第38話『異変』
一時間ほど掛けて目的地に到着して見たのは、草が『生い茂った』水場の光景だった。魔物など一匹たりともおらず、不自然な静寂が辺りを包んでいた。
「んだこりゃ、場所間違えたか?」
「魔物の足跡もないっすね。木の実とかも手つかずみたいっす」
魔物でも獣でも、往来が多い場所は草が生えづらくなる。獣道というのはそういった環境でできるもので、水場の広場も同じはずだった。
二角銀狼の嗅覚で辺りを調べるが、感じられる匂いは古かった。二人の手で水場の水質調査が進められるが、これといった異変はなかった。
(…………魔物が増えるどころか減ってる。縄張りから離れなきゃいけないほどの事情があったとかか――――って、んん?)
ちょっと離れた位置の茂みに『赤黒い何かが』が見えた。
物陰から覗いて発見したのは『下半身だけが地面に埋まったゴリラ魔物』だった。
「――――ッギ!? …………ギウ?」
結構な体格だったので驚くが、相手は微動だにしなかった。
大剣を構えて近づき、顔の前で刃をチラつかせた。思い切って腕の辺りをつついて跳び退くが、これも無反応だった。いや何だこれは。
俺は入念に動きがないことを確かめ、ミトラスとグロッサを呼んだ。二人ともゴリラ魔物を見た瞬間に警戒するが、すぐに構えた銃を下ろして困惑した。
「…………なんじゃこりゃ、魔法時代に造られた魔物の石像か?」
「にしては精巧すぎるっすよ。毛深いですし、こんな場所にある理由も謎っす」
「目も血走ってるしな。瞬き一つしてねぇが……」
「息もしてないっすよ。不思議な魔物? っす」
ゴリラ魔物の体毛は全体的に赤黒い。顔つきは仁王像といったこわばり具合で怖く、歯が剥き出しの状態になっている。魔物との戦いで石化でも受けたのかと思ったが、同じ疑問をグロッサが否定していた。
「じゃあ石投げてみるっすか、顔面に」
「おまっ、それで動いたらどうすんだよ」
「でも状態を調べるなら徹底的に行くべきっすよ。先輩もそう思うっすよね」
グロッサは悩み、許可を出した。だが目に直撃しても効果はなかった。二角銀狼の牙を突き立ててみるが、不自然なほど固く牙が通らなかった。
「ミトラス。報告用のスケッチまとめとけ、お前絵を描くの上手かったろ」
「はいはい、やったりますよー」
「…………リーダーにこれ見せて、信じてくれると思うか?」
「怪奇現象過ぎて微妙かと、実物があれば一発なんすけど」
ミトラスは腰をかがめ、鞄からノートを取り出してスケッチし始めた。俺はグロッサの目の前で地面を掘り、埋まっている下半身がどうなっているか見ようとした。だが分かったのは下も同じく固まっているという事実だけだ。
「ギウ、ガウ」
「ん? あー、もっと小さい魔物を見つければ回収できるってか?」
「ギウ!」
ジェスチャーの意図が伝わり、俺とグロッサは近場の探索を行った。
そう上手く目的の物が見つかるものかと思ったが、発見はあった。岩の影に頭だけ地面から生えた状態で固まっている鹿型魔物がいたのだ。
(こいつなら運べそうだな。早速掘って……って、地面がかてぇ)
途中で木の根っこが見つかり、一度も掘り返されていない状態だと分かった。この魔物は身体を固定されてから埋められたわけじゃなく、何か強力な力で地面へと移されたのだと推測した。
脳裏に浮かぶのは『石の中にいる』というフレーズだ。転移の位置を誤って物体に取り込まれた状態を表すゲームの用語で、これも似た感じだと思った。
(……転移魔法って奴か? でもこの世界に魔法使いはそういないはずだし、この固定化現象は別個だよな。何が起きたんだ?)
頑張ったが鹿の魔物を掘り出すことはできなかった。俺は一度二人の元へと戻ると決め、周囲を注意深く見ながら歩いていった。その時だ。
「…………うーん、うーん……」
「ギウ?」
「……みず………………ごはん……みず……ず」
「ギ、ギガウ?」
誰かの声が聞こえ、その方向を目指した。すると音の主はすぐ見つかった。
その人物の頭には紺色の三角帽子があり、全身を同色のマントで包んでいる。髪色はサファイアがごとき美しさの青色で、目元はベルトか何かで覆われていた。
パッと見は男か女か不明だったが、直感で女性だと分かった。
揺すって反応を見るべきかと思うと、グロッサが俺の元まできた。
「どうした、クー。何か見つかったか?」
「…………ギウ」
「……んだありゃ、なんでこんな場所に人がいやがんだ」
グロッサは俺に待機指示を出し、青髪の女性の傍に近づいた。銃を構えたまま身体を揺らすが、相手はぼんやりとした意識でうめくだけだ。
「…………アルマーノ大森林で見つかる人間は自殺志願者か密猟者って相場が決まってる。だがそれは境界線から数キロの範囲に限った話だ」
「ギウ、ギギガウ」
「あぁ、ここはそんな近場じゃねぇ。魔物の襲撃を受けて乗ってた密航船が墜落したってところだろうよ。ようするに要注意人物だ」
そう言ってグロッサは鞄から縄を取り出した。厳重に青髪の女性を縛り上げ、その身を肩にかついで護衛を俺に頼んだ。
無事ミトラスの元に戻ると、ちょうどスケッチが終わったところだった。ミトラスは急に現れた第三者に驚き、見つけた経緯を聞いてきた。
「…………まぁそんな感じだ。ここら一帯の異変に関わっているかは知らねぇが、重要参考人には違いねぇ。死なれても困るし水だけ飲ませるぞ」
「はいっす。目元のベルトは……って、外れないっすねコレ」
「マントも身体に貼り付いたみたいにかてぇ。不気味な奴だ」
水筒で口を潤すと、青髪の女性は反応を示した。途中から明確に意識を取り戻して水を飲み、何度かむせてからキョロキョロ辺りを見回した。
「…………ん? ここはどこだい? ボクはだれかな?」
ベルトで前が見えないはずだが、俺たちの位置を正確に把握していた。青髪の女性は立ち上がろうとし、手と足を縛っている縄のせいで転んだ。
グロッサは面倒そうにため息をつき、青髪の女性を仰向けにした。そして長銃の銃口を突きつけ、この場にいた理由を問いかけ、名乗るように要求した。
「ボクかい? この顔を見ても誰か分からないかな?」
「あのなぁ、その顔が見えねぇんだよ。馬鹿にすんなら痛い目見せるぞ」
「あー、そうだったね。君らにはそう見えているのか、失敬。残念だけどこれはそう簡単に外せないから、名前の方だけ教えるとしよっか」
青髪の女性は背を起こし、微かに口角を上げた。
告げられた名はあまりに予想外のもので、全員が言葉を失った。
「――――ボクは三百年前に魔物を封じた英雄、青の勇者だよ。どうぞよろしく」
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