第43話『別れの時』
遭難開始から二日、俺たちはようやく地上付近まで戻ってきた。
そう判断した決め手となったのは洞窟の天井からぶら下がる木の根っこで、コウモリなどの生き物もよく見かけるようになったからだ。洞窟の道筋は上を目指して斜めっていき、幅や高さも狭まってきた。
「なぁ、ここまでくればあんたの魔法で外に出られるんじゃねぇのか?」
「うーん、いけるとは思うんだけどね。もしこの近くに君たちの基地があった場合、地上を出る時の大破壊で大変なことになる危険がある。ボクの目的地の遺跡が壊れる可能性もあるし、あまりやりたくはないかな」
「先輩、青の勇者さんがダメって言うなら諦めるべきっすよ?」
「…………はぁ、結局地道に行くしかねぇのか」
俺たちは岩盤の隙間を一列になって歩き、またある所では腹ばいに進んだ。地下水による湧き水の量が増して湿気が凄かったが、もう少しと思えば頑張れた。
道中で固まった状態の猿型魔物が見つかり、ミトラスがゴリラ魔物のスケッチを広げて質問した。青の勇者は一度立ち止まり、猿型魔物の顔部分に触れて答えた。
「これは封印魔法の影響だね。急に動くことはないから安心していい」
「封印魔法って、大森林に魔物を押し込めていることじゃないんっすか?」
「……あの魔法の大元は『固定化』と『転移』の魔法なんだ。ある起点を元に術式を組み、世界中にいる魔物をここに飛ばした。術式に未熟なところがあったから色々と綻びが出ているけどね」
一部の魔物は固定化されぬまま転移され、大森林内で活動するようになった。最初こそ頻繁な駆除活動が行われるが、予想に反して無事な魔物が多かった。
各国は魔物の掃討を諦め、巨大な魔除けの魔石を配置して中に押しとどめた。外へ飛び出す魔物は入念に駆除し、現状維持を十年百年と続け、一連の管理体制そのものを『封印魔法』と呼称するようになった。
「君たちが見たその魔物が動き出すのは数十年先の未来さ。それだけ勇者コタロウが行った固定化の効力は強い。焦ってどうこうする必要はないよ」
「でもこんな飛び出した奴は初めてっすよ? 本当に大丈夫なんすか?」
「どうしても不安なら魔物の口を縄か何かで縛っておけばいい。目覚めて意識がハッキリしないうちに窒息が狙える。経費も安いしおススメしておくよ」
「……うわぁ、結構恐ろしいこと考えるっすね」
青の勇者はフッと微笑み、猿型魔物から手を離して先へ歩いていった。
ミトラスとグロッサは顔を見合わせ、スケッチを見下ろして頭を悩ませた。
「…………これ、調査結果として受け入れてもらえるっすかね」
「青の勇者直々に解説を受けたって言ったらまず正気を疑われるわな。ただまぁ話自体には筋が通ってる。報告はするべきだろ」
「質問したあたしのお手柄には……」
「なるわけねぇだろ。アホか」
そんな会話をしていると横穴から魔物が現れた。そいつはヤマタノオロチみたいな八首の蛇だったが、サイズが二メートル弱と小さめだった。
俺は新たな力を試すため、単身でチビオロチ魔物と戦った。右肩と左肩に亀魔物の甲羅と口を配置し、連装キャノン砲のように発射した。チビオロチ魔物は火炎を噴いて応戦してくるが、岩の連射に耐え切れず敗北した。味は淡白で美味しかった。
名前 八又蛇 任意スキル 炎魔法レベル3・麻痺毒噴射(小) 自動スキル 暗視・気配遮断(小)
任意スキルの方はまぁまぁといった印象だが、自動スキルの方は使い道が多そうだ。早速と背中の斑煙茸を解除し、新品の八又蛇を生やしてみた。
「おぉ、悪魔っぽくて格好いいっすね。触ってもいいっすか?」
「ギウ」
「蛇ってひんやりしてていいっすねぇ。クー隊員ごと連れて帰りたいっす」
「……ギウウン」
残念ながら、と首を横に振るった。ミトラスはちぇと可愛らしく惜しんでくれた。
それから二時間ほど進み、三叉路になった道の一つに光を見つけた。ミトラスとグロッサは表情を明るくさせ、すり減った体力を振り絞って走り出した。
俺もすぐ二人の後に続くが、青の勇者は途中で足を止めた。視線の先にあるのはもう片方の道で、奥にはいかにも遺跡っぽい石造りの入り口があった。そしてその前に立って「ここがボクの目的地だ」と言った。
「んん? お二人はどうしたんっすか?」
「そっちに何かあったのか?」
ミトラスとグロッサも一度戻り、道の先にある遺跡を目にした。
青の勇者はふぅと重くため息をつき、改まった様子で俺たちへと告げた。
「残念ながらここでお別れだ。君たちと会えたこの二日間、とても楽しかったよ」
「えっ、青の勇者さんも一緒に行かないっすか?」
「これから大事な仕事があるんだ。見つからなければ諦めようかとも思ったけど、こうして目の前に現れた以上は運命だ。成すべきことを成す必要がある」
「うんめい……? なんだか壮大な話しっすね」
二人の会話で光の玉のことを思い出した。あいつも夢の空間で「選ばれし者たちの運命が動き出す」とか言っていた。この遺跡と何か関係あるのだろうか。
(だいぶ今更だが、光の玉と青の勇者って話し口調が似てるよな)
試しに光の玉のことを聞いてみるが疑問符が返ってきた。別れ際ということで俺が転生者と暴露するが、「そうなんだ」と軽い返事がきただけだ。
『ボクが転生者と会うのは君で三人目だったかな』
『もっと驚かれると思ったんだがな。さすがは歴史の生き字引か』
『魔物は初めてだけどね。神様ってどんな相手なのかな?』
『傲慢な奴だよ。さっき言った光の玉の協力を無しにしやがってさ……』
最後とばかりに念話で会話し、途中でミトラスが挟まってきた。俺は会話を二人に譲り、仲良くしている姿をグロッサと共に見守った。そして別れの時が来た。
「さようならっす! 王都に来たら声掛けて欲しいっす!」
「…………まぁ色々あったが、あんたには助けられた」
ミトラスは青の勇者から離れ、元気良く手を振った。グロッサは体力や戦力差などもろもろの理由から拘束を諦め、軽く片手を上げて見送りしていた。
「――――それじゃあ、君たちも元気で」
遺跡の暗闇にマントの揺らめきが消え、何かが飛んできた。
受け取ったのはミトラスとグロッサで、奥から青の勇者の声がきた。
「――――将来有望な騎士団員に贈り物だよ。それで仕事に励むといい」
ミトラスの手に渡ったのは複雑な文字が刻まれたナイフ二本だ。グロッサの手には魔石のイヤリングがあり、どちらも魔法の遺物的なアイテムと分かった。二人は使い方を聞こうとするが、もうそこに青の勇者の気配はなかった。
「……贈り物って言ったってなぁ」
「どうやって使うんっすかね、コレ」
ひとまず持って帰ることに決め、俺たちは出口を目指した。
外に出ると眩い陽光の出迎えがあり、外気をたっぷり吸い込む。洞窟の入り口は赤茶色の石材で造られており、いかにも遺跡っぽい門構えだ。俺は二角銀狼になって一帯の匂いを覚え、いつでも戻ってこれるようにした。
(…………予定通りならリーフェが着いてるころだよな。心配してないといいが)
再会への期待に胸を膨らませ、俺たちは森へと繰り出した。
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