第二章『少年少女の歩み』
第14話『道筋』
飛行船が連なって移動を始めてすぐ、リーフェは医務室へと運ばれた。
やはり病は完治しておらず、ベッドで絶対安静となった。担当した医師は初老の男性で、処方する薬や病に関する小難しい話をリーフェにしている。
俺は棚の上へと置かれ、暇つぶしついでに室内を見回した。
(…………何というか思ったより近代的な物があるな)
細部の形状こそ地球の物と違うが、リーフェの腕には点滴用の管が繋がっている。仕切りのカーテンは白く清潔で、医師の衣服もちゃんとした白衣だ。カルテに使っている紙も羊皮紙ではなく木製の紙に見えた。
勝手に中世的な世界観を想像していたが、近世ほどの発展度はありそうだ。
これから向かう町の様相を想像し暇を潰していると、初老の医師が退出していった。リーフェはすぐに両手を広げて俺を呼んだ。
「クーちゃん、少しお話しない?」
ちょうど話したかったので棚から降り、ポンポンと床を跳ねてベッドに乗った。するとリーフェは喜び、抱き枕みたいにギュッと身体を抱えてきた。
「……私の症状だけど、お薬を打ったからすぐによくなるんだって。でも何もしなかったら命の危険もあったみたい。助かったのはクーちゃんのおかげだね」
「ギウギウ」
「…………恩を感じることはないって? そうはいかないよ」
絶対に恩返しをするんだ。と、リーフェは息まいている。
何はともあれ元気なら一安心、そう思いつつも疑問が湧く。それは俺とリーフェの会話そのもので、さすがに意思疎通が取れ過ぎではないかというものだ。
(洞窟で過ごしていた時はここまでじゃなかったよな。明らかに俺の思考を読めるようになったのは、二角銀狼を倒した後の朝で……その前は)
きっかけとなりそうな出来事が一つあった。あの夜にリーフェが使った歌魔法だ。
戦闘中は余計なことを考えている余裕がなかったのでスルーしていたが、一度だけ姿も見えぬリーフェの「うん」という返答が聞こえた。
もしかしたら歌魔法には強化した対象と精神的な繋がりを作る力があるのかもしれない。試しに歌魔法についての疑問を声に乗せて鳴くと、リーフェは困ったように唸った。
「……正直なところ私も何がなにやら何だよね。あの時はクーちゃんのために歌えそうな気がして、ほぼ無意識に力を使うことができたの」
「ギーウ?」
「うん、そう。たぶん今使えって言われても難しいと思う。一応感覚は残ってるから、まったく無理ってことはないと思うんだけど……」
そう言って短い歌が口ずさまれるが、特に効果は出なかった。
ちなみにだがリーフェは俺との会話すべてを理解しているわけではないらしい。強く意識した単語だけ認識できるようで、一つ一つを組み上げて内容を判断しているとのことだ。
(理屈は分かるが、そう簡単なことか? さっきから即答で返事が来るんだが……)
少なくても俺には無理そうだ。リーフェの凄さに感心しつつ質問してみた。
まず俺たちを運んでいる一団についてだが、リーフェが住む王国に属する騎士団とのことだ。主な仕事は治安維持や他国の侵略を防ぐことで、軍隊的な役目を持つ組織だと知らされた。
「他にも王国騎士団にはアルマーノ大森林から逃げ出した魔物を捕獲する役目があるの。昔みたいに魔物が世界中に湧いたら大変だから、一匹でも目撃情報があったら大捜索するんだよ」
「ギギウ?」
「……こんな広い森に住む魔物たちをどう押し込めているのかって? 詳しい話は数百年前までさかのぼっちゃうんだけど……、結論だけ言うと森全体が魔除けの魔石で囲われているの」
森を囲む魔石は世界各国で管理されており、不手際があれば酷い糾弾を受けるそうだ。アルマーノ大森林自体が広大な不可侵領域で、複雑な利権があるとかないとか。
今更だがリーフェを誘拐した犯人たちの考えが分かってきた。
もし安全な空を無許可で飛べば、すぐ他国の飛行船に捕まってしまう。大森林を直線状に移動すれば道程の短縮にもなるし、どこの国の手の者か存在をうやむやにできるというわけだ。
(…………まぁ、それで魔物の襲撃を受けて死んだら元も子もないけどな。どんな事情であれ因果応報、同情の必要もない。考慮すべき問題は別だ)
元凶は未だどこかに潜んでおり、虎視眈々とリーフェを狙っている。
現時点で騎士団の印象は良い寄りだが、全員がまともである保証はない。歌魔法が発動可能だと他国に話が届けば、誘拐のリスクはこれまで以上に増えてしまう。
森と違い魔物に襲われる心配はないが、今度は人に目を向ける必要がある。厄介さにため息をつくと、頭上からスゥスゥと穏やかな寝息が聞こえてきた。
(リーフェは寝たか、あれだけのできごとがあったし当然だな)
リーフェの寝顔はあまりにも安らかで、しばらく抱き枕に徹した。
十分ほど安らかな時を過ごしていると、医務室の扉がノックされた。間を置いて中に入ってきたのはココナで、眠ったリーフェと俺を交互に見た。
「リーフェを守っているのか、改めて使い魔じゃないとは驚きだ」
「ギウ」
「……返事もする。人語を理解する魔物もいると聞いたことはあるが、実際に見るのは初めてだ。もし良ければ触れてみても良いか?」
言われるままに額を差し出し、頭を撫でさせてやった。ココナの服装は王国騎士団が着ているものと同じだが、微妙に細部が異なっていた。
(……少し簡素なデザインをしているし、騎士見習いってとこか? 魔術学校に通ってるリーフェとどう接点を持ったのか気になるな……)
推測だが魔術学校内に魔術科と騎士科みたいに複数の学部があるのかもしれない。そこのところを聞いてみたかったが、さすがにこちらの意図は伝わらなかった。
ココナは五分ほど医務室で過ごし、また来ると告げて去った。初対面の時から察していたがココナはしっかり者で、リーフェは良き友人を持っていると安心した。
(…………さて、寝るのにも飽きてきたところだが)
とりあえずベッドから出ようかと思っていると、どこから船内放送が聞こえた。
『――――本船は予定通り航行中、推定五分でアルマーノ大森林を抜け、規定通りのルートで王国へと帰還します。――――繰り返します』
魔術を使っているのだろうが、放送機材のような反響音だった。
せっかくならばと窓まで移動し、外の景色を一望してみた。
視界に入るのは相変わらず森ばかりだが、遠くに巨大な魔除けの魔石が生えているのを見つけた。それは一キロほどの間隔でズラリと並び、森全体を覆っていた。
(ちょっとずつ身体がビリビリしてきたな。無事に通れんのか、これ?)
心配だったが軽く痛みを感じるぐらいで通過できた。こんなので魔物を押し込めるのかと疑るが、実際にできている以上無駄な考えだ。
次第に景色は平坦な草原となり、ポツポツと村や町が見えてきた。そこから山を越えて川を通り過ぎ、一時間ほど掛けてまた草原へと出た。
身じろぎが聞こえたので振り返ると、リーフェが眠そうな顔で起きた。キョロキョロと辺りを見回し、窓際にいる俺を見つけるとホッとした顔をした。
「――――もう着いたんだね。あそこが私たちの街、イルブレス王国だよ」
指差した先にあるのは広大な建物群、何もかも自由な森と相反する人の領域だ。
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