第33話『成長』
理事長に失望されて魔術学園を追い出され、道を切り開くために騎士団長と戦い、望む結果を手にしてから二週間ばかりの時が経った。立場や環境の変化で日々は慌ただしく流れ、この地に生れ落ちた時と同じぐらい色んなことを経験した。
「あっ、使い魔君。この荷物一緒に運んでくれるー?」
「ギウ!」
「おう、黒いの! このガラクタ、動かすのちょっと手伝ってくれや!」
「ギギウ!」
「クー、でしたっけ? 騎士団長が手合わせしようって呼んでましたよ」
「ギ、ギギギウ!?」
俺が人並みに知恵を持っていることや、自由に形態を変えられることは騎士団内で共有された。貴重な労働力として頼られ、対魔物戦を想定した演習相手としても重宝され、騎士団長指導の下で新兵と模擬戦を行った。
特にこき使われている感じはなく、魔物だからと嫌悪されることもない。最初に抱いた印象通り騎士団には良い人が多く、充実して仕事を堪能中だ。
ちなみにリーフェは軍の事務をこなす文官を志している。
歌魔法は確かに強力だが、大きな戦が無ければその力を持て余す。「将来を見据えて複雑な書類仕事も覚えるべき」と直轄の上司である騎士団長から言われ、歌魔法の修練と両立していく形となった。
互いに仕事場が異なるため、日中は顔を合わせる機会が減った。それでも夕方には同じ部屋に戻り、同じタイミングでベッドに飛び込めた。
「……今日は疲れたねぇ、クーちゃん」
「……ギウ」
日々は大変だけど充実している。リーフェも同じ思いだ。
それからさらに日々が過ぎ、騎士団入隊から一ヵ月が経った時のことだ。
リーフェが誕生日を迎え、十二歳から十三歳となった。その情報はココナから騎士団長へと伝わり、騎士団就任の祝いもかねてパーティが催された。
「――――リーフェとココナ、二人が正式に騎士団へと入隊したことをここに祝福する! 今後ますます王国は強固となるだろう! 輝かしい未来を願って、乾杯!」
会場となったのは騎士団長が住む広い邸宅で、メンバーはほぼ騎士団のみだ。騎士団長自ら『無礼講』の宣言を出したため、結構なお祭り騒ぎとなった。
酒の飲み比べをする者もいるぐらいで、腕相撲する者まで出てきた。俺もリーフェかたっ苦しい空気には慣れていないので大助かりである。
「ほんと凄い賑わいだね、クーちゃん」
「ギウ、ギガウ」
俺たちは人混みに酔って会場から抜け出し、ベランダで夜風を浴びた。
パーティの主役ということもあり、今のリーフェは派手に着飾っている。ドレスは水色と白を基調としたデザインで、二の腕の辺りが露出している。丈長のスカートは生地が三重にも重なり、一部にフリルが施されている。文句なしに綺麗だ。
初めて会った時より背が伸びているし、ポニーテールの髪形も様になっている。落ち着いた顔立ち含め、身に纏う雰囲気が大人っぽく変わっていた。
「ギウガウ、ガウラウ、ギギギ、ギガガウ」
一通り思ったことを口にすると、リーフェは恥ずかしそうに頬を赤くした。
久しぶりに俺を両手で抱き込み、顔を隠してモニョモニョ口調で言った。
「……言い過ぎだよ。クーちゃんはわたしを褒め殺す気なの?」
「ギウ? ギウガウ、ギウン」
「確かにお世辞じゃないってのは分かるけど、ダメだよ。クーちゃんにそう言われるとなんか胸の辺りがグルグルするの。だから褒めるのはしばらく禁止ね」
「…………ギウ」
ガッカリ感を全面に出してうなだれるが、リーフェは禁止を解いてくれなかった。隙あらば全力で褒めてやろうと決め、今日のところは諦めた。……その時だ。
ベランダに続く扉が開かれ、深紅のドレスを身に纏ったマルティアが現れた。俺たちは驚いてマルティアを見つめ、ただ息を呑む。だが開口一番に発せられたのは尊大な口調ではなく、気まずさ全開の挨拶だった。
「ご、ごきげんよう、リーフェさん。元気そうで何よりですわ……」
「うっうん、マルティアもね……」
何故ここにと疑問を浮かべると、パーティ会場から男物のタキシードを着たココナが現れた。ココナは「マルティア様からお願いを受けてパーティ出席の段取りを組んだ」という旨を説明し、今日まで黙っていたことを謝罪した。
