集まってたき火を起こし、ワイバーンの肉を焼いて食べている。最初は倒した俺の手柄だと言われたのだが、さすがに数が多すぎたので一部プレゼントした。
「…………鱗にかぎ爪に火炎袋、諸々で金貨二十枚と銀貨三十五枚か。これ以上は手持ちがないってハリンソに言われたが、これでも結構な額だよな」
最低でも一二か月ぐらいは資金面で苦労しなさそうだ。どうやって道中の金を稼ぐか悩んでいたので心配の種が一つ減ってくれた。
一度硬貨の枚数をしっかり数え、皮の収納袋を腰にくくりつけた。重量はそれなりにあり、紙幣の利便性を身に染みて実感した。歩くたびにガシャガシャとした音が鳴るが、現時点で改善案はなかった。
「戦闘時は邪魔だし、町に着くまではハリンソに預かってもらうか。一番いいのは空間収納魔法が使えることなんだが……今は無理だしな」
独り言を呟き、手元の串焼きワイバーン肉を頬張った。
肉質はとにかく固かったが、噛めば噛むほどうま味が出てきた。俺用として生肉串もいくつか持ってきており、漂う血の香りを堪能しつつ咀嚼した。
「そういやイルンもハリンソも魔物肉を食うって言ってたな。この時代では普通なことだとすると、三百年後の人間から魔力が失われたのは魔物を食べるのを辞めたからか? ……ありえそうな話だな」
今更確かめようがないが、おおよそ合っている気がした。五分もせず手持ちの肉を食い尽くすと、ワイバーンの能力を手にした感覚があった。
赤翼竜 任意スキル 炎魔法レベル4・加速力上昇(小) 自動スキル 炎魔法耐性(中)・暑さ耐性(中)・空中姿勢制御(中)
一番強そうな見た目の奴を選んだからか、使えそうなスキルが揃っていた。俺は翼の部位に赤翼竜を配置し、中央広場からだいぶ離れた場所で羽ばたいてみた。
「うおっ、思ったより飛ぶのって難しいな」
空中姿勢制御スキルとやらは機能していたが、それでもフラフラ蛇行した。最終的に小高い丘まで移動し、村全体を見渡せる位置について人型に戻った。魔物の襲撃の危険は常にあるため、今日は寝ずの番をすると決めていた。
遠くからたき火を眺めているとイルンが丘を駆け登ってきた。両手には小さな樽を加工して作ったカップがあり、俺の手に一つが差し出された。
「この村で採れる果実で作ったジュースらしいです。一緒に飲みましょう」
「ありがとう。なんか酸味が強そうな色合いと匂いだな」
「カシュラって果物らしいです。そのままでは酸っぱすぎるそうで、ハチミツをたっぷり入れれば美味しいと言われました。飲む前に軽くかき混ぜて下さい」
「……ほう、どれどれ」
言われた通りにし、カップに口をつけた。ハチミツを溶かすためか温度はやや熱めで、口内いっぱいに甘さと酸っぱさと酸っぱさと酸っぱさが広がった。
「っ、これは凄いな。ハチミツの味がほぼしねぇ」
「……いっぱい入れてもらったんですけどね。完全に負けてます」
「でも……うん、悪くはないな。何だかんだ飲める」
「ですね。疲れた体には沁みます」
俺たちは草原に腰掛け、夜空を見上げた。会話の途中で強い風が吹き、イルンがブルっと肩を震わせた。何か布っぽいものはないかと考え、ふと思いついた。
バサリとした羽音で出現させたのは赤翼竜の翼だ。部位は左腕を使用し、サイズ感は人型に合わせてある。それでイルンの身体を包んで風から守った。
「…………あ、あのあの、密着してるんですが」
「これなら寒くないだろ? 足りないなら毛布でも借りてくるか?」
「…………いえ、これでいいです。暑いぐらいなので」
そんなやり取りを交わしていると、村の方から呼び声が聞こえた。現れたのはハリンソで、隣り合って座る俺とイルンを見て驚いた。
「これはこれはすいません。お取込み中でしたか」
「いや、ちょうど話が一区切りついたところだ。何かあったのか?」
「……お酒の席でクーさんの探し人の情報を集めていたんですが、一つ気になることがありまして。酔っ払いの発言なので信憑性は薄いですが、お聞きになりますか?」
「頼む。今はどんな手がかりでも欲しい」
情報の出どころは近場の町に畜産物を売りに行っている男性だ。村に帰る前に馴染みの酒場に寄ると、店員から「人を探している」と言われたそうだ。
「――――探し人の名はリーニェだかリーフェで、金髪の女の子と言われたそうです。酒場の名は『金の旅船』、わたしどもの行き先となる町です」
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