第三章『世界が終わった日』

第35話『暗躍する影』

 とある日のこと、イルブレス王国最強の魔導飛行船『グレスト・グリーベン』の艦橋にて、騎士団長コタロスが一人佇んでいた。その手にはコーヒーが入った陶器製のカップがあり、こうばしい香りを堪能しつつ口をつけた。


「…………何とも静かなものだ。普段とは大違いだな」


 グリーベンは全長一キロという超巨大さのため、操縦にはかなりの人員を要する。戦艦の頭脳たる艦橋に四十人、機構部の制御に数百人、兵装の管理に千数百人、医官や文官や待機人員も含め、述べ三千数百人超の騎士団員が従事している。

 破壊工作などされて航行不能になれば国防に関わるため、艦橋には厳重な警備体制が敷かれている。今誰もいないのは騎士団長自身が人払いを行ったからで、これから重要な話し合いが行われる予定だ。


「……む、おいでかな」

 カツカツという足音扉越しに聞き、騎士団長は扉の方に身体を向けた。


「――――騎士団副団長のザルドルガ、参上しやした!」

「――――騎士団上等武兵のココナです。ただいま参上しました!」


 現れたのは筋骨隆々な外見をした副団長と弟子のココナだ。騎士団長は最初に呼び出した労をねぎらい、二人を連れて作戦会議用の固定式テーブルに移動した。

 あらかじめ用意していた書類を広げて話しを始めようとし、一旦やめた。先にココナのソワソワ具合に気づき、ふっと笑って心中を当ててみせた。


「そうか、ココナはグリーベンに乗るのが初めてだったな」

「……いずれはと思っていましたが、まさかこれほど早いとは。なるべく感動を抑えるようにしていたのですが、バレてしまいましたね……」

「ふっ、誰もが似たような反応をするものだ。わたしとて最初にこの船に乗った時は興奮を抑えられなかった。好きに堪能するといい」

「は、はい! 恐縮です!」


 大人な対応をし、騎士団長は初めてここに来た時のことを思い出した。

 あの時は二度とグリーベンに乗る機会は訪れないだろうと考え、こっそり物陰に落書きを残した。もし見つかればかなりの失点だったが、幸い誰にも見つからぬまま騎士団長にまで登り詰めた。


(…………若気の至りという奴だな。後で見に行こうか)


 懐かしさに浸っていると、副団長が真面目な顔で手を挙げた。発言の内容はこの場に呼び出した経緯で、かなり秘匿性の高い用件ではと指摘された。


「おおよそ見当はついているだろうが、話はリーフェ特務兵のことだ。色々な出来事のきっかけとなった誘拐事件、あれの尻尾がようやく掴めた」

「…………関わっている国はどちらで?」

「東の乾燥地帯に存在する『帝国』だ。あの地では魔石が採掘できず、飛行船が造船できない。部品から搬入先、諸々の出どころを探るのに時間が掛かった」

「……帝国、これまた厄介な名が出てきやしたね」


 帝国とイルブレス王国は数百年に渡って小競り合いを続けている。どちらも広い国土を有しており、世界を二分しているといっても過言ではない。

 グレスト・グリーベン完成以降は大きな戦もなく、これほど大胆な動きをしてきたのは珍しかった。首都から容易に脱出されたことや、アルマーノ大森林へ逃げられたこと、少なくても内通者の存在は疑う他ない。


「歌魔法のことは我々ですら知らなかった。数百年の時を生きる緑の勇者ならまだしも、異国の地に住む彼らが存在を知るに至った経緯が未だ不明だ」

「……あの力を奪われたら大事、下手すれば世界を巻き込んだ大戦が起きやすね」

「まったくだ。帝国との国境には前以上に警備を敷き、入国者を絞っていく方針を固める。ココナも再度リーフェの護衛につかせる予定だ」

「了解しました。必ず友を守ってみせます」


 即答するココナを一瞥し、騎士団長は次の議題に移った。

 新しくテーブルに出したのは厳重に封された書類で、中身を『この場で』拝読するよう命じた。副団長とココナは一枚一枚を真剣に見つめ、一通り読み終わったところで顔を見合わせ動揺した。


「……これは、何といいやすか」

「リーフェには絶対見せられませんね」


 書類に書かれていたのは緑の勇者たる『理事長』に関する情報だ。誘拐に合わせたように出張へ出たこと、課外授業の日に迷宮の祭壇から大量の魔物が現れたこと、リーフェを強引に突き放したことなど、不審な状況証拠が揃っていた。


「……ココナは知らないだろうが、迷宮内の施設は『魔法』で起動することができる。今イルブレス王国でその力を扱えるのは、彼女ただ一人だ」

「この監視役に起きた意識の喪失というのは……?」

「リーフェが学園から抜け出して一時的な失踪をした時、監視役から報告が途切れた。全員が学園内で気を失い、直近の記憶を忘れていた。わたしはこれを魔法の御業による犯行だと考えた」


 そう言って騎士団長は一枚の紙を手に取り、理事長の出張先を提示した。場所は帝国領の近くにある海沿いの小国で、滞在時の活動理由が不明だった。これだけで黒とまでは言えないが、ここには見逃せない情報が一つだけあった。


「――――この国にはもう一人勇者がいる。元々の所属だったイルブレス王国から抜け出し、各地で神出鬼没な活動を続けている『青の勇者』がな」


 青と緑、現代まで生き残っている勇者はその二人だけだ。

 もし勇者たちが手を組み、帝国の先兵として牙を剥くならば騎士団総出でも対処しきれない。リーフェとクーの力を十全に使っても敗北しかねない戦力差だ。


「以降は勇者二名の警戒に当たる。すべてはイルブレス王国のために」


 騎士団長の宣言に二人は敬礼を返した。

 このまま平和な世界が維持されるのか、近く凄惨な争いが起きるのか、暗躍する影の真意は何か、騎士団長ですら未来の行く末を計りかねていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る