願いを叶えるシール

緋雪

第1話

 休日の午後、久しぶりに行ったチャイナタウン。細い路地を少し入ったところに、新しい小さなお店ができていた。大学の友人サラとの待ち合わせには、まだ少し時間があった。

「雑貨屋さん? 入ってみるか」


 中は、雑貨でごちゃごちゃしていた。チャイナというより、アジアン雑貨のお店なんだろうか、国籍不明の置物なんかもあった。

 いつもは、シンプルな物しか身に着けない私だが、意外とこういうのも嫌いじゃない。綺麗なストーンで作られたピアスや、ビーズがジャラジャラついたポーチ、カラフルな布で折られた肩掛けカバン。どれも面白かった。ただ、私のファッションに合わない。

 私ときたら、ボーイッシュなショートカット、白のTシャツに薄いブルーのジーンズ。何の飾り気もない。ここにワンポイントでカラフルビーズジャラジャラのカラフルな肩掛けカバン? 


 面白いけど、ちょっとね。と、店を出ようとして、ある物に目が止まった。

「可愛いな。何? ノート?」

それを手に取る。表紙に布が貼ってある。オレンジとピンクを基調としたクレイジーボーダーの、ボコボコした手触りの織布。こういう店にしては作りもしっかりしている。

 表紙を開けると、カレンダー。スケジュールを書き込めるようになっている。

「手帳。スケジュール帳か」

中心にリング。外してレフィルを足せば、一週間の詳しい予定も、メモも自由につけられる。所謂システム手帳だった。

「手帳か。どうせこれから必要になるしな」

そう思って、店の老いた女主人に尋ねる。

「これは幾らするの?」

「20ドル」

「20ドル? 高すぎない? 少し安くできない?」

すると、どこの訛かわからないけれど、酷く聞き取りにくい英語で彼女は答えた。

「20ドル。負け、ない、でも、プレゼントのつける。シール」

「シール? シールなんて要らないんだけど」

「『ねがいごと』かなう」

「なにそれ?」

「スケジュール書く。シール貼る。おまじない。成功かなう」

「成功したいスケジュール書いて、そこにシールを貼ると、叶うってこと?」

「そう、そう、そう」

彼女はそう言って、ピンク色の派手なラメの入ったシール10枚セットを見せた。枚数から言って、子供のおもちゃのネイルシールかなんかだろうと思ったが、なんだか面白そうで、つい買ってしまった。



「それって絶対騙されてるよ」

タピオカの入ったミルクティーを飲みながら、サラは笑った。

「まあいいかな。デザイン可愛いしさ」

私は、彼女に手帳を見せる。

「ふ〜ん」

暫くパラパラと手帳をめくっていたサラが、急に笑い出した。

「何? どうしたの?」

「これ、これ、これ」

手帳の最後のところ。裏表紙に、思いっきり「made in Japan」と書かれていたのだった。 



 帰国の予定が迫っていた。


 就職は日本ですると、留学前から親と約束していて、留学費用の半分以上を出して貰っている身だ。卒業すれば帰国するより仕方ない。


「日本に遊びに行く時には、よろしくね」

同室のリズやケイト、同じコースだったディビットやサムとも別れを惜しんだ。


「元気でね!」

空港まで見送りにきてくれたサラが、ハグしてくる。

「仕事はいつから?」

「9月からなの」

「そうなんだ。まだ時間はあるのね」

「でも、いろいろ準備しないといけないこともあってさ、ほら、これ見て〜」

「うわ〜、凄いわね〜。スケジュール、ギッシリじゃない」

「でしょ?」

私が笑って、スケジュール帳を鞄にしまおうとして、ふと思い立つ。

「サラ、これ、半分あげる」

「何? あ、例のネイルシール?」

「願いが叶う『おまじない』らしいよ。」

私が笑いながら言うと、サラも笑った。

「変な『おまじない』だよね。でも、成功したいときに、手帳に貼ることにするわ」

「ロバートに告白する時とかね」

「ん、もう!!」

私達は、笑って別れた。



 仕事は既に決まっていて、その前に住む部屋を探したり、いろいろ買い出しをしたり、とにかく忙しく、私のスケジュール帳は、またぎっしりになった。


 9月からは、こっちの新しい手帳にするつもりだ。怪しいクレイジーボーダーの、布表紙の。社会人にしては派手過ぎるかな?と思ったけど、インパクトがあるから、自分のことを売り込むきっかけになるかもしれない。そう思った。

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