第19話『自動人形』
その後は追加のハプニングもなくリーフェの自室にたどり着けた。
理事長の身内だからか部屋の広さは相当なもので、派手なシャンデリアに精巧な模様の絨毯などとにかく豪華だった。一人では絶対持て余す間取りで、ベッドや勉強机等の生活スペースは一箇所に集中していた。
「理事長には悪いけど、孤児院育ちの私には扱いきれなくて。本当は一般寮の方に行きたかったんだけど、立場上ダメって断られちゃった」
「ギウ、ギギウギウ」
「理事長がどれぐらい偉いのかって? それはもう凄いよ。石像の話をした時には言わなかったけど、理事長は伝説の勇者集団の一人『緑の勇者』その人なんだもの」
自慢げに言ってリーフェは天蓋付きのベッドに腰を掛けた。
俺はポンポンポンと柔らかなシーツの上を跳ね、「勇者とは三百年前の人物では」とギウガウ口調で尋ねた。すると理事長はとても長寿な種族なのだと応えがきた。
「エルフは卓越した魔法技術を持っててね。すっごく強かったらしいの。理事長は四百歳ぐらいだけど、もっと長生きの人もいたんだって」
「ギーガウ、ガガウ」
「うん、エルフは絶滅したんだ。理事長は昔のことを聞くと怖い顔をするから、当時何があったのかは知らない。ただ悲惨な事件はあったみたい」
そう言って横になり、リーフェは緑の勇者の活躍を教えてくれた。
魔法の代替品となる魔石魔術の発展に貢献したらしく、魔導飛行船の製作にも大きく関わった。あの旗艦グレスト・グリーベンの設計も大部分担当したそうだ。
「魔術に関してだってね。理事長は色々と発明してるんだよ」
「ギウギウ」
「私の歌魔法とクーちゃんを見せたら喜ぶよ。その時が楽しみだね」
「ギウ!」
そんなこんなで楽しく会話をしていると、リーフェの声が小さくなった。寝そべっているうちに眠くなったらしく、意識はだいぶおぼろげだ。
今着ているのは外着なので着替えた方がいいが、ここは寝かせてやることにした。口で毛布をくわえて身体に掛けると、リーフェは俺を抱えて寝息を立て始めた。
(…………飛行船の医務室と同じだな。リーフェには抱き癖があるのかもしれん)
せっかくなので俺も寝ることにした。ちゃんとしたベッドは久しぶりだった。
…………しばらくして目を覚ますと、部屋の中は真っ暗になっていた。窓の外に見える景色は夕焼けで、慌ただしかった一日が終わるところだった。
ベッドから抜け出して床に降りると、廊下に繋がる扉がノックされた。来客なら一旦リーフェを起こすべきだが、誘拐犯みたいな危険人物の可能性もある。身構えていると施錠が解かれ扉が開いた。
現れたのは白と黒を基調としたフリル付きメイド服姿の女性で、ステンレス製の台を部屋に持ち込む。台の上に乗っているのはロールパンやシチューやパスタ料理にサラダなど、幼いリーフェには少し多い量だった。
「………………………」
メイドは俺を一瞥するが、反応らしい反応もせずテーブルに皿を並べた。プロらしい無関心さかと思うが、それにしては何か変だった。
(…………あれ、この人って)
疑問を浮かべながら近づくと、違和感の正体に気が付いた。メイドの手首や首元には可動式フィギュアのような関節機構があり、微かに摩擦音が鳴っていたのだ。
他にも肌の質感や瞬き一つしない目など、人間ではない部位が散見された。どうやって動いているのかと関心を寄せると、ベッドからリーフェが起き上がった。
「……あっ、ヤヤさん。夕食持ってきてくれたんですね」
「ハ、イ。ドウゾ、オメシアガリクダ、サイ」
「うん、いただきます。今日はゆっくりするから、二時間後ぐらいでお願いします」
「カシ、コマリ、マシタ」
リーフェの指示を受け、ヤヤと呼ばれたメイドは退出した。
あれは何だと聞くと、魔法の技術で作られた自動人形だと教えてくれた。『人形』という名の通り意思や感情はなく、与えられた命令をこなすだけの道具らしい。
「ヤヤを作ったのは理事長でね。本宅にはたくさんの自動人形がいるの。見ての通り凄い完成度なんだけど、出来栄えに納得してないみたい」
「ギロウ?」
「大元を辿れば自動人形そのものが魔法時代の遺物なんだ。どこかで出土した物を理事長が回収して分析して、当時の技術を超えようとしてるってわけ」
自動人形に限らず、魔法全盛時代に作られたものはどれも超常の品だそうだ。現在の技術では再現不可なものばかりのため、発掘されるとそれなりに騒がれる。勇者伝説の話を合わせて当時のことが気になった。
「え? 他にどんな面白い物があったのかって?」
「ギウ」
「……私が信じられなかったのは転移魔法かな。特殊な魔法式と合わせて魔力を使って行きたい場所に移動できるの。旅行だってやり放題なんだよ」
切断された腕を綺麗に繋げる回復魔法や、どこからでも会話ができる応答魔法、砂漠を移動する砂上船や、町全体を覆う防御結界など、話を聞くだけでワクワクした。
会話を楽しみつつ夕食を摂るが、こちらも中々の出来栄えだった。比較対象が虫や木の実なので当然だが、かなりの満足感を持って平らげた。
(……こんなに味の濃い料理を食ったのは久しぶりだな。この姿も悪くないもんだ)
意図せず光悦顔をしていると、リーフェがクスリと笑った。そして食べ終わった皿を重ね、ステンレス製の台に戻して入り口の前に片付けた。
ここからどうするのかと思っていると、リーフェは俺を持った。向かった先は外でもベッドでもなく、部屋に備え付けられた広いバスルームだった。
「じゃあクーちゃん、一緒にお風呂に入ろっか」
「ギ?」
「どっちも森暮らしで汚れてるし、一度身体を綺麗にした方が良いよ。成績とかで馬鹿にされるのは耐えられるけど、臭いとか言われるのは嫌だもん」
リーフェは扉に鍵を掛け、タイル張りの床に俺を置いた。魔術の力で沸いた湯が浴槽に入り、十分ほどでお風呂が出来上がり、リーフェはおもむろに衣服を脱いだ。
「あれ、なんでクーちゃん壁と向き合ってるの?」
「…………ギ、ギギウ」
魔物化の影響もあって人の裸に思うところなどないが、それはそれだ。元人間の男なのは確実で、倫理的に不味いと部屋の隅で固まった。石になってやり過ごそうとするが、あっさり捕まってシャワー前に連行された。
「じゃあお湯を流すよ。しみたりしたら言ってね」
リーフェは鼻歌混じりに球体の表面を洗い、丁寧に泡をお湯で落とした。その後は自分の髪と身体を洗い、俺を回収して一緒に浴槽へと浸かった。
「はふぅ……やっぱりお風呂はいいねぇ」
「ギウ……」
「一週間以上も入ってないのが信じられないよ。ここに来て大変なことばかりだったけど、お風呂に関しては気に入ってるんだ。クーちゃんはどう?」
あえて言うまでもない。風呂とは人類が生み出した英知の一つだ。
最高だと感想を告げると、開いた口にお湯が入って沈んだ。慌ててリーフェが俺を引き上げ、無事を確かめて安堵の息を漏らした。少しのぼせたので一回風呂から上がる提案をしようとすると、予想外のことが起きた。
「…………え?」
いつからそこにいたのか、浴室の中心に白い人型のシルエットが立っていた。そいつは不定形な身体を歪ませ、ブツブツと何かを呟いて迫ってきた。
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