第24話『帰還、そして』

 俺たちは通路の途中で待機していた教師と合流し、地上に帰った。離れにある地下遺跡の入り口から外に出ると、太陽の光が目に刺さる。そして瞬きを数回、今度は予想外の光景に目を覆った。課外授業参加の生徒たちが一斉に駆け寄ってきたのだ。


「馬鹿でかい魔物と戦ったんだって!? どうやって生き延びたんだ!?」

「騎士団長の活躍みたんでしょ! 感想を教えてよ!」

「うぉっ!? でっか! すげぇ格好良い使い魔だな!」

「血まみれだぁ……、素敵ぃ……」

「リーフェさんも戦ったの? 先生の火球が効かなかったって本当!?」


 中庭の決闘時と違い、俺たちを称賛する声が多かった。元々成績優秀なココナは分かるが、リーフェすら色んな生徒から声を掛けられている。一体何があったのか。

 教師によって生徒の群れが遠ざけられ、ようやく一息つけた。そして今の状況について聞くと、「それだけ強力な魔物と戦うのは珍しい」とリーフェが言った。


「地下に魔物が出るのは皆知ってるけど、出会うのは本当に稀なの。一匹倒せば自慢できるぐらいで、初戦のトカゲ魔物まで行くと大騒ぎ……って感じかな」

「ギナウ? ギウ?」

「アルマーノ大森林にいる魔物は本当に別格だね。あのカマキリの魔物に倒された岩石の巨人だって、街に現れたら大ニュースだよ。騎士団総出だとしても被害は避けられないと思う」


 なるほどと納得していると、人混みの先から向かってくる者がいた。一人は縦巻きロール髪のマルティアで、その後ろには地下で助けた取り巻きが二人いる。王族という立場もあってか教師は目線を逸らして見逃した。


「…………その、リーフェさん」

「なに、マルティア」

「……き、……すわ」

「え?」

「――――お二方を助けていただき、本当にありがとうございますわ!」


 マルティアは大声で感謝を述べた。それがよほど意外な発言だったのか、生徒たちからどよめきが上がる。教師すらも驚いていた。

 あの場にいた取り巻き二名も続き、俺たちの前で感謝した。主の発言に従っただけとか周囲への体裁だとか、そんな打算は微塵もなかった。


「……どの口がって思いますよね。でも、感謝しているのは本当です!」

「ほんとうに、本当に死ぬかと思いました。このご恩は忘れません!」


 これまでのイジメ騒動の謝罪も含め、取り巻き二名はリーフェに深く頭を下げた。別の取り巻きたちは渋い顔をするが、場の空気もあって口は挟めなかった。


「マ、マルティア。顔を上げよう? 王族が簡単に頭を下げたら問題だよ?」

「関係ありませんわ」

「へ?」

「――――今までリーフェさんに行われた仕打ち、すべてお二方から聞きました。わたくしのあずかり知らぬことだったとしても、到底許されるものではありません! 王族としてではなく、マルティア個人として謝罪しますわ!」


 その声にはまっすぐ芯があり、騒がしかった生徒は黙して息を呑んだ。

 リーフェは右に左にと目線を動かし、最後には俺を見つめた。


「…………クーちゃん、これって夢?」


 正直俺も似たような感想だが、こんなものかもしれないとも思った。

 大前提としてこの場の者たちは十二歳そこらの若者である。ちょっとしたきっかけさえあれば歩み寄って分かり合える。そんな気安さが許される年齢なのだ。

 リーフェ本人は「私は何もしてない」とか呟いているが、戦闘中に視界を確保しようと動いてくれた。ここに俺がいることそのものもリーフェの人徳によるもので、行動の結果が上手く重なったからこそ今の状況ができた。


「ギウン、ガウ」

「好きにしろって? ……いや、そう言われても」

「ギガ、ギウガ」

「さすがにぶったりは……って、少しぐらいはしてもいいのかな?」


 それでもいい。区切りさえあれば、そこから新たな関係が始められる。

 リーフェはマルティアの元に行き、右手をゆっくりと持ち上げた。マルティアは目をつぶって沙汰を待ち、数秒の逡巡を経て軽いチョップを頭に受けた。

 キョトンとするマルティアを放置し、リーフェは取り巻き二名に強めのデコピンを喰らわせた。そして目を閉じて息を吐き、両腕を固く組んで仁王立ちした。


「――――ここの三人は許す。次やったら許さないから」

 イジメの罰としてはゆるゆるだったが、リーフェらしくもあった。


 俺は隣にいるココナと顔を合わせ、まったく同じタイミングで苦笑した。

 遠巻きに見ていた生徒たちの反応も様々で、大人の対応をしたリーフェに好意的な目が向けられる。生徒間の問題は時間が解決してくれそうだと思っていると、マルティアが「あのっ」と言った。


「えっと……、わたくしからリーフェにお願いがありますの」

「お願い?」

「以前言ったこと、覚えていらっしゃるでしょうか。わたくし、その……あなたと……、もっと……なか………く、その……」

「?」


 マルティアは顔を真っ赤にし、顔を俯かせてまごついた。手は前髪をイジってから胸元に行き、最後にはスカートを強く握り込んで止まった。

 まったく意図を察しないリーフェに対し、マルティアは覚悟を決める。ガバリと勢いよく顔を上げ、思いを告げようとした瞬間……唐突に横やりが入った。


「――――この騒ぎはいったい何なのです。誰か説明しなさい!」


 人混みを割って現れたのは金の装飾が入ったローブを身に纏う女性だ。身長は百五十ちょいぐらいで、やせ細った身体つきをしている。深緑ともいうべき美しい髪と、首に巻かれた橙色の魔石のネックレスが印象的だ。


「…………理事長、ミルルドお義母さん」


 リーフェの呟きで相手が何者か分かった。こいつがリーフェの歌魔法に目を付け、過度な期待でストレスを生ませ、孤独でいたいと思わせるに至った張本人だ。

 文句の一つでも言ってやりたかったが、難しかった。理事長から発せられる殺気は尋常じゃなく、下手に動けば殺されると分かる。世界を救った『緑の勇者』の名は伊達ではなく、そこにいるだけで足がすくんだ。


「リーフェ、その魔物は?」

「わ、私の友達……使い魔のクーちゃん。契約、ちゃんとできました」

「角狼の変異種ですか、どうでもいいですね」

「え」

「そんなことよりもこれは何ですか。王女の前で使い魔を出しっぱなしにするだけじゃなく、こうべも垂れず対等な態度を取っている。許されざる行為です」

「それは、違うんです」


 リーフェの弁明に合わせ、マルティアも発言しようとした。だが理事長の一瞥を受け、二人は同時に言葉を失った。有無を言わさぬ圧力だった。


「事情は直接私の部屋で聞きます。いいですね、リーフェ」


 無感情に発せられた声に、リーフェは無言で頷いた。

 温かった場の流れは一変し、辺りには不穏な空気が漂い始めた。

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