第23話『騎士団長』
特異個体のトカゲ魔物……、『蜥蜴男』は斧を高く持ち上げた。すると刃が青く発光し、強大な魔力の波動が放たれる。俺は二人を守るため前に出た。
蜥蜴男は真っ先に俺を切る、のではなく斧を円状に横回転させた。退路となる階段をバターのようにスライスし、俺たちを下の階に落とす。着地こそ成功するが、瓦礫の上でトカゲ魔物の群れに取り囲まれた。
「クーちゃん、これ……」
「ギギウ、ガウ」
「……さすがに不味いな。一人を逃がすのもできるかどうか」
俺たちを餌と捉え、トカゲ魔物はギャァギャァけたたましく鳴く。一斉に飛び掛かられたらひとたまりもなかったが、何故か一匹も動かなかった。
三人で背を預け合って警戒すると、群れの奥から蜥蜴男が歩いてきた。見た目通りトカゲ魔物のリーダーらしく、群れの行動を意のままに操れるようだ。
(そういや二角銀狼も群れを操ってたな。イヌ科の魔物だからそんなもんだって思ったが、特異個体には同種を操る能力がデフォで備わってるのか)
改めて蜥蜴男を観察し、持っている斧に意識を向けた。どう見ても肉体の部位が変質した物ではなく、また自力で作成した物にも見受けられない。柄の部分が少し錆びているところを見るに、どこかで拾ってきたといった感じだ。
「……あれはたぶん魔法時代の遺物だと思う。斧そのものに魔力を発生させる機構が備わっていて、斬撃の瞬間に威力を高めることができるみたい」
「ギウ、ナウ」
「確かに奪えば使えるだろうけど、あの大きさじゃ扱えないよ。私とココナちゃんは無理だし、クーちゃんも難しいと思う」
二人で打開策を探っている途中、蜥蜴男が突っ込んできた。俺はためらわず最大火力の暴風を発射し、後方のトカゲ魔物ごと蜥蜴男を吹っ飛ばした。
しかし蜥蜴男は斧の柄を床につき、即座に体勢を立て直した。反撃を受けたのがよほど不服だったのか、怒号を上げて切り掛かってくる。斧の振り下ろしで大地が揺れ、飛散した瓦礫でリーフェとココナが傷を負った。
「――――っ、リーフェ! 歌魔法は使えないのかっ!?」
「私もやりたいんだけど、できないの! 何度やってもあの時の声が出せない!」
「……打つ手なしか。クー! 何とかリーフェだけでも逃がすぞ!」
「ギウッ!!」
デカいトカゲ魔物を倒した時と同じく連携を取って蜥蜴男と戦った。けれど斧の攻撃はかすめるだけでも致命傷で、上手く間合いが計れない。
もう一度暴風をと思うが、すでに庭園フロアは半壊していた。有効打を探ってツタや毒の糸も試してみるが、蜥蜴男には欠片も効果がなかった。
(――――くそっ、これじゃあ持たねぇぞ!)
何度目かの切り合いでココナの剣が折れ、戦力は俺一人だけとなった。二角銀狼が持つスキル『危機察知』を駆使して紙一重の戦いをするが、右前足を裂かれた。
一か八かで二人を上のフロアに放るべきか考えるが、蜥蜴男は必ず追いつく。
万事休すともいうべき状況の中、ゾッと鋭い殺気が伝わってきた。
(――――え?)
ふと顔を上げた瞬間、俺の横を『何か』が高速で通過した。暗闇のせいでその姿を捉えることは叶わないが、マントの揺らめきと両手に構えられた剣は確認できた。
『何か』は瞬きの早さで小型のトカゲ魔物へと駆け、草刈りでもする容易さで首を刈っていく。ものの十秒程度で数は半数まで減り、さらに十秒で蜥蜴男以外が絶命した。
「いやいや、すまない。生徒から報告を受け、参上するまでに時間が掛かってしまった。後は王国騎士団長のコタロス・ガラナダに任せて頂こう」
落ち着いた語りで現れたのは騎士団長のコタロスだ。
その身に纏う空気は静かで鋭く、言葉で言い表せぬ頼りがいに満ち溢れている。
蜥蜴男も騎士団長の実力を察したのか、斧を両手に構えて下がった。だがすぐに前傾姿勢を取って威嚇し、標的を騎士団長に定めて向かってきた。
「ほう、強者としての矜持といったところか。遺物を扱うだけはある」
「ジィィィィィ! ジィガァァァァァァ!!」
「だが攻撃が単純だな。大振りだけでなくもっと細かい動きを織り交ぜるといい。武器に意識を割き過ぎて、足や腕の攻撃がおろそかになっているぞ」
「ジィラァ!! ジィジィィジィガラァァ!!」
騎士団長はその場から一歩も動かず、蜥蜴男の連撃をいなしてみせた。そして上段から来る斧の振り下ろしに合わせ、左腕に構えた剣をすくうように振るった。
剣の刃は蜥蜴男の手首に命中し、骨ごと肉が断たれた。騎士団長は自らの技と蜥蜴男の怪力を利用し、暴風すら防ぐ鱗の防御を突破してみせたのだ。
「――――少々期待外れだ。では、これにて終わりとしよう」
斧を捨てて掴みかかってくる蜥蜴男の横をすり抜け、肩関節を裂いた。振り向きざまに両足の関節を突き、完全に自由を奪う。すべては一瞬のできごとだった。
蜥蜴男は咆哮を上げてあがくが、喉に剣が突き立てられた。体内に鱗の守りなどなく、うなじの辺りから刃が突き抜け、戦いが終わった。
騎士団長は汗一つかかず、剣を引き抜いて俺たちの元にきた。
「……残念だが課外授業は終了となった。他のルートを通っていた生徒も皆退避している。君たちも早く上に戻るといい。誘導はココナに一任する」
「団長はどうなされるんですか?」
「少し奥を見てくる。これほどの魔物が現れたとなれば、まだ潜んでいるモノがいるはずだ。臨時の講師として務めを果たそう」
それだけ言い、騎士団長は遺跡の奥に消えた。ココナは命令通り俺たちを上に連れて行こうとするが、俺とリーフェは同時に待ったを掛けた。
「ココナちゃん、せっかくならあの魔物を取り込んでから行きたいの、だめかな」
「ギウガウ、ギウガウ、ギウウ」
「クーちゃんの言う通り、上に行ったら食べる機会を失っちゃう。なるべく時間は掛けないそうだから、少しだけ待ってもらってもいいかな?」
一応お願いという形だが、リーフェの圧しは強かった。
ココナは命令と友のお願いを計りに掛け、首を捻ってから頷いた。
「…………分かった。ただし時間は五分だけだ。それ以上は待てない」
「ありがとう! じゃあクーちゃん、早速始めよっか!」
「…………元々意外な部分で強気なところはあったが、クーと会ってからはそれが顕著になったな。マルティアとの決闘といい、以前とは別人だ」
誇らしげなココナを尻目に、俺は蜥蜴男を捕食した。
外殻を剥がしながら食べる関係上、辺りには血が飛び散りグロテスクな惨状となる。だがリーフェは動じず、鞄の中にあるナイフを持って俺の傍にきた。
「クーちゃん。私も少しだけお肉持っていくね」
「ギウ?」
「うん、ちょっと気になることがあってね。魔物の部位が欲しいの。確証というほどでもないんだけど、歌魔法とも関連してるかもしれないから」
その発言の真意を問おうとしたが、今は捕食を優先した。そして制限時間ギリギリで蜥蜴男の能力を手に入れ、俺たちは地上へと帰還した。
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