第44話『再会』

 青の勇者と別れ、ようやく帰路についた。だがそれで終わりとはいかなかった。道中にはあの武人カマキリが徘徊しており、ギチギチギチと奇怪な鳴き声を響かせて俺たちを探していたのだ。


「…………あの虫野郎。なんでまだこの辺りを徘徊してやがんだ」

「あたしらを狙ってるんじゃないっすか? 凄い怒ってるみたいですし」

「見つかったら命はねぇな。調査基地にはもう少しで着くんだが……」

「……ギウ」


 俺たちは木の影から影を渡り歩き、巨大な魔除けの魔石を目印にして進んだ。ある程度近づけば簡易連絡用の信号弾や発煙筒を使って救助を呼ぶつもりだったが、この状況では使用不可だった。


(……さすがに右肩と左肩が使えるようになったぐらいじゃ勝ち目はない。今の俺があいつを倒すにはリーフェの歌魔法が必須だ)


 遠ざかっていく後姿を眺め、全員で小川を超えた。ある程度離れれば目視の心配はなく、このまま逃げ切れそうだった。そんな中角狼の群れとバッタリ出くわした。


「――――ミトラス! クー!」

「あいあい!」

「ギッガウ!」


 俺は瞬時に二角銀狼になって手前の二頭を切り裂いた。ミトラスは騎士団支給のナイフで一頭の喉笛を裂き、グロッサは投げナイフで一頭を仕留めた。だが逃げた一頭がやかましく鳴き、音を聞きつけて武人カマキリが飛んできた。


「くそっ! 走れ!」

「ちょっ!? なんであいつ普通に飛んでるんすか!?」


 自然治癒か別のスキルか、武人カマキリの傷は癒えていた。さすがに高速機動を行うほど回復してはいなかったが、俺たちを追い掛けるには十分な速度だ。

 草刈りの勢いで木々が刈られ、見る見るうちに距離が縮まってくる。二人を二角銀狼の背に乗せて走るが、疲れで速力が出ない。このままでは全滅だ。


「先輩、いっそ調査基地に行って援護を頼むのはどうっすか!」

「無理だ。さすがにあのレベルの魔物を倒す装備はねぇ!」

「あそこには魔除けの魔石があるじゃないっすか!?」

「あれみたいに興奮した個体は無理だ! 構わず突っ込んできやがる!」

「じゃ、じゃあどうするっていうんですか!」


 ギャアギャアと意見を交わす中、武人カマキリの大鎌がきた。

 切っ先が俺の身体を捉え、刃が全員の身体を裂こうと落ちてくる。一か八か二人を放り投げようとするが、武人カマキリの動きが一手早い。だが死を覚悟した俺の目に映ったのは、大鎌の一撃を防ぐ半透明の障壁だった。


「…………んだ、これ」


 障壁は青の勇者からもらったイヤリングから発せられており、二撃目を受けて割れた。三撃目にも反応して新しい障壁が展開されるが、そこでイヤリングから発せられている光が目に見えて弱まった。

 どうやらイヤリングには所有者を自動で守る機能があり、その効力が切れたようだ。おかげで逃げる時間を稼ぐことができ、余力を振り絞った。


(――――俺が囮になれば、二人は助けられるか? ……だが)


 思考を巡らせて木々の隙間縫うと、どこからか歌声が聞こえた。声の主は再会を心待ちにしていたリーフェで、武人カマキリの動きが一時的に止まる。

 最高の援護を受けて口元がほころび、俺は足を調査基地に向けた。

 歌声は俺たちの無事を願う静かな旋律で、尽きかけていた体力が回復してきた。


「先輩先輩、あれを見るっす!」

「……あれは」


 ミトラスが指差した方角には黄緑色の信号弾が撃ち上がっていた。その発光色には『合流』や『進行可』等のメッセージが込められており、このまま調査基地を目指しても大丈夫なのだと判断した。

