第11話『夜を駆ける』

 一定距離まで接近すると角狼たちがやかましく鳴いた。それを二角銀狼はひと吠えで鎮め、改めて俺と目線を交わし睨み合った。


二角銀狼

攻撃D  魔攻撃B

防御D  魔防御E

敏捷B  魔力量B


キメラ(ウルフスライムプラント)

攻撃E+ 魔攻撃F

防御F  魔防御F

敏捷C  魔力量F


 ステータスが分からないので正確な強さは不明だが、俺よりは確実に強い。勝敗を決めるのはキメラの性質と、人間のみが有する思考と発想力だ。

 ビリビリと殺気を交わし、喉を鳴らして威嚇する。

 最初に動き出すのはどちらか、湿った空気が張り詰めた静寂に溶けていく。

 飛行船から照射されている光が頭上を通過し、俺と二角銀狼が一瞬照らされる。角狼たちが眩さに目をつぶり、それが開戦の合図となった。

 先手を取って俺が駆け出し、二角銀狼が咆哮を上げた。飽きるほど聞いた耳鳴りが響き、数秒の間を置いて暴風が放たれる。だが俺は木々の隙間を縫って移動し、余波すら受けることなく回避してみせた。


(――――そう何度もくらうか! その攻撃はもう読めてんだよ!)


 確かに暴風は脅威だが、発射までのタイムラグがある。今みたいにお互いの位置が分かっている状態ならば、口の向きからおおよその弾道を知ることが可能だ。

 一回二回と攻撃を避け続けると、今度は角狼たちが前に出た。

 四頭同時に相手にすればひとたまりもないが、わざわざ正面から戦ってやる義理はない。適当に煽って引き付け、ほどほどに追いかけっこして勝負に出た。


(じゃあな、お前らはここで終わりだ)


 ツタを使って木の上まで跳び、真下から「ギャッ!!?」と悲鳴が鳴った。視線の先で角狼たちは倒れ伏し、苦しそうに足をばたつかせている。

 使ったのは毒糸蜘蛛のスキルである『毒の糸』だ。さっき暴風から逃げ回っている時に尻尾から糸を出して設置し、四頭を一網打尽にすることができた。

 予想より効果が薄く仕留めるまではいかないが、邪魔者は消え去った。

 残すは二角銀狼だけと思っていると、再び俺を狙って暴風が発射された。反射で木から降りた瞬間、凄まじい速度で二角銀狼が迫ってきた。


「ゴルルゥゥゥアアァァァッァ!!」

「――――ギッ!!?」


 あまりの勢いに驚き反応が遅れ、鋭利な牙で身を一部裂かれる。距離を取りつつ煙幕胞子を使い、追撃の爪攻撃をスライムの粘液で滑り逸らした。

 安全域まで逃げようとするが、煙幕は暴風で吹き飛ばされた。二角銀狼は退路を断つように回り込み、正確に喉元を狙って爪を振るってくる。何度目かで回避が追い付かなくなり、俺はとっさの判断で球体に戻った。

「グッ!?」

「ギウッ!!」

 相手の突進に合わせて転がり、上手く胴体下に滑り込んだ。その状態から高く跳躍し、背後を取って肉体を再構成した。右腕と左腕を亀魔物の頭部に変え、任意スキルの『岩砲弾』を渾身の力で連射した。


(――――ちっ、これも避けんのかよ!!)


 絶好のタイミングだったが、二角銀狼は攻撃を全弾避け切った。

 着地と同時に姿をウルフスライムに戻し、また煙幕を使って離れる。距離が空けば暴風の脅威にさらされるが、発射の直前に岩砲弾を撃って止めてみせた。

 俺たちはつかず離れずの距離でぶつかり合い、森を高速で駆け抜けていった。

 撃って避けられ、撃たれる前に止め、接近したところで爪と牙で競り合う。単純な接近戦では分が悪いため、俺はツタと糸と粘液すべてを駆使して立ち回った。

 しかしギリギリで耐え続ける俺とは違い、二角銀狼には余裕があった。未だこちらの攻撃は銀の体毛を貫けず、魔力と体力が徐々に削られていった。


(何回その風撃つ気だよ! 反則技にもほどがあんだろうが!!)


 ただ暴風を撃つだけでなく、風は弾丸のように小粒でもばら撒かれた。元が風なので致命傷にはならないが、直撃するたびにこちらの動きは鈍っていく。

 このままでは敗北は必然、何か勝利の一手を模索しなければいけなかった。

 足を止めず思考を巡らせ、岩石の巨人の腕ならあるいはと考える。だが相手はあからさまな誘いに乗るほど馬鹿ではなく、確かな隙を生み出す必要があった。


(…………あれに変身できるのは恐らく二回が限度だ。でも岩砲弾を撃ち続けてもいずれは魔力が尽きる。なら、ここは勝負に出るべきか)


 俺はツタと跳躍を組み合わせ、近場にそびえ立つ大木に飛び乗った。間髪入れずに耳鳴りが聞こえるが、それはこちらの狙い通りだ。

 放たれた風によって幹がへし折れ、辺り一帯に枝と葉が飛び散る。その影に混じって動き、岩石の巨人の腕で直上から叩き潰そうとした。

 けれど二角銀狼は紙一重で超重量の一撃を避けた。軽やかに地面へと降り立ち、月明かりに銀の体毛を照らす。悠々たる様で俺を見下してきた。


(…………これもダメ、か。さすがに楽じゃねぇな)


 正直なところ打ち手無しだった。戦いながら隙を探るにしても体力が限界だ。

 何かないかと周囲を見回す中で、自分の現在地に意識が向いた。

 必死に戦っていたので気づかなかったが、いつの間にか二層の崖近くまで戻っていた。まだ十数メートルの距離があるが、茂みを抜ければ三層に続く急斜面がある。


(……角狼を倒した時みたいに、二角銀狼をあそこに落とせないか?)


 いっそのこと倒すのを諦め、追いかけてこれないようにする。悪い手ではなかった。だが体躯は向こうの方が一回り以上デカく、ツタ程度で引っ張れるとも思えない。もう一手何か必要だった。

 活路を模索しつつ急斜面へ向かうと、二角銀狼は行く手を塞いだ。岩砲弾で道を開けようとするが、すれ違い様に胴体の右側面を切り裂かれた。


「ギッ……ガッ」


 焼けるような痛みが湧き、地面に倒れ込む。二角銀狼は追撃の手を止めず、風の弾丸を放って俺の身体を吹っ飛ばす。気力が尽きて起き上がれないでいると、二角銀狼は一歩二歩と確実に近づいてきた。

 これで終わりかと諦めかけた時、脳裏に聞き覚えのある声が響いた。


『――――まだ終わりじゃない。ここで立てば、君は戦うための力を得る』


 声の主は別れた光の玉で、発言はそれだけだった。

 直後風の弾丸が向かってくるが、岩砲弾を全弾撃ち切って迎撃した。

 俺と二角銀狼の間に数秒の間が流れ、木々が風でざわめく。飛行船が頭上を通過し、どこからか穏やかな声音が聞こえてくる。その音の正体はリーフェの歌声で、病を感じさせないほど大きな声量を響かせていた。

 歌詞は翻訳能力でも判別できなかったが、大森林の自然について歌っていると分かった。不思議と身体の奥から力が湧き、失いかけた気力が戻ってきた。


(これがリーフェの、伝説の歌魔法の力……?)

 直接言葉を交わさなくても分かる。

 独りじゃなく、一緒に戦おうと言ってくれていた。

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