第34話『休日』※日常回

 …………就任歓迎パーティが終わって数日、俺とリーフェはある場所にきていた。そこは心繋ぎの水晶玉でお世話になった下町の孤児院で、建物の外では子どもたちがワイワイ賑やかに騒いでいた。


「すっごい! ぼく、はじめてマモノにさわった!」

「リーフェおねえちゃん、このこかんだりしない?」

「はずんでる! すごい!」


 俺は子どもたちの注目の的となり、終始されるがままとなった。撫でられつつかれ揉みくちゃにされて疲れるが、世話になっているリーフェの恩返しと思えば何てことはない。むしろドンと来いといったところだ。

 しかし大人な対応をする俺とは違い、抗議の声を上げる奴も『一匹』いた。


「ぐるるぅぅぅ! がうっ! あうっ!」

「ダメですわ、ポルメス。今日は皆さんと交流を深めにきたのですから」

「くぅぅぅぅん、きゅうぅぅぅん」

「もう少しでいいので我慢しなさい。普段のあなたは寝てばかり、これも良い運動になりますわ。帰ったら美味しいものをいっぱい食べさせますから」


 そんな会話をしているのはマルティアと金ポメだ。マルティア側から遊びの誘いがあり、リーフェが孤児院に来ることを提案し、今回の交流会が開かれた。

 重要人物である二人の護衛を担当しているのは騎士団長で、スーツみたいな黒い私服を着て軒下に立っている。有名人なので子どもたちから「騎士団長なのでは?」といった目が向けられるが、終始他人の空似で通していた。


「世界には三人同じ顔の人間がいるという。そういうことだ」

「でもきしさまなんでしょ? しりあいじゃないの?」

「…………ふっ、大した洞察力だ。これはわたしの敗北かな」


 恐ろしく早い敗北宣言だった。それでいいのだろうか。

 幸いにもマルティアの元に退避していた金ポメが復帰し、子どもたちの注目を集めた。行く先々で取り囲まれ、四方八方からモフモフモフモフされる。金ポメは般若の顔つきになるが可愛がられるだけ、少し可哀想だった。


「ギウガウ(大変だな、お前も)」

「くぅ、あう! あう、がう!」

「ガウガウラ、ギウガ(言ってる意味は分からんが、まぁ仲良くしようぜ)」

「あう、ぐるるるるる」

 どうやら俺は嫌われているらしい。犬好きなので残念だ。


(……ていうか金ポメ、前見た時よりでかくなってるな。まぁちっさいポメラニアンから大きいポメラニアンになったぐらいの変化だが、成長期か?)

 そんなことを考え転がっていると、子どもたちが体表をつついてきた。


「ねぇねぇ、もっとかっこよくなれるんでしょ?」

「ギウ?」

「リーフェおねえちゃんからきいたの、みせて!」

「ギー……、ギウ!」


 俺はやったるぜと意気込み、灰色体毛の角狼になった。格好良さでは二角銀狼が一番だが、あれは人目につき過ぎる。間違って通報されたら面倒だ。

 俺はサービスとして一人ずつ背に乗せ、敷地内を走り回った。子どもたちは大喜びだが、順番の遅い子が残念がってしまう。すると騎士団長が動いた。


「どれ、わたしの元に来るといい。あれに負けないぐらい楽しませてみせよう」

「え、どうやって?」

「ふふっ、それはだな。……こうする!」


 騎士団長は子ども一人を持ち、空高く打ち上げた。高い高いというには高すぎる高度だが、飛んだ子どもは大はしゃぎだ。騎士団長は小さな身体を音もなくキャッチしてみせ、優しい手つきで地面を下ろしてみせた。


「……すっごい! ぼくもぼくも!」

「はははっ、では順番だ。次は君かな」

「うおっ! とんでる! とんでる!」

「わ、わたしもやりたい!」


 角狼の乗馬ツアーと騎士団長の直上遠投は大盛況で、金ポメが解放される。ようやく一休みできるだろうと思うが、何故か不満そうな顔をしていた。

 リーフェとマルティアは子どもたちと戯れる俺たちを微笑ましく見つめ、二人で角材の上に腰を下ろし、ひと息ついてから会話を始めた。


「今日はお誘いしていただき、ありがとうございますわ。リーフェさん」

「そんなかしこまらなくていいよ。むしろこっちこそ付き合わせちゃってごめんね」

「いえ、大丈夫です。あの子にも、そして私にとっても良い経験です」

「マルティアにも?」

「わたくしの世界は王城と魔術学園、あと親交のある貴族方ぐらいのものでした。でもこうして下町に降りて、皆と触れ合って、こんな世界があると知れたのです」

「…………どう思った?」

「皆辛い境遇を抱えていらっしゃるのでしょうけど、こうして元気に過ごしておられます。例え裕福じゃなくても人は幸福を掴める。立場に固執しなくても健やかに生きていける。今日はそれを強く実感しました」


 マルティアは何かを掴んだようで、すっきりした顔をしていた。リーフェはその横顔をジッと見つめ、片足で落ちていた小石を蹴った。


「凄いね、マルティアは。さすが王族って感じ」

「一番はリーフェさんのおかげですわ。中庭でのことや、遺跡を出てすぐのこと、そして闘技場で行った騎士団長との決闘。あれを見て『人は何にもなれる』と分かったのです。わたくしだけの力ではありません」


 予想外の称賛にリーフェは照れ、頬を指先でかいて「ふぅん」と言った。


「まぁ期待されてるのは悪くないかな。それなりに頑張ってみるよ」

「はい、リーフェさんのこと、ずっと応援しますわ」

「ずっとはプレッシャーかも、ほどほどでいいよ」

「いえ、期待させて下さい。大切で素敵なお友達ですから」


 マルティアは熱い思いで告げる。リーフェは目線を逸らし、虚空をしばらく見つめてからマルティアへと向き直った。


「リーフェ、でいいよ。さん付けは友達っぽくないし」

「……いいんですの?」

「むしろ私が『マルティア』って言ってることの方が問題だし、今さらでしょ。これからも仲良くお願いね、マルティア」

「はい、よろしくですわ! リーフェ!」

 二人は仲睦まじく笑みを交わし合う。素晴らしきかな友情だ。


(俺もいずれは言葉を話せるようになって、色んな人と親睦を深めたいもんだ)

 うんうんと頷き、今日という日を思いっきり楽しんだ。

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