第39話『青の勇者』

 勇者、その称号は三百年前に魔物をアルマーノ大森林に封じ込めた六人の英雄を指す。まとめ役だった黒の勇者コタロウの他、理事長である緑の勇者ミルルドに加え、青・赤・黄・白の勇者の名が現世まで伝わっている。

 緑の勇者は種族的な長寿で生きながらえているが、青の勇者は魔法の力で永劫の寿命を手に入れた。不老不死という究極の奇跡を物にした栄誉を称え、人々は彼女を『最上の魔法使い』と称すという。


(……確か青の勇者はフリーで活動している。基本的には温厚な性格だが、欲しい物は絶対に手に入れる性分、とかリーフェが言ってたはずだ)


 小さな遺跡一つを守るため、周辺で起きていた紛争を一人で鎮圧した。とある村の特産品である果物が好きという理由で、火山活動を一日で止めてみせた。その他にも魔術時代では到底成し得ない奇跡を各地で起こしている。

 もし彼女が本当に青の勇者だった場合、俺たちなど一捻りだ。拘束や銃口を突きつけた尋問行為など、反撃を受けるに至る理由が多すぎた。


(危険な相手じゃなさそうだが、もしもがあったら……)

 危機感を募らせる俺とグロッサを置き、ミトラスがハイと元気に手を挙げた。


「あの、すいません! 青の勇者っていったい何者っすか?!」


 あまりにも気の抜けた発言、グロッサは反射でミトラスの頭を叩いた。本物なら無礼どころの話ではなかったが、青の勇者は気にした様子なく話を継いだ。


「そっか、ボクを知らないか。これも時代だね。名は『イルン』、水の魔法使いさ」

「…………魔法使い? なんでそんなお偉い様がこんな森の奥にいるっす?」

「実はとある遺跡の入り口を探しててね。三か月ぐらい前から彷徨ってたんだよ。アルマーノ大森林は十数年ごとに地形を変えるから、なかなか目的地に着けなくてね」

「へぇ、イルンさんは方向音痴なんすね」


 微妙にズレた返答をするミトラスにまた打撃が飛ぶ。ミトラスは頭頂部を抑えて地面を転がり、代わりにグロッサが青の勇者の前に立った。


「青の勇者……いや、まだあんたがその人物だって決まったわけじゃねぇ。もし本当に勇者だって言うなら、何か証拠を見せてくれ」

「証拠? 証拠ねぇ、何がいい?」

「例えばそこにある大木を消し飛ばすとか、森の地形を変えるとか……できるか?」

「うん、お安い御用だよ」


 即答で言い、青の勇者は『拘束しているはずの片腕』を前に突き出した。縄は輪っかの形状を保ったまま転がっており、俺とグロッサは呆然と目を瞬かせる。

 そうこうしているうちに青の勇者の手から発光する魔法陣が浮かび上がった。その大きさは一瞬で変化し、一秒もせず二メートル大にまで広がった。


「――――水よ、貫け」


 それは詠唱と呼ぶには短すぎる発言だった。魔法陣は瞬時に輝きを増し、レーザービームが如き威力の水を極太の幅で発射した。

 グロッサが指定した大木には大穴が空き、残骸は放射の余波に呑まれて消滅する。青の勇者の攻撃はそこで止まらず、直線状にある木々を次々破壊していった。

 ものの一分ほどで水の勢いが止まり、辺りには天気雨が降った。破壊されたのは木々だけじゃなく、厚い岩場や緩やかな丘も含まれている。俺たちの前には風通しの良い景色が広がり、遠方には虹が掛かっていた。


「大体十キロ前後ってところかな? これでボクが青の勇者ってことは分かってもらえたよね」


 もはや頷く余地しかなかった。相手は確実に青の勇者だ。

 しかしグロッサは青の勇者へと銃を構えた。告げたのは『アルマーノ大森林への不法侵入』という罪状で、無許可にこの地に来たことを追及した。


「ここはイルブレス王国の領地、入国には許可が要る。あんたほどの相手が来るなら事前に通達が来るはずだ。それがこないってことは……」

「ふぅん、仕事熱心だね。君は死ぬのが怖くないのかな?」

「はっ、そんなん怖いに決まってらぁ。けどあんたを見逃したせいで別の奴が苦しむのは看過できねぇ。俺たちの調査基地までご同行をお願いする」

「………………」


 青の勇者は黙り、緊迫の空気が流れた。俺はいつでも動けるように身構え、ミトラスもナイフの柄に手を添えて姿勢を低くする。

 その状態で数秒・数十秒と流れ、アレと呆気に取られた。いつの間にか青の勇者は首の角度を落とし、穏やかな寝息を立てて眠ってしまったのだ。


「先輩、これ」

「…………完全に寝てるな」

「ギウ」


 試しに揺すってみるが、欠片も起きる気配がなかった。予想外の連続で忘れていたが、彼女は行き倒れだった。どうやら体力が底を尽きたようだ。


「水の魔法使いなのに水不足になるんっすね。何だか不思議っす」


 ミトラスに無言で同意し、グロッサと一緒に青の勇者を再拘束した。そしてワーウルフリザードの背に乗せ、簡単に落ちないように固定してもらった。


「クー、具合はどうだ?」

「ギウ、ガウ」

「良さそうならさっさと帰るぞ。調査基地には魔物の捕獲に使われる魔力封じの鉱石がたんまり備蓄してある。そこの倉庫にこいつを突っ込む」


 急げば調査基地には一時間程度で着ける。あの水魔法の大破壊は基地からも見えたはずで、合流は思った以上に早そうだ。勝算は十分にあった。


「先輩! あの固まったゴリラはどうするんすか!?」

「言うまでもなくコイツの仕業だろ。尋問すれば分かる」

「可否を問うだけで調査の日程が終わりそうっすね。じゃあ先導はあたしが……って、んぉ?」


 ミトラスが足を止め、水レーザーでできた空洞地形に指を差した。俺とグロッサはその場所に目を向け、虹をくぐって接近してくる黒い影に目を凝らした。


(…………あれは)

 そのシルエットには見覚えがあった。


 全長は十メートル近くあり、身体は濃い緑の甲殻で覆われている。刃渡り四メートル近い鎌を両腕に持ち、それを翼に見立てるように広げている。腹部から生える足は太く大きく、飛行で振動する羽には薄紫色の模様が浮かんでいる。

 何の因果か、こちらに近づいてくるのは武人カマキリだった。

 奴は広げた足を折りたたみ、空中で姿勢を変えて急加速してきた。


「――――っ!? やべぇ!! 全員伏せろぉ!!!」


 グロッサが指示を出し、長銃を抱えて倒れ込む。ミトラスは近くの木影へ滑り込み、両耳を抑えて身を固める。俺は大剣を斜め角度に構え、片膝を下ろして防御姿勢を取った。

 飛行しながら大鎌が振られ、視界に映る木々は一斉に切り裂かれた。通過時に起きた爆風で瓦礫が飛散し、続く爆音で大地が揺れた。

 顔を上げた先に武人カマキリはおらず、高高度に小さな点が見えた。

 ギィィィンという耳鳴り音を響かせ、急速な旋回軌道で再接近してくる。


武人カマキリ(双刃大蟷螂)

攻撃A  魔攻撃A

防御B+ 魔防御B+

敏捷A  魔力量C+


キメラ(ワーウルフリザード)

攻撃B  魔攻撃B

防御B  魔防御C

敏捷D  魔力量B


 リーフェの援護無しでどこまでやれるか、戦いの火蓋が切って落とされた。

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