第41話『秘匿された事実』

 …………目を覚まして最初に見たのは炎のゆらめきだった。

 眠り眼でぼうっと辺りを見回すが、どこもかしこも夜闇の黒ばかり。肌に伝わるのは湿った土の感触で、遠くからは微かな水音が聞こえる。ここはどこだろうか。


「やぁ、おはよう。目覚めたのは君が最初だよ」


 たき火の奥にいたのは青の勇者で、手ごろな石に腰掛けていた。指差された方向にはミトラスとグロッサが倒れており、どちらも穏やかな顔で寝ている。俺は無事を確かめて心から安堵した。


「あのまま落ちたら死ぬとこだったからね。間に合って良かったよ」

「ギウガウ、ギギウ」

「この炎かい? これは魔法で生み出したものだから窒息の心配は……と、ふむ。何となくそうじゃないかって思ってたけど、君は人喰い個体なのか」

「ギウ?」


 急な『人喰い』認定に首を傾げた。すると青の勇者は俺を指差し、球体の身体を浮かせた。そして額ともいうべき箇所をソッとなぞってきた。


『これで声が聞こえるようになっただろう? よろしく、絶滅種のキメラくん』

『…………声が頭の中に響いてくる。これって』

『念話魔法だよ。魔法時代でも使い手は少ないけど、ボクは使えるんだ』

『さすがは最上の魔法使いって奴か……』


 俺の感想に自信あり気な頷きを返し、青の勇者はこう言った。


『こうして話せるようになったし、答えられることなら何でも答えてあげるよ』

『それじゃあここはどこだ? 今は何時だ?』

『アルマーノ大森林の地下にある大空洞で、時刻は夜の十一時。地表の崩壊に巻き込まれたのが午後一時ぐらいだったから、半日近く経ってることになるね』

『…………マジか』


 完全に遭難状態だった。青の勇者の力で地表に戻れないか聞いてみるが、ここは特殊な魔力力場が働いているせいで上手く力を使えないのだと説明された。

 改めて周囲を見渡すが、現在地はかなりの広さの空洞だった。たき火の灯りでは先が見渡せず、声の反響が妙に遅い。アルマーノ大森林の地下にこんな空間があったと知り、その上を普通に歩いていたことが怖くなった。


『怖がるのも分かるけどね。おおよそ察しはついてたんじゃないかな?』

『どういうことだ?』

『アルマーノ大森林の地形だよ。あちこちが階段状に陥没してて、平らな土地は少ない。ここはまだ狭いぐらいで、もっと広い大空洞があちこちに点在している』

『あの地形はそういうことだったのか……』


 十数年も経てばどこかの地形が沈み歪む。その連鎖で青の勇者は目的地までの道のりが分からなくなり、水場の近くで遭難していたそうだ。

 ここからどうするのか聞くと、地上への道を探すと言ってくれた。青の勇者自身もここに長居はしたくないそうで、ミトラスとグロッサを起こそうとした。そこで俺は待ったを掛けた。


『悪い、その前に聞いていいか?』

『ん?』

『さっき俺に対して人喰いって言ったよな? じゃあ人を喰ったキメラはその……、人の意思を持つようになるのか?』

『個体差はあるけどね。キメラは人を喰ってその知識・記憶・容姿・能力を奪える。行方不明だった人がキメラ化して現れたとか、昔はよく聞いたものだよ』


 キメラが取り込めるのは魔物だけではと聞くと、青の勇者は思案気に頭を傾けた。そして言葉を選ぶ素振りを見せ、淡々と事実を告げた。


『――――確かに人と魔物は別種の生き物だけど、大きな違いはないよ。本来魔物の定義は魔力を持った生き物だからね。ちゃんと人も含まれる』


 常識外の発言に絶句するが、俺はそれでも反論した。


『……魔力の波長が違うから別って聞いたが、あれは何だ?』

『耳触りの良い嘘だね。その方が都合が良いから民衆に広められている。誰だって自分が化物と近しい存在だって知りたくないだろう?』

『そこのグロッサとかは魔力がないが、これはどうなんだ』

『ある意味では彼らこそ真の人間だね。魔力を操る体内器官が失われ、動物と同じ仕組みで生きている。退化とも進化とも言える状態だ』


 そう言い、青の勇者は魔物食が禁忌な理由も教えてくれた。

 魔力を操る器官のない人間は取り込んだ魔力を吸収できず、行き場を失った魔力が脳や臓器を傷つける。逆に魔力持ちは取り込んだ魔力を糧にできるため、より多くの魔力を扱えるようになったりするそうだ。


『君の身近な人間にも似たような症例はなかったかい?』

『…………あったな』

『うん、じゃあそういうことだよ』


 俺が納得したことに喜び、青の勇者はパンと手を打った。するとミトラスとグロッサが目を覚まし、現状に腰を抜かすほど驚いた。俺と同じく簡単な状況説明を受けて落ち着くが、どうやって上に戻るかは答えが出なかった。


「…………たくっ、命があるだけいいって思うしかねぇか」

「それも長くは持ちそうにないっすけどね」

「持ってきたのは携帯食料ぐらい……って、あれ?」

「んん? 先輩、どうしたんっすか?」


 グロッサは焦って鞄をあさり、ひっくり返した。調査で使う備品等が色々と落ちてくるが、その中に食料品はなかった。ミトラスも同じように確認するが結果は同じ、視線はのほほんとしている青の勇者に向けられた。


「――――うん、お腹が減ってたから食べちゃったよ。ごちそうさま」


 ハハハという笑いを受け、グロッサが「終わった……」と言って崩れ落ちた。もはや餓死確定というレベルの絶望感で、あわあわ顔のミトラスに慰められた。



 体力があるうちしか動けぬため、俺たちは出口を目指して歩いた。だがどこを行っても洞窟洞窟洞窟、ずっと同じ場所を巡っている錯覚があった。


「…………くそっ、せっかく魔物が少ないと喜んだらこれだ。ついてねぇ」

「ボクも困ってるよ。予定通りなら一ヵ月前には目的地につくはずだったからね」

「その目的地って何なんすか?」

「とある遺跡への入り口だよ。そこを使って大切な物を回収する予定だったんだ。イルブレス王国の街も数年ぶりに観光するつもりだったけどご破算さ」


 大切な物とは何かと聞くが、そこは黙秘された。代わりに『一人一回だけ自分の将来に関する質問に答える』と突拍子もない提案がきた。グロッサは占いの類かと相手にしなかったが、ミトラスは目を輝かせてビシッと手を上げた。


「はいはい! あたしって将来有名になるっすか? 主に実力方面で!」

「一つの町で知らない人はいない、ってぐらいにはなりそうかな。ただ誰もが名を知る大英雄ってことにはなりそうにないね。ごめんね」

「……微妙っすね。何だかガッカリです。あ、先輩はどうなんです?」

「おい、お前勝手に」

「グロッサ君はねぇ……、うん。三十歳ぐらいの時に素敵な出会いがあって、二十五歳ぐらいの女性と結婚するみたいだね。おめでとう」

「……ぐらいぐらい適当言いやがって、俺の好みは年上だぞ」


 グロッサはまったく気にしていないが、何故かミトラスが絶望した。うわ言で「二十五歳……?」とか言い、何度も自分を見下ろしている。何かあったのだろうか。

 俺も将来を聞こうかと思っていると、念話で『君は好きな質問でいい』と言われた。ダメもとで眷属召喚について聞くと、意外にも即答で返事がきた。


『――――そんなことでいいのかい? じゃあ、早速使えるか試してみよっか』

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