第25話『理不尽な別れ』

 その後、俺たちは半ば連行状態で理事長の執務室に着いた。巨大な魔術学園の理事長をやっているだけあり、部屋は広い造りになっている。両脇の壁に設置された本棚にはズラリと本が並び、真正面の壁には巨大な魔法陣が刻まれていた。

 明かりが照明用の魔石だけだからか、かなり薄暗い。窓がないせいで室内には圧迫感があり、理事長の厳しい目つきで胃がキリキリと痛んだ。


「……あの、理事長?」

「………………」


 リーフェが声を掛けるが、返ってきたのはため息だった。発言そのものに苦言を呈したタイミングで、二の句は喉の奥に消えてしまった。

 一秒が一分にも感じる静寂の中、ようやく理事長が動いた。机の上で両手を重ね、球体に戻った俺を観察し、淡々とした口調でこう告げた。


「リーフェ、あなたは退学とします。明後日の朝までに学園から出ていきなさい」

「え、それは……どういう?」

「言ったままの意味です。あなたはこの学園に必要ありません。温情として二日だけ学園にいることを許します。これはもう決まったことです」

「…………っ」


 取り付く島もない発言にリーフェは言葉を失う。何とか表情を取り繕おうとするが、口元や眉毛は動揺で揺れ動いた。最後には涙混じりの吐息が聞こえてきた。

 俺はあんまりな仕打ちにキレ、腕から飛び出そうとした。だがリーフェはギュウッと俺を力強く抱き、いやいやと首を横に振って止めた。そして必死に声を紡いだ。


「マルティア……マルティア様への態度ですか? それなら謝ります!」

「違います。まったく無関係とは言いませんが、重要なのはそこではありません」

「だったら、私歌魔法を使えるようになりました。クーちゃんっていう友達もできて、ようやく理事長の期待に応えられるようになったんです!」

「……なら今ここで使ってみなさい。できるのでしょう?」


 理事長は欠片も期待せず要求した。

 リーフェは戸惑った様子で口を閉口させ、辛そうに奥歯を噛みしめた。


「…………今は、無理です。でも騎士団の皆さんが使うところを見ました。クーちゃんと一緒に力を合わせて戦い、魔物を倒してここに戻ってきました!」


 どうしても認めてもらいたい。そんな願いが痛いほど伝わってくる。

 しかし理事長は頭痛を抑えるように手を額に当てた。その状態でさらに重くため息をつき、机から立ち上がってリーフェの前へ歩いてきた。


「話になりません、リーフェ。そもそもこの魔物がここにいるのも問題なのです」

「問題って、クーちゃんは危険な魔物じゃ……」

「あなたが何を知っていると? その魔物……キメラは三百年前にわたしの故郷を滅ぼした元凶なのです。本来は仇ともいうべき存在、駆除対象なのですよ」


 衝撃の事実を受け、リーフェは固まった。俺も一時だが怒りを忘れ、キメラによって大切な居場所を破壊された理事長の顔を見上げた。その目には邪魔なものが目の前から消え去って欲しいという思いがあった。


「子どもの戯言に付き合っている暇はありません。この意味、分かりますね」

「…………は……い」

「二度とわたしの前に現れないで下さい。退去以降はこの学園に近づくことも禁じます。話はこれで終わりです。さようなら」

「…………」


 リーフェはフラリと動き、出口に向かって歩き出した。俺は強引に腕から飛び出し、文句の一つでも言おうと理事長へと近づく。そして絶句した。

 理事長は指をスイと動かし、虚空から大量の植物を召喚したのだ。茨混じりのツタは高速で伸び、俺の身体を絡めようと追いかけてくる。二角銀狼になって応戦するが、大した抵抗もできず身動きを封じられた。


「……弱いですね。三百年前は魔物の頂点に君臨していたキメラがこの程度ですか」

「ギ、ギ、ギウ……」

「このまま絞め殺してもいいですが、さすがに大人げないですね。わたしとて弱いものイジメは趣味ではありません。その非力さを噛みしめ、主の元に帰りなさい」


 再び指が動かされ、植物は光の粒子となって無散した。明らかに魔術ではない強力な力で、今の召喚術こそが失われた魔法の一端なのだと理解した。

 結局俺は何もできず、無力さに打ちひしがれて執務室を出た。頭の血管が切れそうなほど悔しかったが、今は堪えた。単純に勝ち目がないと悟ったのもあるが、リーフェの姿がどこにも見当たらなかったのだ。


(――――そりゃこんなとこにはいらねぇよな。どこに行った?)


 二角銀狼のままでは人目につき過ぎるため、球体に戻ってリーフェを探した。だが廊下を進んでも空き部屋を覗いても、中庭を見下ろしても姿が見つからなかった。


(…………一人にしたらまた誘拐される可能性がある。学園の中ならまだいいが、外に出られたら探しようがねぇぞ。どうする?)


 見晴らしのいいベランダから探すと、敷地の一角で木刀を振るっている集団を見つけた。騎士科の生徒が鍛錬をしているのだと分かり、俺は三階から一階まで手ごろな足場を探しながらポンポンと跳ね降りていった。


「ギウ! ギウガウ!!」

「んっ? その声……クーか?」


 幸いにもココナはすぐに見つかった。伝わらないのを覚悟で必死に状況説明すると、リーフェがいなくなったという部分だけは察してくれた。

 ココナは俺を小脇に抱え、講師を務めている騎士団長の元へと行った。護衛任務もあるので許可はすぐ降り、騎士団側からも応援を回すとまで言ってもらえた。


「もしリーフェ嬢を保護したら騎士団の詰め所まで連れてくるといい。誘拐の件があったのに行方をくらませるということは、よほどのことがあったのだろう」

「はい、了解です!」

「……監視担当の者から報告がないのも気掛かりだ。もし手に負えない事態があったら無理に対処せずこちらの指示を待て。以上だ」


 騎士団長に見送られ、俺とココナは学園中を回った。目ぼしい場所にリーフェはいなく、早々に学園外へ捜索範囲を広げた。だがイルブレス王国の首都はかなりの広さで、周辺を散策するだけも大変だった。

 大通りに出て道行く人や露店の店主に声を掛けるが、反応は乏しかった。

 高かった陽も次第に落ち、何の手掛かりもないまま夕暮れが近づいていた。


「…………ここでもないか。一度騎士団と合流すべきか? しかし……」

「ギウ、ガウラウ」

「あぁ、分かっている。クーも心配なのだろう? とはいえ学園の周辺で行きそうな場所はもう巡ったし、他に残った場所は……」


 そんな会話をして歩き、驚いた。いつからそこにいたのか、進行方向の路地裏には風呂場に現れたあの白い人型モヤが佇んでいた。

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