第16話『王立魔術学園』

 小型の飛行船は街の上をゆっくりと飛び、魔術学園へと向かっていく。

 視界に映る家々は全体的に石造りだが、その様相は千差万別。屋根の形状は三角や平やドーム状の物が入り混じり、壁の色は赤・黄・灰・茶と彩り豊かだ。

 外観は左右対称な美しさを意識したものが多く、建築の高い発展度合いがうかがえる。街全体が薄っすら白い煙に覆われているが、霧とはまた違った感じだった。


(……これって廃棄ガスじゃね? よく普通に生活できるな)


 大通りを行き交う自動車の排気口からは黒煙がモクモク噴き出ている。窓から漂う匂いに鼻をひくつかせると、リーフェが顔を寄せてきた。


「あれは液体燃料で動く自動車だよ。従来の魔石式乗り物を動かすのが難しくなったから、代用品として開発が進んでいるの」

「ギウ、ギウ」

「確かに臭いが問題になってるんだよね。環境に悪いだろうって意見が強くて、魔石に頼る方式に戻せないかって意見が交わされているみたい」


 魔術にしろ魔法にしろ、この世界は数千年単位で魔力に頼っている。簡単に意識改革できるものではなく、伝統と発展の狭間で世論は揺れ動いているそうだ。


「……研究者さんの話だと魔石頼りの生活はあと五十年も維持できないんだって。魔物から魔力を抽出する方法も模索されてるけど、芳しくないみたい」


 ちょうどいい機会なので魔物と獣の違いを聞いてみた。

 広義的に魔物は魔力を宿した生物の総称で、それそのものが固有の種らしい。獣が後天的に魔物化することは無く、また魔物と獣では子孫を残せない。

 なら魔力を持つ人間も魔物の一種かと思うが、人間は例外だそうだ。根拠は「魔力の波長が違う」とかで、あからさまな違いがあるとか何とか。


(……魔力の波長ねぇ。魔力持ちの生物って枠組みが同じならそんな違いはないんじゃないかって思うが、どうでもいいか)

 こんな疑問など世界のどこかにいる学者や研究者が思いついているはずだ。別と結論が出たなら別なのだ。


 そんなこんな会話をし、街の半分ほどを通過した。すると運転手の男性が振り向き、もうすぐで魔術学園へと到着すると教えてくれた。

 窓の先に見えるのは大きな丘で、その頂上には城壁に囲まれた白い巨大建造物がそびえ立つ。街とは違って敷地内には小型の飛行船が何台も飛んでおり、異世界の中においてもここはまた別の異世界だという感想を得た。

 飛行船は正門近くの芝生広場に移動し、俺たちを下ろして去っていった。

 皆で高く長く続く階段を登り、正門前に立ち並ぶ仰々しい石像を眺める。軽い手続きを終えて巨大な門をくぐり、荘厳な造りの魔術学園をこの目に収めた。


「…………一週間ぶり、本当に帰ってきたんだ」


 リーフェの呟きには様々な思いが宿っている。

 俺はあえて何も言わず、抱かれたままで敷地内にある薔薇の庭園や凝ったデザインの柱時計などを見ていった。そして出た感想は「とにかくやべぇ」というものだ。

 魔術学園の壁面一つ一つには装飾が凝らされており、その一つ一つが芸術的である。雑多な感じはなく、すべてが複雑な調和を保っている。いくら予算を掛ければこんな代物が出来上がるのだろうか。


(クレーン車とかの重機無しでよく作るよな。魔術か魔法なら俺たちの世界より建築のハードルが低かったりするのか。あんな飛行戦艦があるぐらいだしな)


 感心している間にリーフェは魔術学園に足を踏み入れ、入り口付近でキョロキョロ辺りを見回した。一応自宅でもあるはずだが、とても居心地が悪そうだった。


「リーフェ、今はまだ授業中だ。そう怯えることはない」

「…………ココナちゃんの言うことは最もだけど、まだ帰ってきたのを知られたくないの。せめて今日ぐらいは静かに過ごしたくて」

「なら裏から入れば良かったんじゃないか?」

「そうなんだけど……クーちゃんにちゃんと学園を見せたかったから」


 上階を目指して螺旋階段を進み、リーフェは四階に足を踏み入れる。そこから赤い絨毯の上を歩き、さらに奥へ行こうとした時のことだった。


「――――ここから先は貴族様方の管理区域になる。私はここまでだ」


 急にココナが足を止め、リーフェは寂しそうにした。どうやらこの先は王族や上級貴族しか中に入れないとかで、入るには厳しい審査基準があるそうだ。


「申請している護衛許可が正式に通れば傍にいれる。今日のところはすまない」

「うん、分かってる。ココナちゃん、また明日ね」

「本当に危険な時は駆けつける。もし何かあったらリーフェを守るんだぞ、クー」

 勢い良く「ギウッ!」と返事すると、ココナとリーフェは笑ってくれた。


 その後は二人で静かな廊下を歩いて行った。お偉いさんが住む区画だからか壁にはいくつも絵画が飾られ、下には高価そうな壺が並んでいる。曲がり角を折れてまた廊下をゆくと、変わった部屋を見つけた。

 そこは三階から四階へと繋がる吹き抜けの広間で、中心には橙色の魔石で造られた六人分の石像が設置されている。窓も神話か何かを描いたステンドグラスで、差し込む陽光によって室内は神秘的な光で彩られている。

 ここは何だと疑問を浮かべると、リーフェが石像について解説した。

 この六人は三百年前に活躍した人物らしく、『勇者』という称号持ちたちだ。魔物の脅威から世界を守り、現代までその栄光が語り継がれているそうだ。


「リーダーは『黒の勇者コタロウ』って人なの。神からの啓示によって世界に召喚されて、最強の封印魔法を使って魔物を大森林に封じこめたんだよ」

「ギー、ギギギウ」

「変わった名前? 確かに当時は珍しい響きだったみたいだね。これは噂なんだけど、あの騎士団長コタロスさんが勇者コタロウの子孫だって話もあるんだ」


 リーフェは興奮気味に言うが、そこは正直興味なかった。

 俺が気になったのは勇者コタロウとやらの名が日本名っぽい部分だ。神も過去に力を与えた者がいると言っていたので、コタロウもその一人なのかもしれない。


(そいつが勇者で俺はキメラ、さすがに落差がデカすぎねぇか?)


 リーフェと出会えたので恨みはないが、文句の一つは言いたかった。試しに馬鹿野郎と内心で叫んでみるが、神からの返答はなかった。

 俺たちは部屋の外周を回り、一通り展示物を見たところで帰ろうとした。すると廊下の先からパタパタとした足音が聞こえ、誰かが飛び出してきた。


「――――あらあら、帰っていたんですの? リーフェ・フォルテシィさん」


 甲高い声で喋るのは高飛車な雰囲気のお嬢様だ。髪形は主張の強い縦巻きロールで、色は紫と青が混ざった藤色をしている。派手派手な見た目だった。

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