第51話『三百年の孤独』

 衝撃の事実を告げ、青の勇者は顔のベルトを剥がし捨てた。続けて帽子とマントを脱ぎ、ここまで隠されていた素肌を露出させた。

 その瞳からは光が失われ、目の焦点は正面だけを向いていた。顔の上部分や二の腕など、かなりの範囲が赤紫に変色してただれていた。


「君たちの気持ちも分かるけどね。もう時間がないんだ」

「…………それ、怪我ですか?」

「これは老化による劣化だよ。皆はボクを不老不死だって言うけど、実体は違う。体内時間を遅くする魔法を掛け、いずれ来る崩壊を先延ばしにしただけに過ぎない。残された寿命はあと少し、一年とちょっとあればいい方さ」


 あまりにも短すぎる寿命で、質の悪い冗談かと思った。

 しかし青の勇者の声には諦めがあり、本当のことだと察せられた。


「三百年前のとある日、世界中で魔物が暴走を始めた。各地の村や町が焼かれ、人類の活動域は恐ろしい速度で後退していった。早急な対策が必要だった」

「………………」

「勇者を含む最上位の魔法使いたちは各地の遺跡に散らばり、世界全土の魔物を封印する計画を立てた。ボクと師匠もそこで別れたんだ」


 イルブレス王国の王城でいつも通りに会話し、再会を約束して持ち場についた。無事に時の牢獄は発動され、魔力切れと疲労で三日寝込んだ。ようやくと思い目を覚まし、青の勇者は白の勇者に会いに行った。だが彼はどこにもなかった。


「封印魔法の構築を行ったのは勇者コタロウと緑の勇者ミルルド、そしてイルブレス王国の魔法使いたちだ。彼らが師匠を騙して利用した」

「…………そんなことって」

「ボクはイルブレス王国を抜けて関係者を探り、あらゆる手を使って当時の状況を吐かせた。彼らは魔物が英雄となることを是としなかったと語った」

「で、でも白の勇者の活躍は現代まで伝わっています」

「彼がキメラだって誰か一人でも知っているかい? その名を覚えていたかい? いくら本人が隠したって、公の記録には名が残るはずだ。世界を救った英雄の名にケチをつけないため、その存在を抹消したんだよ」


 白の勇者はかなりのお人よしだったという。常に誰かを助けるために行動し、敵であっても救える道を模索していた。私利私欲を満たす人間よりずっと人らしく、地域によっては勇者コタロウよりよほど名が知られていたとか。


 青の勇者は白の勇者に惚れ、また黄の勇者も彼を愛した。二人は恋敵であっても仲の良い友人で、どちらが隣に立つか競い合っていたと口にした。


「彼の顔、彼の声、彼の仕草、何も覚えてないかい?」

「…………知りません」

「そっか、それは残念だ」


 寂しさと虚しさが入り混じった声で言い、青の勇者は階段を登った。


「リーフェ、君は今より幼い時の記憶を持っているかい?」

「え? いや、六歳より前は何も……」

「ボクが会ったリーフェも記憶喪失だったんだよ。イルブレス王国の暗部に関わる者か、はたまた別国の第三者か、何者かが君を利用している。そこにはたぶん緑の勇者も関わっている。心当たりはないかい?」

「…………それは」


 ある、と俺は考えた。

 前に心結びの水晶玉で繋がった時、リーフェの記憶を垣間見た。孤児院に現れた理事長は開口一番に「あなたを待っていた」と言っていたし、リーフェ本人が知りもしなかった歌魔法の発動を確信していた。


「――――ボクは暗躍を続ける何者かを『影』と呼称した。そこに緑の勇者が関わっていると裏が取れただけでも十分さ。師匠を救った後に話を聞きに行くよ」


 そこで青の勇者は巨大な扉の前に着いた。俺は単身で階段を駆け登るが、途中に氷の壁を築かれて先に進めなくなった。炎を吐いても無駄だった。


『……封印の解除は理事長と話をしてからでも遅くないだろ』

『彼女は強い。昔の僕ならまだしも、この身体では競り負けてしまう』

『俺たちが協力するって言ってもダメか?』

『魅力的な提案だけど、却下させてもらうよ。余計なことをして失敗するリスクは冒せない。最期に師匠の顔を見届け、安心して眠りにつきたい』


 切実な想いを吐き、青の勇者はコタロウの剣を宙に浮かせる。その状態で片腕を振りかぶり、剣を突き刺すように投げ……止まった。


「…………え?」


 最初に聞こえたのは疑問で、次にビシリと亀裂音が聞こえた。音の発生源は天井に壁に床と祭壇全体で、見る見るうちに裂け目が広がっていった。

 青の勇者は困惑しながら「ボクはまだ何もしていない」と言い、俺たちの近くに降りてきた。一定の揺れで崩壊が収まり、連動するように扉が砕けた。


 緊迫の静寂の中で響いたのは、テンテンテンとボールか何かが弾む音だ。

 扉の中から現れたソレを見て、リーフェは反射でソノ名を呟いた。


「…………クーちゃん?」

 そこにいたのは『白いキメラ』だった。


 長い寝起きから目覚めたかのように大あくびをし、グリグリとローリングしている。そして階段の下にいる俺たちを見つめ、「ギウ」と軽い口調で鳴いた。

 あれが白の勇者なのか、そう思って青の勇者を見た。だが横顔には喜びの感情も再会の安堵もなく、ただ信じられないモノを見る戸惑いがあった。


「……………………誰だ、お前は」


 予想外の発言に俺もリーフェも驚き、突如変化が起きた。

 愛嬌すら感じられる球体の表面がボコボコと歪み始め、四方八方から触手や角が飛び出した。体積が瞬く間に肥大していき、ありとあらゆる魔物の足が生え、無数の目が剥き出しで現れた。


キメラ■■■■■■■■■(レベル■■)

攻撃■■■  魔攻撃■■■

防御■■■  魔防御■■■

敏捷■■■  魔力量■■■


 白いキメラは巨大化を続け、広い祭壇の間を覆っていく。ひび割れていた壁が崩壊を始め、大量の土砂が雪崩れ込んでくる。その奥からも肉塊が飛び出した。

 状況理解が追い付かず立ち尽くしていると、一本の触手が槍のように伸びてきた。狙いは俺の横にいるリーフェで、心臓を串刺しにしようと突き出された。


『――――リーフェ!!』

 とっさに叫びを上げて飛び込むが、触手の動きが一手早かった。

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