第52話『■■■■■■■■■』

 青の勇者は俺たちを守って立ち、障壁で触手を防いだ。続く攻撃は氷の鎖で封じ込め、すり抜けてきた一本を裏拳で叩き落した。


「――――中から感じたのは確かに師匠の魔力だったんだけどね。君は何者だい?」


 その声には強い威圧が込められており、心内に宿る怒りが感じられた。

 白いキメラは数秒だけ沈黙し、馬鹿にするかのように笑い鳴いた。


「ギギギウ、ギウガウ、ギギッ」

「言葉は通じない……いや、わざと聞こえないフリをしているのかな」

「ギウガ、ギウン、ギギギギギャ」

「そうか、封印が弱まる機会を伺っていたのはそっちも同じか。悪いけど君みたいな怪物を外に出すわけにはいかない。ここで始末する」


 青の勇者は水レーザーで触手を切断し、白いキメラの身体全体を切り裂いた。間髪入れずに氷魔法を発動し、細切れにした肉片すべてを凍結した。

 白いキメラは完全に動きを止め、束の間の静寂が訪れた。だが唐突に氷の表面が赤熱し、溶解と同時にとんでもない熱さの炎が噴き出してきた。


「ギウギギギ……、ギグオ、ゴポプッ」


 奇声を発する白いキメラ、その姿は再生と変化を繰り返していた。

 体表には形状の違う鱗がびっしり並び、色違いの甲殻が折り重なっていく。開かれた口の中には千を超す牙が並び、指や爪が際限なく伸び続ける。

 俺も戦おうと身構えるが、青の勇者が腕で遮った。


「君たちはこの部屋から出るんだ。あれはボクがどうにかする」

「…………あれって、本当にキメラなんですか?」

「だと思うけど、正直自信がないな。白いキメラなんて初めて見たし、こんな変身のは師匠だってできなかった。正真正銘の怪物だよ」


 会話の最中にも攻撃が飛び、青の勇者の障壁が砕け散った。

 ただちに水魔法の反撃が行われるが、横顔には焦りが浮かんでいた。


「――――あれを外に出したら世界が終わる。君たちを連れてきたのは失敗だったけど、ここにきたこと自体は間違いじゃなかった」


 そう言い、青の勇者は勇者コタロウの剣を抜き放った。刃から発せられる光で無数の角が焼け、一閃で肥大化した部位の一部が消し飛ぶ。両者の戦いで祭壇の間全体が振動し、大技の衝突によって起きた爆風で前が見えなくなった。


「――――行け!! 振り返らずに走れっ!!」


 俺はリーフェを背に乗せ、来た道を全力で走り戻っていった。

 無事に遺跡の入り口までこれたが、信じられない光景を目にした。


「これって、魔物たちが動いてる……?」


 固定化されていた魔物たちはウゾウゾと蠢き、そこら中で鳴いていた。白いキメラと同様に封印が解除されたのか、岸壁を登り始めている個体までいた。

 急いで逃げ道を探そうとした瞬間、背後で土砂崩れが起きた。たった今通ってきた遺跡の入り口が潰れ、大量の砂煙が舞い上がっていた。


 相打ちという言葉が脳裏をよぎった時、瓦礫の奥から爆発が起きた。

 中から飛び出してきたのは青の勇者だったが、胸元には細く長い触手が突き刺さっている。先端は背中を超えて突き出しており、血が石畳の上に散らばった。


「青の勇者……さん?」


 触手は大きくしなり、串刺し状態の身体を投げ捨てた。

 鳴り響くのは鈍い水音で、青の勇者はピクリとも動かなくなった。

 分けが分からず口を閉口させると、瓦礫の奥から白いキメラが現れた。俺は怒りと共に駆け出し、ワーウルフリザードになって岩石巨人の腕を振り下ろした。だが、


「…………プォ? ホヒッ、グノ」

「――――ギッ!?」


 白いキメラは触手を揺らし、パシパシッと岩石巨人の腕を軽く叩いた。たったの二撃で岩肌にヒビが入り、三撃目で完全に骨ごと砕け散る。さらに一本の触手を秒で超巨大な手に変身させ、虫でもはたくように振り下ろした。

 俺は床を何度も跳ねて転がり、壁に叩きつけられた。

 追撃を受ければ死は確実だったが、白いキメラは俺を無視した。


(――――は?)


 白いキメラが向かう先にはリーフェがいた。徐々に徐々にと距離を詰め、大口を開けて身体を丸呑みにしようとする。急いで逃げるように叫ぶが、リーフェは目に涙を浮かべてペタリと腰を落としてしまった。


「くー、ちゃん……」


 俺の名が呼ばれた瞬間、何故か白いキメラの動きが止まった。体表に山ほど目を生やしてリーフェを観察し、数本の触手で肌や顔をまさぐっていった。

 いったい何が起きたのか、困惑していると触手が横薙ぎに振られた。リーフェは頭の辺りをぶたれて転ぶが、明らかに手心を加えた威力だった。


(…………なんだ、今のは? リーフェを見逃したのか?)


 そう思っていると白いキメラは肥大化させた身体を小さくした。そして大空洞の上を目指して飛び、岸壁をあちこち破壊していった。すると固定化状態の魔物たちが完全に目を覚まし、けたたましい咆哮を上げて外へ飛び出していった。

 俺は呆然と魔物たちを眺め、ハッとリーフェの元に駆けた。

 額からは血が流れていたが、ちゃんと呼吸はしていたので安心した。


(でもこのままじゃダメだ。打ちどころが悪いかもしれない……)


 慎重に身体を抱え上げると同時、複数の足音が聞こえた。遺跡の敷地まで登ってきたのは虫型の魔物数十体で、完全に俺たちを狙っていた。


(――――くそっ!)


 さっき受けたダメージが残っており、足元がフラつく。それでも三体四体程度なら相手できるが、魔物は次から次へと溢れてくる。

 決死の思いで立ち向かおうとした時、中間地点に障壁が張られた。虫型魔物は勢いのまま障壁に衝突していき、ガンガンと牙を打ち付けてきた。


「――――そのまま下がるといい、無理と分かれば向こうも諦める」


 声の方向に顔を向けると、青の勇者が歩き寄ってきた。胸元には丸く大きな穴が空き、血の代わりに塵のような物質が噴き出している。早く傷を治すように言うが、黙って首を横に振られてしまった。


『まさか、治せないのか?』

『ここまでの致命傷を受けるともうダメだね。治癒魔法を使ってもどうにもならない。魔力切れでより早く死ぬだけさ』

『…………どうすんだよ。お前がいなきゃあんな怪物倒せるわけが』

『まぁ、そうだね。だから代案を考えたんだけど、いいかな』


 手招きに従って寄ると、青の勇者は目を閉じた。致命傷で荒くなった息を整え、痛みで歪む表情を精いっぱい微笑ませ、俺の額に手を当てて言葉を紡いだ。

 それは予想もしてなかった発言で、思わず自分の耳を疑った。


『――――ボクの力を、生きてきた証を、すべて君に託そうと思う』

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