 詳細な居場所を知らせようとして吠えると、頭上を信号弾の軌跡が幾重にも飛び越していった。破裂音と共に白色の閃光が瞬き、続けて号令が聞こえた。


「――――射撃隊各位、構え!! 撃てぇ!!」


 指揮を執っているのは調査隊のリーダーで、間髪入れずに銃声が鳴った。銃弾は魔除けの魔石を練り込んだ代物らしく、武人カマキリは空中で怯む。弾幕の厚さから調査隊総出の攻撃だと分かった。


「リーダー! グロッサ副隊長たちを発見しました! 全員健在です!」

「歌魔法の力、銃弾の威力すらも増強されています!」

「あれだけの魔物を俺たちが……!」

「やれる、やれるぞ!! ありったけをお見舞いするんだ!!」


 武人カマキリは大鎌を盾のように構えて着地した。このまま退散してくれればと思うが、胸元に白い輝きを発生させた。あの必殺攻撃を行う腹積もりのようだ。

 即座に暴風を撃って中断させようとするが、先にミトラスが動いた。歌魔法で強化された脚力で木から木へと飛び、青の勇者からもらったナイフを両手に構えた。


「――――ナイフなら、切る以外の使い道はないはずっす!!」


 刃が振るわれた瞬間、切っ先から青紫の魔力が薄く平たく飛び出した。斬撃の範囲は三メートルと広く、銃弾を無傷で防ぐ武人カマキリの甲殻が裂けた。

 予想外のダメージに驚愕したのか武人カマキリは構えを解いて退いた。そのまま羽を震動させて飛び、遺跡の入り口がある方角へと去っていった。


「…………助かったのか?」

「…………ギウ」


 脱力して地面に倒れると調査隊が駆け寄ってきた。

 俺たちは誰一人欠けず、帰るべき場所へと帰ることができた。



 仲間の支えを受けて調査基地まで戻ると、いの一番にリーフェが駆けてきた。二角銀狼姿の俺にゴワモフッと抱き着き、両腕を広げて球体の身体を受け止めようとしてくれた。


「――――わっ!? あれ、クーちゃん大きくなった?」

「ギウ!」


 肯定の返事をし、いつものサイズに戻った。リーフェは俺が無事なことに心から安堵し、これでもかというぐらいギュッと身体を抱いてくれた。


「…………朝ここに飛行船で来たら行方不明って聞いてびっくりしたの。もう会えないんじゃないかって心配だったんだよ」

「…………ギウ」

「本当に、本当に怪我がなくて良かった。クーちゃんに会えて嬉しいよ」

「ギウ、ガウガウ」

「うん、うん。おかえりなさい、クーちゃん」


 色々と積もる話があったが、今はこの温もりだけが嬉しかった。

 ミトラスとグロッサは担架で運ばれ、不機嫌そうな顔のリーダーと対面した。苦言の一つでも呈されそうな雰囲気だが、出てきたのは意外な一言だった。


「どちらも無事で何よりだ。一時の休養を与える、復帰次第働け」

「……はいよ。詳しい説明は医務室のベッドからで構わねぇか?」

「ダメだ、と言いたいが認めよう。眠りから覚めたら報告書も書いてもらう。そこのミトラス上級武兵もだ。分かったな」

「えー」


 リーダーなりに心配していたようで、言動に反して声は優しかった。厳しいだけの人間じゃないと知り、それなりに仲良くやれそうだと考えを改めた。

 土産話として青の勇者のことを伝えると、リーフェは「え」と言って固まった。俺が突拍子もない発言をした、そんなレベルの驚き具合だった。


「…………実はここにくるのが遅れた理由なんだけど、青の勇者も関わってるの」

「ギウ?」

「敵対国の帝国と何か画策してるんじゃないかって、騎士団長から色々と話を聞かされてね。安全のためにココナちゃんが護衛につくことになって、さぁ出航って時に……その、ね」


 リーフェは異様な歯切れの悪さで言い淀み、俺をジッと見た。

 何とも言えぬ静寂で紡がれたのは、理解不能としか言えない発言だった。


「――――青の勇者が死体で見つかったの。騎士団お抱えの魔術師が見ても本人で間違いないって。それが本当なら、その人は……いったい誰?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る