2話・少女と地名度
最初の訪問から数週間。小さな悩みや疑問で何度か生徒相談室へと通うようになり常連となった叶夢だが、1つの疑問が頭をよぎりカウンセラー透に尋ねてみることにした。
「先生、疑問があるので質問していいですか?」
「うん、僕に答えられるものならどうぞ」
「では・・・こちらの相談室は自分以外に来客とはいるのですか?何度か来ていますが他の方とはすれ違いませんし、この教室の名前を誰からも聞いた事ありません」
「うっ・・・」
額から頬へと汗が伝い、叶夢から目を逸らした。どうやら叶夢のストレートな言葉は透の痛いところをついたようだ。
「当たってしまったようですね」
疑問の答えを理解してしまった叶夢の言葉が更に透の心に突き刺さる。
生徒数も教室の数も多い南芽中学校、4階という最上階の角という広い校舎の隅に佇んでいるこの生徒相談室は生徒でも知る人ぞ知る秘境と化していた。
「ほら、悩みは無い方がいいし、家族や友人に相談できているのならここに来る必要も無い訳だし、ここはがらんどうの方がいいんだよ、ね?」
手を上下に動かしながら早い口調で弁明をする透、焦っているのが目に見えて分かる。そんな彼にさらに追い打ちをかける一撃が叶夢の口から放たれる。
「ここよりも保健室の養護教諭の先生は人気ありますからね、下駄箱のすぐ近くに部屋もありますし毎日います」
鋭い言葉の刃が何度も刺さり透は今にも吐血してしまいそうな心境だった。保健室は生徒の入り口である校舎下駄箱のすぐ近くにあり、下駄箱の目の前にあるグラウンドで怪我をした時に急行できる場所に位置している。1階に教室のある1年生には生徒相談室よりも保健室の方が身近である。それに加え、養護教諭の先生は、優しいと生徒中で専らの噂である。
「ぎ、逆に聞くけど中村さんはどうやってここを見つけたの?」
涙目になりながら叶夢に質問を投げかける。
「自分ですか?自分は、部活動がない日や休み時間に校舎内を散歩するのが好きでして、そんな折ここを見つけました」
透の痛みにお構いなく「この学校3年間部活動参加強制と言うのが嫌ですね」と返答後に呟いている。体力が無く運動の苦手な叶夢は運動部ばかり、尚且つどこかの部に3年間席をおいて置かなければならないこの学校の校則を嫌悪しているようだった。仕方がなく、活動日も比較的少なく文化部である美術部に所属していると一方的に叶夢は話す。そんな中、透は心に刺さった刃の傷が癒えず涙目でしょんぼりとしながら話を聞いている。
そんな折、部活の話に飽きたのか彼女は話の趣向を変える。
「はあ・・・嫌いなものの話しをしていてもストレスが溜まるだけです。別の話ししましょう先生、何故相談室は毎日開いてないのでしょうか。毎日なら私も通いやすいですし、知名度も今より上がっていると思うのですが」
この質問に感情を調整し涙目だった表情からスッと普段のにこやかな姿勢に変え返答をする。
「それは、僕が他の学校のカウンセラーと掛け持ちしてるからだよ。この学校で相談室が閉まっている時は別の学校の相談室でカウンセリングしてるんだ」
「先生、意外と多忙なんですね」
「それが仕事だからね、君もこれから知る事になると思うよ」
「忙しいのは遠慮したいです。静かな仕事とかがいいです」
「静かな仕事ってあるのかな?あったとしても見つけるの、なかなか難しいよ」
そんな他愛の無いを続いている。最初の訪問以外は世間話の様な会話が殆どであった。だが、話す事が苦手で友人との会話も聞き手に回る事の多い叶夢にとって聞き上手で話しやすい透との生徒相談室での時間は心地よいものだと感じている。
そんな幸せな空間も時間の流れには逆らえず、下校を促す放送が流れる。窓から外を覗くと、陽が沈み地平線を緋色に染めていた。
「今日はここまでですね」
その言葉を聞くと彼女は鞄を背負い帰宅の準備をする。名残惜しいが時間制限がある。「今日もお話ありがとうございました」と一礼すると、相談室の扉に向かい退室する。
部活の都合で週に一度しか生徒相談室を訪れることができない。その上、楽しい時間は普段より速く時間が過ぎるように体感で感じる。
速く過ぎる幸福な場所に後ろ髪を引かれながら、来週が待ち遠しいと楽しみを心待ちにながら帰路へとつく叶夢であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます