第26話『心結びの水晶玉』

 俺は抱えられた状態で暴れ、ココナに白いモヤがいることを教えた。ココナは瞬時に剣の柄に手を添え、抜刀の構えで白いモヤと対峙した。


「クー、こいつは?」

「ギギ、ギウ。ギウガウ」

「……言っている意味は分からんが、少なくても知り合いではないのか。今幽霊の相手をしている暇などない。邪魔をするなら叩き切る」


 殺気と共に放たれた警告を受け、白いモヤは身体を揺らした。そしてまた何かを呟き、片手を路地の先に向け、自分でその方向へと歩いていった。まるで「ついて来い」と言わんばかりの行動で、俺とココナは目を合わせた。


「…………これは、行くべきか?」

「ギウ……、ギガガウ」


 行ってみるべきだと返事すると、ココナは悩みつつ頷いてくれた。

 あくまで警戒は解かず、先を行く白いモヤを追って町の奥地へと駆けた。



 そうして数十分が立ち、貧民街の一角で白いモヤは消えた。真正面に見えるのは狭い敷地に建つ教会で、寂れた趣があった。恐る恐る門をくぐって歩き、教会の裏側へと回り……、軒下に座り込むリーフェを見つけた。


「――――リーフェ! 無事だったのか!」

「…………ココナちゃん、どうして」


 居場所を突き止められるとは思っていなかったのか、リーフェは驚いた。だがすぐに暗い表情になり、体育座り状態の両足に顔をうずめた。

 俺たちが傍まで行くと、リーフェはここが「物心つく前から住んでいた孤児院」だと教えてくれた。魔術学園に通ってからも何度か訪れているらしく、辛く苦しい時はこの軒下で気持ちが落ち着くまで過ごしていたそうだ。


「…………それは知らなかった。本当に申し訳ない、リーフェ」

「謝る必要はないよ。むしろ知られたくなかったら隠してたところもあるの。ココナちゃんは大切な友達だから、なるべく心配させたくなかったんだ」


 リーフェは儚げに笑い、顔を上げて夜空を眺めた。


「…………私ね。目標があったの」

「目標?」

「期待してくれた理事長の思いに応える。歌魔法を使いこなして皆のために頑張る。そして育ててくれた孤児院に恩返しする。それを叶えたかったんだ」


 自分のためじゃなく他人のために、リーフェらしい立派な目標だった。けれど理事長に拒絶され、夢の近道が断たれた。そのショックは計り知れなかった。

 リーフェはぐすっと鼻をすすり、両手を広げて俺を求めた。ココナから受け取って抱き込み、顎を乗せて寄り掛かり、涙混じりに思いを吐き出した。


「私……、これからどうすればいいのかなぁ。学園には戻れなくて、理事長に成長した自分を見せられない。……どう進めばいいか、全然分からないよ」

「ギウ……」

「孤児院の皆はここにいていいって言うけど、そんな簡単なことじゃない。経営は大変だし、歌魔法を狙ってくる人たちだっている。私は……どこにもいられない」


 森で熱を出した時のように、リーフェは弱気になっていた。

 どう声をかけて励ますべきか、俺もココナも決めかねて黙した。

 次第に陽が落ち、辺りは一気に暗くなる。夜空には一番星が煌めき、家々には家族団欒の明かりが灯る。俺たちがいる場所だけが闇に閉ざされていた。

 ひとまずこの場から動くべきだと考えていると、後ろの扉が開いた。現れたのはシスター服を着た年配の女性で、丸く大きな水晶玉を持っていた。リーフェの「院長先生」という発言もあり、この女性が育ての親ともいうべき人物だと知った。


「……リーフェ、もう遅いやね。そちらの子と一緒に中に入ったらどうだい?」

 その声には独特のイントネーションがあり、話口調はゆっくりだ。昔面倒を見てくれたおばあちゃんがこんな口調だったと思い、一瞬懐かしくなった。


「……でも、私はもうここの子じゃありません。施しを受ける資格がありません」

「まったく、変なところで頑固なのは変わらんね。お前さんは頑張り屋さんだけんど、責任という言葉に気負い過ぎるところがある。もっと気楽に考えた方がええ」

「…………気楽に?」

「あぁ、そうさね」


 反射で問い返したリーフェに院長先生は言った。


「お前さんがどんな力を持っていようが、どんな立場にいようが、果たすべき使命など最初からありゃせん。人生六十から七十年、その時間を生きることこそが大事なんさ。ただのリーフェとして立派に生きる。それでよかね」

「………………でも」

「こんな素敵な友達がいて、大切に思ってくれている。わしもお前さんが無事に元気で過ごしてくれるだけで嬉しい。それじゃダメかね」

「………………」


 院長先生は膝を折り、沈黙するリーフェに告げた。


「――――簡単に考え方を変えられないなら、これを使いんさい。これはうちの孤児院で代々保管されてきた魔法時代の遺物、『心結びの水晶』というもんさ」


 手渡された水晶玉の中にはキラキラと光の粒子が舞っている。表面からは微かに温かさが感じられ、リーフェが魔力を込めると全体が薄っすら光った。

 水晶玉の使い方はとても簡単で、心を繋げたいと思う相手と水晶に触れて魔力を通すだけでいいそうだ。リーフェが泣きながら孤児院に戻ってきたのを見つけ、水晶玉の力が必要になると察し、倉庫から持ってきたと院長先生は言った。


「一番お前さんを思ってくれる相手と心を繋げば、自分がどれだけ大切に思われているかを知ることができるはずさ。そこの女の子でもいいし、使い魔でもええ。使い方は任せるから好きにするがいいさ」

「…………院長先生」

「夕食は特別に三人分用意しとくよ。遅かったらちびっ子たちが全部食べちまうから、早めに済ませて戻っておくれ」


 あえて会話を打ち切り、院長先生は孤児院に戻った。

 リーフェは水晶玉を見つめ、俺とココナに視線をよこす。繋がるべきはどちらか、そう考えているとココナが一歩下がった。


「その水晶玉はクーと使うべきだろう。私は事が済むまで護衛している」

「ごめん、ココナちゃん。また迷惑かけちゃうね」

「迷惑なんて思わない。むしろ私こそ謝りたいぐらいだ。リーフェが学校で受けていた仕打ちに何もできず、ここでの事情にも気づけなかった。情けない話だ」


 反省しつつ場を離れ、ココナは遠くから俺たちを見守った。リーフェは正座で水晶玉と向き合い、俺は表面に軽くかじりついて準備完了だと示した。

 正直、心を繋げてどうにかなる気はしないが、ここまで来た以上成り行き任せだ。もし人語でリーフェと会話ができるなら精いっぱい応援してやろう。リーフェがもういいと呆れるほど褒めてやる。そんなやる気で臨んだ。


「――――それじゃあ、始めるよ」

「――――ギウ」


 互いに水晶玉に触れ、魔力を通した。結晶体は眩く光り出し、俺たちの姿を照らし隠し、意識すらも白く染め上げていく。水晶玉の力か脳裏にリーフェの記憶と思わしき映像が流れ、また俺の『生前の記憶』も映し出された。

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