1話・少女と相談室
関屋市立南芽中学校、関屋市の南部の田園が広がる自然豊かな環境に立地している生徒490名、教員40名を誇る市内でも有数な人数を誇る公立学校だ。
時間にして16時、1日の授業が終わると帰宅する前に集まり談笑する女子学生や部活へと走り去る男子学生、皆各々の行動を取っている中、教室中央に座している小柄で清廉としながら不思議な雰囲気を持つ1年の女子中学生、中村
1階の教室を出ると階段を上がり続け最上階である4階の角にある教室へトン、コツコツと歩を進める。室名札に「生徒相談室」と書かれた目的の教室は部活動で使用する教室ではなく、生徒の相談に乗るカウンセリングを行う部屋であった。教室の前には小さな掲示板が掲げられており、貼られた用紙にはカウンセラーの在籍する日時が記されていた。叶夢は他人にはあまり信じてもらえない相談事があり、誰かに聞いて欲しくてここへ向かっていたのである。
深く呼吸をし、コンコンと右手の甲で生徒相談室の扉を叩くと中から「どうぞ、入っていいですよ」と優しげな男性の声が聞こえてきた。
「失礼します」と声を発し扉を開け教室の中にはいる。生徒相談室は、叶夢達が使用しホームルームを行う教室よりも小さく黒板1つと隅には教師が使用している大きなデスク、真ん中に生徒と相談員が語り合えるよう向かい合う形で設置された生徒用机と椅子が2つのみのなんとも簡素な佇まいであった。
「ここにお客さんが来るなんて珍しいですね、荷物は横にかけて、どうぞこちらに座ってください」
教師用デスクに座っていた若い男性が微笑みながら立ち上がり叶夢に声をかけると、生徒用の椅子を1つを引いてみせた。叶夢はその声に従い相談室に足を踏み入れ机に向かう。鞄を机の横の取っ手にかけ、引かれた椅子に腰掛けると、男性が叶夢の反対側の椅子へ腰掛け微笑みながら自己紹介をし始めた。
「さて、先ずは自己紹介から。僕は
「自分は中村叶夢、1年5組出席番号21番です」
「丁寧にありがとう、悩み事があって今日ここへ来たと思うけど、なかなか言いづらい事もあるからゆっくりと、自分で言えそうって思ったタイミングで話してね」
そう透がにこやかに優しい声色で返答すると、叶夢は目を閉じ、ひと呼吸を置いてから自身の話をし始めた。
「悩み・・・という程のものではないかもしれない、誰かに聞いて欲しいだけなのかもしれないが・・・」
「うん、何事も溜め込むのは身体に悪いからね、話してスッキリしよう」
「信じてもらえるかは分からない、友人に話してみたが「デジャヴじゃないか」ときっぱりと言われ否定されたが、やはり既視感ではないと思っている。・・・・・・実際に起こる未来の夢を見るんです」
透は、その言葉に驚きながらも表情には出さず微笑みを崩さないまま話の続きを尋ねる。
「未来の夢を見るって事は予知夢であってる?」
「はい、そういう事になります」
「酷い夢・・・身内の不幸を、見たとかは・・・?」
「そういうものはまだ無いです。ただ、定期的に見るもので友人にも理解されないものだから誰かに聞いて欲しい・・そんな折、この相談室を見つけ立ち寄ろうと思ったのが事の次第です」
表情に変化が少なく人形の様な叶夢だが、少し固く、沈んだ声と口調でこの教室の来訪経緯を語る。透はまだ最悪な結末は訪れていない事に表情は崩さず、心の中で安堵する。そして、詳細を聞くため叶夢に問いかける。
一方の叶夢は、お伽噺のような自分の話を否定せず傾聴する透に驚き口が少しだけ緩んで開いていた。
「否定・・・しないのですね、こんな空想のような話に」
「詳細は後で話すけど、予知夢自体は一部の人間に実際に起こっているからね」
「自分みたいな人は他にもいる・・・」
「そう、僕も予知夢を見る人に合ったのは初めてだけどね。それで、詳しい予知夢の内容を聞いてもいい?」
「はい」
実際に自分と同じ症状の人間はいる。それを聞いた叶夢は、安堵し緊張の糸が解けたのか口が軽やかに動くようになっていった。そして、自分の見ているものの詳しい内容を流暢に話し始めた。
「基本的には日常の一コマです、登校風景や画面に映る映像数秒、時計を見ているだけの時もあります。普通の夢と違うのは視点です」
「視点?」
「はい、視点が少し違います。普段より少し高いのです。後は周期もあります。未来の夢を見て数週間から数ヶ月経過後に夢が現実になる。それまでの間では未来を見ない、現実後にまた未来の夢が見られます」
「そっかぁ。思っていたよりも細かいんだね、ありがとう」
詳細な夢の内容を聞き終えると透は前述していた予知夢についての説明を手を動かしながら開始する。
「これは僕の持論も入っているんだけどね、人間の脳は寝ている間も動き続けているんだ。寝ている間は記憶を整理していてね、その時に集めた記憶=情報からこれから起こる可能性のある事を演算=計算しているんだ。この計算は本来当たるかも分からないもので不必要だとすぐに忘れてしまうものなんだけど、君はそれを夢として覚えているって事なんだ。そしてその計算は見事的中してるって訳だ!」
「つまり・・・寝ている間、勝手に未来を予測してそれを覚えていると同時に的中していると」
「そういうこと!定期的に見るっていうのは、おそらく精度に波があるからなんだろうね」
「なんだか腑に落ちません、そんな凄い脳ならもっと勉強できてもいいと思うのですが」
「中村さんの頭脳は未来を計算する事に特化したものみたいだからね。そこはなんとも・・・。でも卑下しないで、未来を見るのには頭脳だけじゃない、君の思考パターン=考え方も大事なんだよ?」
「考え方?」
「そう、中村さんの考え方、もっと言えば中村さんの性格が持っている記憶と計算に噛み合ってできている事だから。誇っていいものなんだよ、秀でたスポーツがあるような感じさ」
「見えるものが平凡すぎて得がないようですが・・・」
「そこはさ、見方を変えて、中村さんの周りには平和な未来世界が続いてるって考えよう!」
「なるほど」
「どう、悩みは解決したかな?」
納得のいった叶夢は少し口角が上がっていた。悩みの種は解決し、今後も予知夢とはうまく付き合っていけるそんな晴れやかな気分であった。
「本日はありがとうございました」と一言礼を述べ会釈すると机の横にかけておいた鞄を手にし立ち上がる。椅子を入れ扉の前まで歩むと透が帰り際の叶夢に一言声をかけた。
「毎日は居ないけどまた、悩みがあるのなら何時でもここに来てくださいね」
それを聞くと叶夢も扉を開けながら透の方へ振り返り、一言返事を返した。
「ここが気に入りました。悩みならすぐにできますのでまた来ます。だって少女は悩みを持っているものですから」
扉の向こうから射す夕日に照らされた彼女の容貌は、杏子の花のようであった。
相談室を出た叶夢は足取り軽やかに階段を降り帰路につく。一方の透は最後に放たれた一言に驚きながらもすぐに調子を戻し
「それで貴女の悩みが尽きるのなら幾らでもどうぞ」
と少女が去った教室に声を投げるのであった。
こうして中学生活が続くまで生徒相談室へと足を通う予知夢少女とカウンセラーの長い付き合いが始まるのであった。
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