第24話 俺は心優さんと偽りの関係を決める。


「どうかしたの? 蒼太君。知り合いでもいた?」


 俺の挙動から、心優さんはそう推察したようだ。


「はい。クラスメイトの男子が奥のテーブルにいます。あっ、見るときはチラっと見てください。俺が気づいたことを気づかれたくないので」


「そうなの? 分かった。……チラっ」


 いちいちチラっと言って、奥のテーブルをチラッと覗き見る心優さん。

 その茶目っ気は可愛いはずなのに、俺の今の精神状態が素直にその可愛いを受け入れられない。


 まさかクラスメイトの男子達とここで会うとは思わなかった。

 いや、それを言うなら本屋で射手園部長と遭遇したのだって同じだ。


 つまり、こういった状況を想定していなかっただけであり、実際にはいとも簡単に起こり得ることだったのだ。


 幸いなのは射手園部長と会ったとき、俺のとなりに心優さんがいなかったことだろう。もしも心優さんがいた状態だったらと考えて、ぞっとする俺。


 今後のことも考えて決めなければならない。

 俺と心優さんの〝関係〟を。


「心優さん、俺と心優さんってどういう関係なんですかね」


「い、いきなりどうしたの? 藪から棒に」


 唐突な問いに面食らったような心優さん。なぜか顔を赤くさせる。


「あそこのクラスメイト。そんなに親しいわけじゃないんですけど、もしかしたら明後日、俺と心優さんの関係性を聞いてくるかもしれません」


「え? いちいちそんなこと聞いてくるかな」


「可能性としては排除できません。俺みたいなモブキャラが心優さんみたいな年上の美女といたら、一体どういう関係なんだと疑問を抱くのは間違いないですから」


「蒼太君がモブキャラ…………モブキャラって何?」


 知らないのか。


 俺は心優さんに、モブキャラがなんなのかを説明する俺。すると心優さんが整った顔に真剣な表情を乗せる。


「自分のこと、そんなにへりくだるのはよくないと思う。蒼太君は雑魚でも地味な脇役でも、ましてや背景だなんて絶対にない。私にとっての蒼太君はオンリーワンの恩人で物語の主人公だよ。だから約束して、自分のことを絶対に卑下しないって」


「は、はい」


 がっつり叱られる俺。

 そのあと小指と小指でゆびきりげんまんして、めでたしめでたし。


 ――じゃないっ。


「関係性ですよ、関係性っ」


「関係性って何?」


 ええぇぇっ?


「だから、俺と心優さんの関係って何なのかという話です。奥のテーブルのクラスメイトに限った話ではなく誰かに関係性を問われたとき、どう答えればいいですか?」


「あ……そうだったね。私と蒼太君の関係…………ご主人様と奴隷とか?」


 ちょっと想像してしまった自分に罪悪感。

 ――ってっ。


「違いますっ。そういう主従関係とかじゃなくて、親子とか姉弟とか友達とかそういう関係のことですよ」


「あ、そっちの関係ね。やだ、恥ずかしい」


 照れをごまかすように水を飲む心優さん。


 え? さきのマジで言ったの??


「で、改めて俺と心優さんの関係なんですが、どういう関係なんですかね」


「え? 私と蒼汰君の関係……居候は違うよね」


「ええ。居候は〝状態〟であり、〝関係〟ではない思います」


「だよね。じゃあ、友達?」


 普通の感覚からいって、男女が同じ部屋に寝泊まりしていて友達とは言わないだろう。なら恋人かとなるが、それも違う。交際を申し込んだ覚えもなければ、申し込まれた記憶もない。


 なのに、一緒の部屋で寝泊まりしている。

 ここが最大の、〝不可解さここに極まれり〟である。


「友達でも恋人でもないですよね? でもそうは言っても、どっちかしかないんですよね」


「どっちかしかないなら、どっちかに決めるしかないよね。……蒼太君はどっちがいい?」


 うわ、先に聞かれた。


「え? ど、どっちか選ぶっていうなら……こ、こ、こ、こ、こい――」


 待て、俺。その先を本当に言っていいのか。

 俺が恋人と言って心優さんが万が一そうだねと頷いた瞬間、スーゼリアにてカップル成立である。


 恋人になれば、当然してもおかしくはない行為の数々も解禁となり、遠慮する必要もなくなるだろう。(おっぱい)の谷間でエンジョイだってしたい放題だし、もっとすごいことだってできるかもしれない。


 でも――それは、違う。


「こい――何? ……はっきり言ってもいいよ」


 心優さんは優しく促してくれる。

 恋人と言っても嫌な顔はしないだろう。むしろ、自然に受け入れてくれるような気がする。


 でも――やっぱりそれは違う。

 

 他者の目を気にして体裁を整えるためだけに、今ここで心優さんと恋人にはなりたくはない。たとえ順序が逆だろうとも今はまだ、〝年上のお姉さんにどきどきしてエッチな妄想に浸る童貞野郎〟のままでいたい。


 


「すいません。なんでもありません。は言いません」


「蒼太君……。分かった。今度また聞くね」


「はい。あの、思ったんですけど、偽りの関係を決めて置けばいいんじゃないですか?」


「偽りの関係?」


「はい。他者への体裁を整えるためだけだったら、別に嘘の関係でもいいと思うんですよ。例えば、姉弟とか親せきとか」


「そうだね。それでいいかも。でも姉弟は嘘でも嫌かも。嘘ついているうちに本当に姉弟みたいな関係になっちゃうかもしれないし」


 そもそも顔も、どこのパーツを取っても全然似てないし無理があるか。


「だったら親戚にしましょう。心優さんは、俺の母親のお姉さんの娘さんという設定はどうですか? 従姉いとこです」


「うん。それでいいよ。姉弟ほどフランクで緊張感のない関係じゃないし、対外的と考えればいいかもしれない」


「それに従姉なら心優さんって呼んでも、変じゃないですからね」


 これで俺と心優さんの偽りの関係性は決まった。

 

 なぜ、俺の部屋に泊っているかは、家賃の節約のためにという理由でいいだろう。  従姉とはいえ六畳一間に一緒に住めるものなのかという疑問はあるが、そこは姉弟のように仲がいいからで通せば問題ないはずだ。


「あ、食事きたよ」


 丁度、偽りの関係が決まったところで食事がきたようだ。

 何やら、後ろで変な音楽が流れている。見ると、配膳ロボットがそこにはいた。


 俺の知らない間に、ファミレスにハイテクの波がきていたらしい。

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