第18話『決闘の勝者』
あれだけあった歓声が静まり、広場には微妙な空気が流れる。獅子というからにはネコ科のはずだが、何度見てもそこには愛くるしいポメラニアンがいた。
「かわいい……、モフモフだ」
リーフェは手をワキワキさせ、無意識にポメラニアンへ歩み寄る。向こうは警戒してキャンキャン鳴くが、敵意を見せたところで可愛いだけだ。
野次馬たちの感想も様々で、「もしや王女様は召喚する使い魔を間違えたのでは」、「金色の獅子を出すつもりが飼い犬を出してしまったのでは」等が聞こえた。
気になってマルティアの顔を見るが、自信満々に誇らしげだった。
ポメラニアン……、金ポメもマルティアと同じく調子乗っていた。
「ふっふっふっ、どうやら見物客たちもわたくしの使い魔を見て開いた口が塞がらない様子ですわね。完全に勝ち目がないと分かってのではなくて?」
「……え? まぁ、可愛さなら勝負になる……かな?」
「敗北を認めて決闘を辞めるなら今ですわ。さぁどうします」
マルティア的には戦わずことを収める算段のようだ。一応罰を与えたという面目は立つし、俺という使い魔を傷つけることはない。悪くない妥協点である。
ただここで退いては今までと何も変わらない。少なくても簡単に屈する相手ではないと周囲に示す必要がある。リーフェも同じ考えでいてくれた。
(……とはいえ、ただボコボコにしたら面倒なことになりそうだよな。決闘自体には勝利して、マルティア側のメンツを潰さない方法があればいいんだが)
いくつか思案し、なるようになれと諦めた。今の俺は魔物で、リーフェ以外と意思疎通は測れない。やるべきことは決闘で勝利することだけだ。
取り巻きの一人が進行を務め、リーフェとマルティアが前に出た。
戦いの賛辞と勝敗を絶対とする前口上がなされ、両者の準備が整った。
「行くよ、クーちゃん」
「退かぬというなら、力の差を思い知らせてあげますわ!」
宙に魔石が放られ、地面に落ちた。接触の瞬間に光が瞬き、マルティアの指示で銀翼の鷹が飛び込んでくる。どうやら俺を掴んで上空に連れ去る狙いのようだ。
(――――悪くない手だが、見た目に騙されるようじゃまだまだだな)
俺はあえて回避せず身構え、接近と同時にスライムの粘液をまとった。銀翼の鷹の爪はぬるりと体表を滑り、何も掴まぬまま後ろに通り抜けていく。間髪入れず金ポメが追撃を仕掛けてくるが、ツタの一撃で地面に転がった。
「――――っ!? その魔物、珍しい能力を持っていますのね!」
「もっとあるよ。決闘をやめるなら今のうちだけど」
「意趣返しのつもりですか? こちらにも王族としての立場があります!」
「そっちがそのつもりなら、こっちも本気で行くよ。……クーちゃん!」
その言葉で俺は身体を変化させた。現状で最も強力であり、アルマーノ大森林では実戦使用できなかった二角銀狼となった。
種族 キメラ(二角銀狼) 名前 くーちゃん
攻撃D 魔攻撃B
防御D 魔防御E
敏捷B 魔力量B
任意スキル 風魔法レベル4・スタミナ消費軽減(大)・遠隔索敵(中)・威圧の咆哮
自動スキル 危機察知(中)・風属性ダメージ軽減(中)・物理攻撃力上昇(小)・運動能力上昇(小)
特殊スキル 眷属召喚
ステータスにここまでBが多いのは初めてだった。スキルも一見して強力そうなものが揃っており、仇敵と定めた二角銀狼の凄さを改めて実感する。早速特大の威圧咆哮を響かせ、天に向かって風魔法レベル4の暴風を発射した。
「なっ、なんだあの魔物!?」
「魔術の威力じゃないぞ! 早く逃げろ!」
「わっ、あっ、ひぃぃぃ!」
野次馬たちは二角銀狼の力に恐れおののき、三分の一近くが逃げ出した。
