第20話『幽霊?』

 俺はリーフェを守って風呂の縁に立ち、いつでも変身できるように身構えた。すると白い人型のモヤは一定の距離で止まり、右腕らしき部位を伸ばした。


「…………ーェ、……と……、……え……た」


 こちらに何か語り掛けているが、声は途切れ途切れで要領を得ない。こちらから近づくと白いモヤは薄くなり、最終的に跡形もなく消え去った。浴室の湯気を幽霊と見間違えたのかと思ったが、リーフェにもしっかり見えていた。


「…………何だったんだろうね、今の」

「ギギ、ギウ?」

「魔術学園には幽霊が出るのかって? まぁ噂では聞いたことがあるけど、今のがそうだったのかな。でも楽器を振り回すおじさんじゃなかったよね……」


 リーフェが知っているのは学校の怪談的な作り話のようだ。ファンタジー世界なら幽霊程度珍しくもなさそうだが、普通に怪現象の類とのことだった。

 これ以上風呂に浸かる気にもなれず、二人で浴室から出た。掃除は自動人形のヤヤが担当するそうで、特にすることはないらしい。至れり尽くせりだ。


(…………にしてもあの幽霊の声、どっかで聞いた気がするんだよな)


 唸りつつ記憶を探り、光の玉の声を思い出した。だがあいつは直接脳裏に語り掛けることができたはずで、ああして現れた理由が謎だ。

 仮に危機の訪れを告げに来たのだとしても、あんな接触方法では対処のしようがない。どこへ逃げればいいのか、何と戦えばいいのかも不透明だからだ。


(そっちで何かあったのか? 返事ができるなら俺に声を掛けろよ)

 心の中で問いかけて待つが、やはり返事はなかった。



 それからしばらく経っても問題らしい問題は起きなかった。リーフェも怖がるのに疲れた様子で、マルティアから借りたノートを使って勉強を始めた。

 俺も机の上に移動して作業を見守るが、まったく字が読めなかった。ただマルティアの字の綺麗さと、几帳面な板書の写し方には好感が持てた。


「……真面目なノートだよね。あまり好かれてないのは分かっているはずなのに、戻ってくる私のためにこんな物を用意して……」

「ギウ、ガギウ」

「これまでのこともあるし、すぐ仲良くなるのは無理だよ。ただまぁ、頭ごなしに否定するのはやめにしようかなって思ってる」


 万年筆をほっぺに押し当て、リーフェは苦笑した。そして「クーちゃんと出会ったおかげで視野が広がった気がする」と俺の頭を撫でながら言ってくれた。

 せっかくの時間なのでこれ以上は邪魔しないと決め、机から降りた。とはいえぼーっと過ごすには長い夜で、この機会に色々とキメラの力を試そうと思い至った。

 早速部屋の空きスペースに行き、現状最強の二角銀狼になった。そこから複数の魔物の部位を出しては戻しを繰り返し、手持ちを一巡したところで悩んだ。


(……うーん、二角銀狼の性能が高すぎて他の部位が使いづらいな。ツタは獲物を拘束するより早く動けばいいし、スライムも攻撃が当たる前によければいい、尻尾に斑煙茸を配置するぐらいしかやることがないぞ。困ったな)


 多数の部位を配置すればそれだけスキルを使えるが、大抵の敵は暴風で倒せる。効かない相手の場合は他のスキルも基本無駄だ。


(利便性と有用性を無視すればいくらでも使えるが、それはちょっとな……。せっかくなら完璧なキメラボディを手に入れることを目標にするべきだが)


 答えが出ぬまま部屋を歩き、知恵を絞ろうと逆立ちしてみた。

 そうこうしているうちに部屋の扉がノックされ、メイドのヤヤが現れた。


「ソレデ、ハ。オソウジ、ト、ユウショクノ、カタヅケ、シマス」


 淡々と作業を進めていくヤヤを眺め、ハッと閃いた。キメラとして多種多様な動きを実現させたいならば、手足が使える人型の魔物を手に入れればいいのだ。


「ギウ、ギーウ、ギギギ、ギウ」

「人みたいな手足をした魔物? 確かいたと思うよ。アルマーノ大森林の大沼地帯に住む半魚人型の魔物とか、荒地の大鬼とかもいたかな」

「ギガウ? ギャウ」

「ちゃんとした理由がなければあそこに戻るのは難しいね……。私は騎士団に保護してもらってる立場だし、わがままは言えないと思う。ごめんね」


 それでも諦めきれず、アルマーノ大森林までの距離を聞いてみた。イルブレス王国の首都から百数十キロはゆうにあるらしく、捕食計画は断念せざるおえなかった。

 諦めて二角銀狼の姿で床に転がると、リーフェが寄ってきた。俺たちは適度に遊んでは考えを繰り返し、深夜の十一時ごろ眠りについた。


 それから療養期間としてもう一日だけ休み、リーフェは授業に復帰した。

 マルティアとの決闘内容はクラス全体に伝わっており、あの厄介な取り巻きたちは目立ったちょっかいを出してこなかった。


「これ、借りてたノート。書き写し終わったから返すね」

「…………その、どうでした?」

「よくまとまってた思う。おかげで遅れは取り戻せそう。……まぁありがとう」

「い、いえ! こちらこそ良かったですわ!」


 まだギクシャクした感じだったが、関係は改善されていた。取り巻きに妨害されてそれ以上の話はできず、リーフェは自分の席に戻った。

 ちなみにだが俺はリーフェが持ってきた鞄の中で待機中だ。授業に使い魔を持ち込むことは禁止されており、護衛のために息を潜めている形だ。


(…………半日近くも鞄の中にいることになるが、リーフェを守るためなら必要な措置だ。これを毎日毎昼……マジで?)


 さすがに退屈で死んでしまう。早急に代案を模索する必要があった。

 鞄の中で今後のことを考えていると、教室に誰か入ってきた。隙間からはよく見えないが、生徒の反応を見るに担任の教師といったところだ。

 教師は一度咳払いし、今日は課外授業をやると言った。すると生徒たちは歓喜の声を上げ、近場の者たち同士でワイワイ盛り上がり始めた。


「……クーちゃん。課外授業はね。学園の地下にある遺跡に出向くことになってるの。そこで騎士科の生徒とグループを作って探索を行うんだよ」

「ギーウ、ガウ」

「使い魔の使用も許可されるね。クーちゃんも鞄の外に出られるから、それなりに充実した時間を過ごせるはずだよ。私も楽しみ」


 よほど探索とやらが面白いのか、リーフェも嬉しそうだった。

 地下にある遺跡といえばRPGの『ダンジョン』が思い浮かぶ。早く外に出れないかと鞄の中でウキウキしていると、またクラス全体が湧き上がった。

 どうやら教師とは別にもう一人現れたらしい。耳を澄ませて周囲の声を拾っていくと、「騎士団長」や「コタロス」という名が聞こえてきた。


「――――臨時で諸君らの講師を務めることになった騎士団長のコタロスだ。学園地下にある迷宮探索では、皆の安全に注力しようと思っている。よろしく頼む」


 騎士団長がニコリと微笑み、クラスの女子が荒ぶり沸いた。

 男子も男子で羨望の声を上げ、課外授業に対して意識を高めていた。

 臨時講師はリーフェ護衛の一貫なのかと思っていると、騎士団長がこっちを見た。未だに俺と戦うことを諦めていないのか、とても興味津々な目をしていた。


(…………こわっ、見てみぬフリしとこ)

 何事もなければと思うが、昨夜の幽霊も合わせて無理そうだ。

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