第22話『ココナ』

 俺たちは急いで階段を下り、先にあった部屋に飛び込んだ。

 そこは屋内庭園のような造りの一室で、あちこちに花壇跡らしきくぼみがある。メインの一階部分と展望フロアの二階部分に別れており、悲鳴は下から聞こえた。

 リーフェが照明用の魔石で先を照らすが、俺たちの位置からは何も見えなかった。だが破砕による衝撃音はより大きくなっている。一刻の猶予もなさそうだ。


「ギウッ!! ギウガウッ!!」

「え、クーちゃん!?」


 先に行くと叫び、返事を聞く前に飛び出した。そして大理石みたいな質感の床に滑り降りると、真正面にあった仕切りの壁が吹き飛んだ。

 現れたのは黒々とした鱗を纏う大トカゲで、四メートル近い体長だ。腕や足からせり出した外骨格には何本も棘があり、指先の爪は太く鋭い。室内にある微かな明かりを反射してか、暗闇の中で紅い瞳が揺れ動いていた。


「だっ、誰か、誰か助けて!!?」

「神よぉ……、神よぉ……」

「く、くそっ!! 来るな!!」


 トカゲ魔物が向かう先には三人の生徒がいた。うち二人はマルティアの取り巻きで、もう一人は見知らぬ騎士科の男子生徒だ。彼らに目立った外傷はなかったが、すぐ目の前には衣服に血を滲ませる男性教師がいた。

 男性教師は生徒に逃げるよう指示し、杖に装着した魔石を光らせた。すると先端部に小さな火が灯り、込められた魔力に合わせて巨大化した。


「――――暴れ狂う魔を焼け、浄化の火球!!」


 火は炎となり、バランスボールサイズの球となって撃ち出された。初弾はトカゲ魔物の胴体に命中し、二発目はもろに顔面へと直撃する。そして三発目が用意されるが、男性教師は急に貧血を起こしたように気を失った。

 あれほどの炎を受けてもトカゲ魔物は倒れず、健在な姿で前に出てくる。目には怒りが浮かび、歯をガチガチ鳴らして歩く。俺は割り込む形で突っ込んだ。


「ギガウゥ、ギラァァァァァ!!!」

「ィィィィィィ、ジャァァァア!!」


 真横からの奇襲だったが相手は反応してきた。横薙ぎに振るわれた尻尾を歯で受け止め、後方へ跳躍しながら暴風をお見舞いした。

 至近距離での発射ということもあり、トカゲ魔物は姿勢を崩す。鱗の防御を貫通してダメージが入ったようだが、手ごたえを喜ぶ暇はなかった。


(……想定よりも迷宮の強度が脆い。次発射したら崩落するかもしれん)


 暴風の着弾地点には大きな亀裂が入っていた。隙間からは土がパラパラと落ち、拳大の瓦礫が鈍い音を立てて落ちてきている。

 ここは生徒の避難が最優先だと思っていると、トカゲ魔物が身体を起こした。這って向かった先は暴風を放った俺じゃなく、逃げず縮こまっている生徒の方だ。


(――――なっ、バカ!! なんでまだここにいんだ!)


 動きを止めようと風の弾丸を放つが、そちらは効果がなかった。瞬く間にトカゲ魔物は生徒の元に着き、爪を振るって肉を引き裂こうとする。……その時だ。

 一瞬赤い光が闇に煌めき、トカゲ魔物の爪が弾かれた。攻撃を防いだのは剣を抜いたココナで、即座にトカゲ魔物の胴体を突く。その一撃は堅牢な鱗に阻まれて止まるが、見事生徒の危機を救ってみせた。


「――――何をやっている! 早く立て、死にたいのか!」

「ひ……、え?」

「――――時間は私たちが稼ぐ! 君たちは負傷した教師を連れてここから脱出し、すぐに騎士団長を呼べ!! 分かったか!!」

「は、はい!」


 明確な行動指針を示され、生徒たちは動き出した。その間もココナはトカゲ魔物と戦い、無傷の状態を維持して時間を稼ぐ。一つ一つの動作は細かく早く、圧倒的な体格差をものともしない。かなりの戦闘技術だ。


「ギウッ! ガラウッ!!」

「っ!」


 俺が「避けろ」という思いで吠えると、ココナは後方に跳んだ。トカゲ魔物は左腕による振り下ろしをすかし、俺が放った風の弾丸の連射を受けた。

 迷宮に被害が出ないギリギリの威力で撃ったため、鱗を何枚か剥がしただけに留まる。それでも仕切り直しする時間は稼げ、退避してきたココナと並び立った。


「……ありがとう、クー。やはり君は別格の使い魔だ」

「ギウ、ガウ。ギウ」

「使い魔ではない……か? ふふっ、意外と分かるものだな」

「ギウッ!」


 何となくでも意思疎通を図り、二人でトカゲ魔物と戦った。遅れて追いついたリーフェが鞄から予備の照明用魔石を取り出し、光を灯して床にバラ撒いた。

 俺とココナは明かりを頼りに連携の精度を高め、目で合図を交わしてトカゲ魔物へ接近した。まず俺が風の弾丸で首元の鱗を弾き飛ばし、隙を逃さずココナが首に一閃を入れる。トカゲ魔物は絶叫を上げて反撃するが、そこに俺たちはいなかった。


「ギウゥ……、ガァロラァァァァ!!!」


 俺は死角から全力で飛び掛かり、斬撃が入った首にかじりついた。だいぶ鱗が剥がれたこともあり、牙は容易く突き刺さってくれる。できるだけツタを巻き付けて振り払いに耐え、渾身の力で肉を引きちぎって跳んだ。


「ィィィ……、ジ、ジィ……ィ」


 トカゲ魔物はふらつき、床に崩れ落ちた。首から溢れる血の勢いは止まらず、あと少しで絶命すると分かる。俺は勝利を確信して脱力し、同時に考えた。


(……もしここが外だったなら、適当に暴風を撃っているだけで終わってた。けど実際は苦戦し、決め手に欠ける戦いを強いられた。今回教訓として覚えるべきは、地形や環境によっても強さは変動するってことか)


 キメラは多種多様な攻撃手段を持っているが、それだけに頼っていてはダメだ。二角銀狼を倒した時のような予想外の戦術、アレを意図して行う必要がある。

 頭の中で反省を反芻し、トカゲ魔物に近づいた。教師が来て面倒事に巻き込まれる前に捕食しようという考えだったが、耳に異音が届いた。

 より奥の通路から響いてくるのは、重量感のある複数の足音だ。

 暗闇の先を身構えて見ると、小型のトカゲ魔物が何体も這い出てきた。


「えっ?」

「なっ!?」


 リーフェとココナも気づき、俺の元まで来た。四・五体程度なら何とか相手できそうだったが、新手のトカゲ魔物は十体を容易く超えて現れた。

 捕食は諦めて逃げることに決め、リーフェが着ているローブの首元をくわえた。ココナと並走して階段を目指すが、頭上を黒い影が飛び越していった。

 階段を潰して降り立ったのは人型のトカゲ魔物だ。腕や足だけにあった棘の外骨格は全身に広がり、金属質な反射光をチラつかせている。手に構えられたのは武骨な大斧で、進路を塞ぐようにして重く振るわれた。


「――――ジィィィガッ、ジィザロガッ!」


 見た目だけでなく、身に纏う空気も他の魔物と別格だ。明確な根拠はなかったが、二角銀狼と同じ『特異個体』だと分かった。

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