第15話『イルブレス王国』

 街に近づくと飛行船は速度を落とし、外周に沿ってゆっくり移動を始めた。

 大都会の中心地には四・五階建ての建物が連なり、大通りにはレトロな路面電車らしき乗り物が見える。その横を行くのは自動車か何かか、少なくても馬車ではない。ひとまとめで産業革命期のヨーロッパ的な風景だ。


(……人が山ほどいるし、景色が白むまで街が続いてる。かなりの発展具合だな)


 工場地帯でもあるのか遠方には煙の柱が何本も立っている。正反対の方角に見える丘にはお城のような建物があり、王様でも住んでそうだなと想像した。

 窓にこれでもかと顔を押し付けていると、リーフェがクスリと笑った。せっかくなので外に行こうという話になり、点滴スタンドを持って医務室から出た。

 廊下を歩いているとココナに見つかり、絶対安静ではと突っ込まれた。


「クーちゃんに外を見せてあげたいんだけど、ダメかな?」

「いやしかし、外は風も冷たくて身体を冷やすだろうし……」

「ほんの五分だけだから、ね」

「…………う、では五分だけなら」


 わずか十数秒でリーフェに押し切られる。どうやらココナは押しに弱いようだ。

 街が近づいたからか道行く騎士団の者たちも慌ただしそうだ。ココナは上司らしき人物に許可を取り、リーフェの護衛兼案内任務を正式に受けていた。

 その後は階段を登り、目的の甲板へと出た。空の上なので風が強いかと思ったが、踏ん張る必要が要らないほど弱い風しか吹いていなかった。


「飛行船……正式名称は魔導飛行船って言うんだけど、船体すべてに周囲の風を弱める魔術が使われているの。基本構造が帆船だから、余計な方向から吹く風を受けると変な方向に流されちゃうんだよ」

「ギギギウ」

「動力となる風は騎士団お抱えの魔術師が担当しているね。これは意外かもしれないけど、飛行船は新しく作られた物より古い物の方が高性能なの」


 何故と疑問を浮かべると、リーフェは得意げな顔で雲の先を見た。そこに何があるのかと目線を向け、俺は口をあんぐりと開けて放心した。


(――――まじかよ)


 雲を割って現れたのは全長一キロを優に超す巨大な戦艦だった。甲板上には帆がなく、代わりに威圧感のある金属製の砲塔が何門も設置されている。

 外装はすべて金属で覆われ、かなりの重量だと分かった。あんなものがどうやって空に浮いているのか、質問する前にリーフェが言葉を継いだ。


「あれはイルブレス王国の旗艦『グレスト・グリーベン』、飛行船の父と呼ばれるグリーベルっていう人が考案した船で、百年の時を経て造船されたんだよ」


 旗艦の主砲は山を一撃で消し、あらゆる攻撃を無為にする防御結界に守られてる。

 それほどの性能を実現するために膨大な量の魔石が使われているらしく、建造資金を得るために王国の国庫は空になった。当時の王政は市民からかなり叩かれたとか。


「あの船が強すぎるせいで、王国は一度も戦争で負けてないの。百年の平和を実現したとかで、今は評価する声の方が大きいかな」

「ギウ、ギ、ギウーウ」

「他国が似たような船を作らない理由は簡単だよ。航行に必要な魔石の採掘量が年々落ちててね。あれを現代で作るなら、予算は十倍でも足りないんじゃないかな」


 昔の飛行船はふんだんに魔石を使えたため、魔法で金属の塊を飛ばすことができた。在庫がない今は魔術で木製の船を飛ばすのが限度となってしまった。

 古い船から魔石を回収して使いまわせばと思うが、それは複雑な事情で難しいらしい。回収に再設計と色んなリスクが釣り合っていないのだと教えてくれた。


「ココナちゃんはあれに乗ったことあるんだっけ?」

「さすがに無い。グリーベンに乗れるのは騎士団の中でも高い地位につくものだけだ。もちろん乗ってみたいとは思うけど、見習いのままでは不可能かな」

「絶対にやれるよ。だってココナちゃんすっごく強いもん」


 素直な賛辞にココナは照れ、そろそろ医務室へ戻ろうと言った。

 飛行船は予定通り高度を落としていき、街の一角へと降りる。俺たちは厳重な警護を受けて騎士団の基地内を進み、石造りの大きな建物へと足を踏み入れた。

 玄関口は多少飾ってあったが、全体的な殺風景な空間である。騎士団全体がこうなのかは分からないが、ここの長は実用性を重視しているのかもしれない。


 そうして俺たちはとある扉の前に案内され、中へと入った。

 壁一面を覆う大きな窓の前のデスクに腰掛けるのは黒髪の男性だ。甘いマスクのイケメンという表現が似合う顔立ちで、身長は百八十センチ以上ある。言葉で言い表せぬ不思議な圧が感じられた。

 男性は一瞬だけ俺を見るが、すぐに穏やかな声音で自己紹介した。


「――――わたしは王国騎士団を預かる騎士団長、名はコタロスという。誘拐の件とその魔物についてはおおよそ聞いている。よく無事に戻ってきてくれた」


 俺たちは部屋の隅にあるテーブルへと案内され、騎士団長直々の事情聴取を受けた。だが突っ込んだ質問はなく、簡単な事実確認だけで話は終わった。


「協力感謝する。誘拐犯が所有していた船についてだが、どこの国の物かまだ不明だ。学園ではココナを護衛につけ、外では別の騎士が影ながら警護しよう」

「あ、ありがとうございます。ちなみですが、理事長は……」

「リーフェ嬢が誘拐された日の直前から長期出張となっている。護衛の件も本当は返答待ちなのだが、何もしないわけにはいかない。詳しい調整は帰還後となるな」

「…………そう、ですか」


 リーフェの表情には分かりやすくガッカリ感がある。待望の歌魔法が使えたことを一日でも早く報告したかったといったところか。

 騎士団長は騎士団管轄の病院で休むことを提案するが、リーフェは断った。自宅である魔術学園へ戻ると告げると、送迎は騎士団が引き受けると言ってもらえた。


「――――それにしても、良い魔物だな」

「え?」

「あの銀狼を倒し、さらにその力を奪ったとも聞いている。何とも珍しいものだ。騎士団長として一度手合わせ願いたいものだが、リーフェ嬢はどうかな?」

「や、やりませんよ! 怖いこと言わないで下さい!」


 興味津々な目を向けられ、リーフェは俺を潰れそうなほど抱いた。すると騎士団長はフッと不敵な笑みを見せ、「気が変わったら来るといい」と言って見送った。


(…………そこは冗談だよ、とか言うところだろ。どんだけ戦いたいんだよ)


 ほぼ確実に騎士団長はあの二角銀狼より強い。比較となるのは岩石の巨人と二つ首の大蛇を倒した武人カマキリぐらいで、下手したらそれ以上だった。

 怖気を感じて玄関口まで戻ると、ココナが出迎えてくれた。

 建物の外に出ると自動車みたいな外見の乗り物があるが、タイヤはついていなかった。魔石で空を飛ぶ構造らしく、運転席には年配の男性騎士団員が座っていた。


「それじゃあ魔術学園まで行きますよ。危ないので手すりに捕まっててね」


 運転手が振れたのはレバー的な突起物だ。先端には橙色の魔石がついており、そこが光ると同時に乗り物が地面から浮いて空を飛んだ。


(――――あの馬鹿デカい飛行船といい、一風変わったファンタジーな世界だな。想像とはだいぶ違うけど、これはこれで悪くない)

 魔術学園でもこんな驚きがあるのだろうか、俺は期待に胸を膨らませた。


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