マルティアも額に冷や汗を浮かべるが、意地を見せてこの場に踏みとどまった。
「はっ、はったりですわ! わたくしの使い魔が負けるはずがありません!」
再びの攻撃指示を受け、銀翼の鷹が突っ込んできた。金ポメと違ってこちらはそこそこ強いが、脅威というほどではなかった。爪の一撃を受けても体毛が数本散るのみ、皮膚には一切ダメージが届いていない。
(……お前の味や性能も気になるが、ここは学園だ。命拾いしたな)
反撃として風の弾丸を最低威力で連射し、銀翼の鷹を撃ち落とした。そのままだと死ぬ可能性があったので、落下の衝撃を風魔法で緩和させた。
完全にダウンしたので勝敗決定のジャッジを待つが、判定員の取り巻きはさっきの暴風で気絶していた。他の者たちはマルティアを置いて逃げる始末で、普段からどれだけ利用されているのかと憐れんだ。
「ギギウ、ギガウ」
埒が明かないのでリーフェを呼び、見せつけるように背へと乗せた。巨大な体躯に身がすくんだのか、マルティアはぺたりと地面に座り込んだ。
「クーちゃんがまだ続けるのかって言ってるけど、どうするの?」
「わっ、わたくしは負けてませんわ! 勝手なことを言わないで下さいまし!」
「でもこれ以上やっても無駄だよ。そもそも戦える使い魔いないでしょ」
「そんなこと関係ありませんわ! このままじゃ、お父様とお母様に顔向けできません! わたくしは、皆の規範にならねばならないのです!」
課せられた責任を果たそうとあがく、その姿はリーフェと少し似ている。リーフェ的にも思うところがあったらしく、苦い表情でマルティアを見ていた。
このまま勝っても後味が悪そうで、どう落としどころをつけたものかと悩んだ。すると足元から小さな唸り声が聞こえてきた。
「ぐるるるぅぅぅぅ、がぁうわう!」
いつの間にか金ポメが後ろ足に接近し、渾身の力で噛みついていた。
相変わらず痛みはないが、主を守ろうとする意志は本物だった。
俺とリーフェは顔を見合わせ、やるべきことを決めた。まず大げさに断末魔の悲鳴を上げ、金ポメを潰さない向きで倒れ込んでみせた。
「へ?」
急な展開にマルティアは思考停止する。リーフェは何も言わずマルティアの元まで行き、足元に落ちていたノートを拾った。
「……これを私に使わせたかったんでしょ? 決闘に負けたから数日借りるよ」
「ま、待って下さいまし! どう見ても勝負はあなたの勝ちだったでしょう!?」
「勝たなきゃいけないとか、負けだったとか、どっちがいいの? マルティアは諦めなかったから勝った。それだけだよ」
分かりやすく温情を掛けられ、マルティアはしぼんだ。こちらとしても不完全燃焼な結果だが、やはりマルティアの勝利は必要不可欠だ。
これ以上の厄介事が起きる前に立ち去ろうと思っていると、マルティアは「せめて何か要求して下さいまし!」と言ってきた。
「私は見てただけだし、何もいらないよ」
「そんな、何もないということは無いでしょう? 金銭なら用意してみせますし、他国の芸術品だって取り寄せます。もう近づくなと言うなら……受け入れますわ」
判決を下される罪人のようにマルティアはうなだれる。
リーフェは答えに悩んで空を見上げ、二角銀狼から球体に戻った俺を眺めた。あえて返事せず待つと、リーフェは「うん」と短く呟いて意外な発言をした。
「――――それじゃあ、私の友達になってみる?」
「えっ?」
「うそうそ、冗談だよ。でもちゃんと友達は選んだ方がいいんじゃないかな」
リーフェはスッキリした表情をし、俺を抱えて歩き出した。野次馬たちは恐れおののいて道を開け、陰口一つなく俺たちの後姿を見送った。
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