第42話『進化』


 まさかと思う間に青の勇者は片手を持ち上げた。そして水面に触れるように『空間へと手を差し込み』、鞄の奥を探るようにまさぐった。取り出されたのは黒くゴム質な球体に大きな口と牙、俺と同じ幼体のキメラだった。


「――――うわっ!? クー隊員と同じ魔物っす!」

「…………どうやって取り出しやがった? ほんと規格外な奴だな」

「あれ、動かないんっすか?」

「うん、ちゃんと死んでいるからね」


 青の勇者は無害さアピールとして幼体のキメラを指先で転がした。そこからお手玉でもするかのように投げ回し、トンと俺の眼前に置いた。


『さて、見ての通りこれはキメラだ。絶滅寸前に確保した個体がいて、保存用の魔法を掛けて空間収納魔法に入れてたのさ』

『……空間収納魔法?』

『術者の魔力量に応じて物体を収納できる魔法だね。僕だったら町一つぐらいなら住民含めて収納することが可能……と、今その説明はいいか』


 青の勇者はコホンと咳払いし、二人に聞こえる声で「さぁお食べ」と言った。


『キメラはキメラを喰うことで強くなる。眷属召喚だっていずれ使用可能になるさ』

『いずれ? これを喰えば使えるようになるんじゃないのか?』

『ボクも詳しくは知らないけど、キメラ食による身体強化には段階があるらしい。これ一体で君がどこまで強くなるかは未知数ってわけさ』

『………………なるほど』


 いまさら魔物を喰うことに躊躇などないが、共食いはさすがに二の足を踏んだ。だがここを逃せばキメラを喰うタイミングなどなく、強さは頭打ちになってしまう。

 俺は大切な人たちを守るため、勇気を出してキメラを食べた。

 身体の奥から力が湧き上がる感覚があり、ステータスに変化が現れた。


種族 キメラ(レベル2) 名前 クー

部位

頭  キメラ 首  キメラ

右肩     左肩    

胴体 キメラ 背中 キメラ

右腕 キメラ 左腕 キメラ

腰  キメラ 尻尾 キメラ

右足 キメラ 左足 キメラ

任意スキル 無し

自動スキル 自然治癒(小)

特殊スキル 眷属召喚


 最初に気づいたのはキメラのレベルで、表記無しから2に変化していた。初期装備スキルの自然治癒も微から小に上がり、新たな項目として『右肩』と『左肩』が追加されている。試しに両方へとキメラを配置してみた。


「え、あれっ? クー隊員が大きくなったっす」

「……確かにそうだな。一回り分ってとこか」


 二人の反応通りサイズ感が少し変わり、元の状態に戻すと縮んだ。今度はワーウルフリザードに変身し、蜥蜴男の腕を左右の肩に配置した。すると四本腕のワーウルフリザードとなることができた。

 バランス感が悪くてフラつくが、確かな可能性と進化を手にした。

 身体にも異常らしい異常はなく、青の勇者に感謝を伝えた。


『――――それはもう用済みだし、君らには助けてもらった恩がある。むしろ喜んでもらえて良かったよ』


 青の勇者は俺の状態を二人にも教えてくれた。せっかくの力も遭難状態では使い物にならないため、早く脱出しようと意気込んだ。



 そうして移動と休憩を挟み、かなりの距離を歩いた。鍾乳洞が連なる広い泉や恐竜みたいな化石まみれの空間など、物珍しい光景をいくつか目にした。

 野営中も青の勇者は周囲の警戒に当たり、寝ずの番をして守ってくれた。ミトラスはすっかり青の勇者を信頼し、グロッサも基地に帰れるならと最低限の付き合いをしている。冒険者パーティみたいな空気感があった。


『……ん? 君はまだ寝ないのかい?』

『何だか今日は眠気が湧かなくてな。横いいか?』

『いいよ。そこにちょうどいいくぼみがあるから座るといい』


 俺は球体の姿で青の勇者の元に行き、二人だけで話をした。話題として選んだのはリーフェへの土産話にもなる勇者たちの物語だ。


『ああいうのって事実が盛られたりするだろ? 直接本人から聞きたくてな』

『…………三百年前の話、ね。あまり当時を思い返すのは好きじゃないんだけど、今回はいいか。どういう話が聞きたいのかな?』

『やっぱ一番は勇者コタロウについてか。転生者って話しだが、実際どうなんだ?』

『れっきとした転生者だよ。あいつ……彼は神から贈られた最強の剣を持ち、魔物の脅威から数多の人々を救って伝説になったんだ』


 勇者コタロウは魔物の襲撃を受けている町に生まれ落ち、一人で勝利を手にした。次から次へと武勲を重ね、当時のイルブレス王に勧誘されて勇者となった。

 一年二年と活動を続けているうちに仲間が増え、赤・黄・緑・白・青の順で勇者の称号持ちが増えた。栄光の英雄譚といった感じでワクワクするが、勇者コタロウを語る青の勇者の声にはとげがあった。


『……さっきアイツって言ってたが、もしや勇者コタロウが嫌いなのか』

『うん、そうだよ。ボクはあいつが大嫌いなんだ。師匠と違ってね』

『師匠?』

『聞きたいかい?』


 普通に気になったので頷くと、青の勇者は目に見えて喜んだ。


『ボクの師匠は白の勇者でね。とってもとっっても強かったんだ』

『白で師匠……、仙人みたいなおじいさんか?』

『失敬な。ちゃんと若いし、素敵な人だったよ。見た目ももちろんだけど、ボクは彼の高潔な生き様に惚れた。どこまでもついて行こうって願ったんだ』


 白の勇者は魔物使いだったらしく、勇者一行をサポートしていた。黒の勇者コタロウとはライバルみたいな関係で、常に実力を高め合っていたのだとか。

 どんな名前なのか聞いてみるが、青の勇者は拒否した。白の勇者本人から『後世に名を伝えないように』と厳命されているらしく、何故と疑問を持った。


『そういや六人もいるのに名前が残っているのはコタロウとミルルドとイルンだけって聞いたな。なんで赤と黄と白は名が秘匿されてんだ?』

『師匠は恥ずかしいからって言ってたけど、もう二人の理由はどうだったかな。三百年も生きていると記憶が曖昧になってダメだね。よく思い出せないや』

『じゃあ本人がどんな奴だったか聞いてもいいか?』

『それは構わないけど、赤のことは忘れたよ。ゴルラ……ゴルゴナ……なんだっけ? あまり仲良くなかったからかな。剣が得意ってことしか覚えてないね』


 結局知れるのは黄の勇者だけとなるが、十分だ。リーフェの先任者となる歌魔法の使い手、それがどんな人物だったのか知ることができるのだ。

 黄の勇者は美しい金髪の女性だったらしく、世界中で愛されていた歌姫だった。歌魔法で活躍し、民衆の広告塔としても活動した。どんな時でも笑顔を絶やさない人物だったが、瞳の奥底には常に大切な誰かを探す想いがあったとか。


『――――――そう、彼女の名は』


 シンと空気が静まり、喉がゴクリと鳴る。

 四人目となる勇者の名、解き明かされる真実に胸が高鳴った。


『………………あれ?』


 けどいくら待っても続きが来ず、青の勇者の顔を覗いた。するといつぞやのように眠っており、身体を押しても起きなかった。これではお預け状態だ。


(まぁ、いつも見張ってくれるし寝せてやるか)


 俺は元の場所に戻り、代わりに見張りを行った。次があると楽観した。

 しかし青の勇者は二度と三百年前の昔話をしてくれなくなった。

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