第13話『朝日が昇る時』

 見た目は二角銀狼のはずだが俺と確信しているようだった。それを喜ばしく思うと同時に、どうしたものかと悩む。こちらの内心をどうやって伝えたものか。


(……一緒に行ければ行きたいところだが、後ろの連中の説得は難儀そうだな)


 リーフェの背後では大人たちが警戒している。その手には剣や銃らしき武器があり、構えた状態で慎重に歩き寄ってきた。

 改めて人語を発せられないことが煩わしく、両手を上げて無抵抗をアピールしようかと考えた。すると俺が行動するより早くリーフェが動いた。


「…………おかえりなさい。本当に、本当に無事で良かった」


 この場の全員に見せつけるように抱き着き、銀の体毛に思いっきり顔をうずめた。たったそれだけで俺が恐ろしい存在じゃないと示してみせた。

 目元に浮かぶ涙をぬぐい取ると、嬉しそうに「くすぐったい」と笑ってくれた。


「魔物さん、怪我はしてない? もし痛いところがあるなら言ってね」

「ギッ」

「ふふふ、狼のお顔なのに鳴き声は前のままなんだね。可愛い」

「ギッギーウ、ギウ」


 元気さのアピールとして三回まわってギウと鳴いた。リーフェは喜んだ。

 一連のやり取りを受け、大人たちは困り顔で動きを止める。そして集団の中から赤髪の少女が一人で歩み寄り、不安混じりの声で質問した。


「リーフェ、この魔物は……」

「昨日から話してた魔物さんだよ。森にいる間、ずっと私を助けてくれたの」


 銀の体毛に頬ずりするリーフェを半信半疑に見つめ、赤髪の少女は俺を見上げる。かなりの体格差があるので怯えられるが、それでも逃げずこの場に残った。


「……つかぬ事を聞く、その魔物さんとやらはリーフェの使い魔でいいのか?」

「え?」

「凶暴な魔物と人が共存するためには魔術で使い魔にする工程が不可欠、何らかの方法でリーフェとその子が結ばれたと思ったんだが……違う?」


 キョトン顔のリーフェと目を合わせ、数秒の沈黙が流れた。そのまま何となくの意思を無言で交わし、二人でまったく同じ結論に至った。


「――――魔物さんは使い魔じゃなくて、私の友達だよ。一緒に力を合わせて困難を乗り越えて、楽しいことも悲しいことも共有できる。そんな存在なの」


 コクリとした頷きで応えると、赤髪の少女は驚いた。

 せっかくなので敵意が無いと見せつけるため、ゴロッと地面に転がった。リーフェは体調不良を感じさせぬ明るさを見せ、腹の毛に全身を預けてきた。


「ココナちゃん。魔物さんの毛、とっても気持ちいいよ!」

「リーフェが良くても私は危険では。本当に大丈夫なのか?」

「細かいことは気にしなくていいよ。ねー、魔物さん」

「ギウッ」


 赤髪の少女は『ココナ』というらしい。ココナは二角銀狼のごわもふに興味がある素振りを見せるが、周囲の目もあるので踏みとどまった。

 いつの間にかやり取りを見守っていた大人たちも警戒を解き、武器を下ろして苦笑いを浮かべている。攻撃される心配はなさそうで安心した。

 ゆっくりとした動作で身を起こすと、リーフェは両手をいっぱいに広げた。応じて二角銀狼の顔をドシッと乗せ、変身を解いてキメラの球体に戻った。

 そこそこの重量があるはずだがリーフェは気にせず、ギュッと大事そうに抱えた。優しい手つきで頭頂部を撫で、よいしょの掛け声と共に運んで歩いた。


「……本当に姿かたちを変えられる魔物なのか。聞いてはいたが驚きだ」

「ふふん、魔物さんは凄いんだよ。もっと色んな形にだってなれるんだから」


 リーフェを除く全員が俺を何とも言えぬ顔で眺めている。その理由に首を傾げると、リーフェは『姿を自在に変えられる魔物』が極めて珍しいのだと教えてくれた。


(珍しいってことは昔はいたのか? ……まぁどうでもいいか)

 眠気を感じあくびをつくと、ココナが別の話題を切り出した。


「……なぁリーフェ。こういうのは何だけど、さすがに名が『魔物さん』というのはあんまりじゃないか? ちゃんとした名を今ここで決めるのはどうかな」

「名前……」

「街に連れて行くなら使い魔という体で過ごす必要がある。二人が友達だという事実を否定はしないけど、そうしなければ色々と問題が起きる」

「うん、それは確かに」


 リーフェは目を閉じて悩み、俺に意見を求めてきた。

 転生したばかりの時は格好良い名前を目指していたが、正直リーフェが選んでくれたものなら何でも良かった。そう伝えるように鳴くと、むむむとした長考が始まった。


「魔物さんは黒いし、クル……違うか。もう少し可愛い感じで……うーん」


 ポツポツとした呟きには様々な単語が入り混じり、多種多様な響きが聞こえてくる。そうしている間にも飛行船の前へと到着し、俺はその船体を見上げた。

 サイズは船尾から船首まで四十メートルほどある。全体的な造りは木造と金属を合わせたもので、風を受ける大きな帆が下からでもよく見えた。

 船底にはあの魔除け用の魔石が複数個設置されているらしく、以前リーフェが「珍しいものじゃない」と言っていたことをぼんやり思い出した。


(今は何も感じないし、魔除けのオンオフができるってところか。船に乗った後に効力が発揮して何時間も痛みに耐えるって状況は勘弁して欲しいな……)


 そんな心配をしていると船体横の扉が開き、中へと入れるようになった。一人また一人と乗り込んでいく中で、ふとリーフェが「決めた」と声を発した。


「クーちゃんって名前はどうかな? 魔物さんはとっても黒いから似合うと思うの」


 どうやら「クー」の発音に近い単語が日本語の「黒」に相当するようだ。

 ちょっと可愛すぎる気もしたが、リーフェがとても自信気だったので良しとした。


(……クーちゃんか、ついに名前を手に入れたな)


 異世界に生れ落ち、光の玉と別れ、リーフェと数日の時を過ごした。

 日々の流れはあっという間だったが、転生前を含め最も充実した時間だった気もする。不思議な感覚だ。

 船へと乗り込む間に森景色を眺め、微かにだが名残惜しさを感じた。

 未だこの森には強力な魔物が潜んでおり、強くなるために戻ってくる必要がある。その日がいつかは分からないが、『いつか』を楽しみに待とうと決めた。

 そうして広場にいた全員が船に乗り込み、一隻ずつ船は空へと浮かび上がった。

 甲板から見える森はあまりにも広く、地平線の先まで果てなく続いている。あの一層二層的な構造の地形も複数箇所あり、大森林全体がでこぼこな地形だと分かった。


(飛行船の助けがなけりゃ、リーフェと遭難して終わりだったな)

 あの時行動することを選んだ自分を褒め、吹き付ける風に身を任せた。


「何だか気持ちいいね、クーちゃん」

「ギウ」

「ほんの数日のことなのに、もう何か月もここにいたみたい」


 これから見ることになる景色はどんなものになるのだろうか、森にいたころより楽しいかもしれないし、想像以上に困難を極めるかもしれない。


(――――どっちにしても乗り越えてやる。俺とリーフェが揃えば百人力だ!)

 心の中で宣言し、続く『クーちゃん』としての物語に万感の思いをはせた。





――――― ――――― ―――――


 ここで一章は終了です。お疲れさまでした。

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