第37話『調査基地』

 飛行船は安定航行を続け、森にそびえ立つ巨大な魔除けの魔石の元に移動した。それなりに距離があるからか痛みは弱く、生活に支障なさそうな具合だ。ホッと安心する反面、こんなもので魔物の襲来を防げるのかと気になった。


(…………経年劣化で効力が弱くなったりするんかな。後でリーフェと合流した時に聞いてみるか)


 真下には森を切り開いて造られた土地があり、四角屋根の建物が三つと三角屋根の大きな建物が一つある。全体が厚い塀で囲まれ、四隅の一角には畑がある。飛行船は速度を落とし、敷地の端にある発着場へと降りていった。

 俺を含めて調査隊のメンバーは三十人ほどで、全員が船から降りた。すると調査基地で勤務していた先遣隊の面々が現れ、テキパキと引継ぎ作業を行っていった。


「――――それでは、調査隊全員の幸運を祈る! 敬礼!」


 先遣隊は停泊していた別の飛行船に乗り、イルブレス王国へと帰っていった。

 俺たちも見送り次第持ち場につき、それぞれの仕事を始めていった。

 俺はワーウルフリザードに変身し、物資搬入班に交じって食料や武器が入った木箱を運んでいった。通常二・三人で持つ荷物を一人で持てるため、作業はすいすい進む。物資搬入班からありがたがられ、ものの三十分ほどで荷下ろしが終わった。


「…………嘘だろ、あれだけの量がもう終わったぞ」

「やるじゃねぇか、黒いの」

「腰が痛くならないのは初めてだな。マジで助かるぜ」

 拳を合わせたりハイタッチをし、互いに労をねぎらった。


「――――いやいや、早く終わったすね。後は自由時間でいいっすか?」


 そう言うミトラスも物資搬入班だが、一人だけ元気だ。別に作業をサボっていたわけじゃなく、軽い物だけ運んだわけでもない。魔力持ちだからこその体力だ。


(……話には聞いてたが、同じ作業で比較すると差は歴然だな)


 魔力持ちの人間は肉体の強化が可能で、本来重傷となるダメージを軽傷に抑えられる。筋力そのものを上げることもできるため、戦闘面で明確に有利だ。

 反面魔力を持たない者はどこまで鍛えても人間止まり。魔物の殴打一発で戦闘不能になり、爪の一閃で身を裂かれて死ぬ。大多数の隊員はこっち側だ。


(そりゃ立ち入り禁止にもなるわな。決闘の報酬とはいえ、よく許可をもらえたもんだ。信頼に期待、どっちにしろ応えるべきか)


 そんなことを考えていると、四角屋根の建物から歩いてくる人影があった。

 その人物は俺たち調査隊のリーダーで、ピンと伸びた背筋が特徴的な男性である。スッと鋭く威圧的な目と、七三分けの髪形が几帳面な性格を表している。隊服までおろしたてのような新品さで、カツカツと軍靴の音を響かせて集団の中心に立った。


「各班、作業は予定通り終了したか」

「はい、すべて滞りなく!」

「では改めて今回の目的を確認する。広場で集合するよう全体に伝えろ」

「はっ!」


 隊員たちはキビキビ動き、ビシッと四列になって整列した。俺は球体に戻って後ろの方に並び、隊員たちの隙間からリーダーの顔を確認した。


「――――改めてだが今回の調査目的を確認する。まずアルマーノ大森林で出没する魔物が年々増加していること、それに伴ってか魔物自体の強さも増していること、その二点の原因を解明するのが我が調査団の役目となる」


 日程は二週間ほどで、終わり次第このメンバーは街に帰還する。先遣隊は何も手掛かりを見つけられず、うちのリーダーは手柄を立てることにご執心だ。

 それぞれ班ごとに役割分担を決め、一時解散となった。俺の仕事は『アルマーノ大森林に出て調査隊の護衛をすること』であるため、それ以外の時間は基本暇だ。

 一度調査基地の見学でもしようかと思っていると、誰かが近くにきた。

 振り向いた先にいたのはリーダーで、ゴホンと咳払いして言った。


「―――騎士団長から任せられた任務だが、オレはお前を信用していない。もし不審な動きを取れば悪辣な魔物として叩き切る。よく覚えておけ」


 突然なんだと思うが、これが普通の反応でもあった。リーダーに関しては向こうでも交流がなかったため、俺を危険な魔物と認知している様子だ。

 反論しても仕方ないので黙っていると、ミトラスが俺たちの間にシュバッてきた。そして持ち前の大声で俺を守ってくれた。


「リーダーには悪いっすけど! クー隊員はそういうのじゃないっす!」

「なに?」

「単に頭が良くて強いってだけで、騎士団長は『特務兵』の席に置かないっす。あの人を尊敬するんなら、役職に込められた意味も汲むべきっす!」


 ミトラスの発言を受け、周囲の隊員もヒソヒソ話を始めた。


「明らかに会話できるしな……。率先して仕事を手伝ってくれもする」

「黒いのが相手してくれなかったら魔物と戦うの怖いままだったぜ」

「……騎士団には必要な存在だよな。うん」


 他の隊員もおおむね同意し、リーダーは怪訝な顔をした。途中でグロッサが俺たちの元に現れ、ミトラスの後頭部を抑えて上官への無礼を謝罪した。だが、


「…………でもまぁ、オレも似たようなもんですかね」

「どういうことだ?」

「こいつは他の魔物と違う。それは同感です。別に警戒するのも間違いではないですが、敵意を向ける相手ではないって思ってます。それでは」


 グロッサはミトラスの耳を強引に引き、絶叫を響かせながら去っていった。

 リーダーから罵倒の一つでも受けるかと思ったが、俺を睨みつけて「ふん」とだけ言ってどこか行った。やはり納得しきれないといった感じだった。



 その後は付近の調査に出ることになり、俺も同行した。仲間はミトラスとグロッサの二人で、どちらも飛び回る羽虫に嫌そうな顔をしていた。


「うわっ、ぺっ! ぺっ! 口に中に入ったっすよぉ……」

「……森を歩くよりこっちがダルいわな。こんな季節に来る場所じゃねぇぜ……」

「グロッサ先輩、適当に済ませて帰りません?」

「そうしてぇのは山々だが、あのリーダーはそういうのすぐ気づくぜ」

「うへー」


 俺は二人の会話を小耳に挟み、ワーウルフリザード形態で前を歩いた。手にあるのは騎士団長との決闘で使った大剣で、邪魔なツタを手あたり次第切っていった。


(…………二人には擁護してもらったことの感謝しなきゃな)


 一度歩みを止めて剣をしまい、深く頭を下げた。ギウガウ口調で話すよりも分かりやすい意思表示で、ミトラスとグロッサは顔を見合わせて笑った。


「オレは別に構わねぇぜ。こんな品行方正ちゃんを叱ったらバチがあたるからな」

「あー、それ。あたしならいいってことっすか?」

「お前はいつも叱られてるだろうが。あのリーダーに限らず全員にな」

「……正論は時として人を傷つけるっす。あたしだってやる時はやるっす」


 二人の温かな思いに感謝し、やる気を出して道を切り開いていった。

 これから向かう場所は魔物の通り道となっている水場で、遭遇戦の危険が高いらしい。懐かしき角狼に加え、鹿や兎といった魔物も確認されているそうだ。


(どんな魔物が出ようが、二人は絶対に守る。それが俺の役目だ)


 しかし心からの意気込みに反し、魔物は一向に姿を現さなかった。

 目に見えない何らかの異変が、アルマーノ大森林の奥地で起きていた。

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