「どうしても当日まで隠して欲しいと言われてたんだ。すまない、リーフェ」
「いやまぁ、それは別にいいけど……」
どちらから何を話したものか、ここに至るまでの経緯もあって難しかった。するとココナは二人の顔を交互に見つめ、うんと頷いて踵を返した。
「私は皆にリーフェが不在になると伝えてくる。後はごゆっくり」
「ココナさん、わがままを聞いていただき、本当にありがとうございますわ」
「騎士としての務めを果たしただけです。今後も騎士団をよろしくお願いします」
「えぇ、お父様に伝えておきます」
そう言ってココナはベランダから逃げた。リーフェとマルティアは互いに視線を彷徨わせ、「あ、う」とか呟いている。見ているこっち方がヤキモキしてきた。
いっそのこと俺からアクションを起こそうかと思っていると、マルティアが頑張って目を合わせた。いつかのように顔を真っ赤にし、ドレスの布地をギュッと握り込み、何度かつっかえながらも思いを告げた。
「――――あっ、あの日の戦い。ずっと感動しておりましたわ! どんな苦難があっても乗り越えてみせる。リーフェさんの強さを再確認しました!」
「え? ありが……とう?」
「それで、遅ればせながらお願いがあるんです。わたくしと……わたくしをあなたの『友達』にしていただけませんでしょうか!」
そう言ってマルティアは深く頭を下げた。熱い言葉を受けてリーフェは困惑し、抱えた俺に助けを求めてくる。ここはあえて無視してやった。
(……発端になったのは決闘に勝った時の発言だよな。リーフェが原因とも言えるし、俺にはどうにもできん。責任をもって頑張りたまえ)
しばらく困っていたリーフェだが、最終的には折れた。マルティアを友として認め、過去の過ちを清算して仲良くしていこうと言った。さすがだ。
マルティアは即座に顔を上げ、目に薄っすら涙を浮かべる。何度もドレスの袖で目元を拭い、ここ一ヵ月の内心を吐露してくれた。
「ずっと、ずっと不安だったんですの……。リーフェさんにお願いして拒絶されたらどうしようかって、それが大丈夫だって分かって、安心して……」
「王族の威厳も何もないね。少なくても鼻はかんだ方がいいよ。ほら」
「あ、ありがとうございましゅ……」
「まったくもう、私だから良いものの。他の人が見てたら問題だよ?」
マルティアはぐしゃぐしゃになった顔を整え、ほっと微笑んだ。そして軽く今後の話をし、明るく手を振ってベランダから去っていった。
辺りにはまた静寂が流れ、リーフェが深くため息をつく。吐息には慌ただしい日々への苦労が感じられるが、それ以上に安堵と充実感が勝っていた。
「ギギ、ギウガウ」
「……マルティアと友達になるなんてね。昔の私に言ったらビックリだよ」
「ガウギ、ガウンギ」
「もちろん仲良くするつもりだけど、あまり顔合わせの機会はないんじゃないかな。こっちから連絡は無理だし、向こうからの返事待ちになると思う」
「ギギギガウ」
「楽しみかって? それはまぁ、楽しみかな」
「ガーギウ、ギウガ」
「アルマーノ大森林行きの準備はちゃんと進んでいるみたいだよ。魔物の調査をする部隊がいて、そこにクーちゃんと私を配属するんだって、それでね――――」
会話は途切れることなく続く。穏やかな今を尊び、輝かしい明日を夢想する。
俺たちは満天の星空の下で笑い合った。
――――― ――――― ―――――
ここで二章『リーフェ編』は終わりです。お疲れ様でした。
たくさんの方に読んでいただき、心から感謝してます。引き続き毎日投稿していきますので、三章も楽しんでいただければ幸いです。感想等もお待ちしております。
これからも作品のクオリティアップを誠心誠意心掛けてまいりますので、どうかお付き合いいただけると嬉しいです。それではまた明日お会いしましょう。
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