第22話 俺は本屋で私服姿の射手園さんに遭遇する。
ホームセンターで購入した物を一旦、車へと運び、俺と心優さんは併設するスーパーマーケットへ足を運ぶ。
「買う材料とかは決まっているのだけど、蒼太君も一緒に回る? もしもあれだったら、隣の本屋とかにいてもいいよ」
〝あれ〟って便利な言葉だよなと思いつつ、俺は「ではお言葉に甘えさせてもらって、本屋にいます」と心優さんの配慮を素直に受け取る。
「うん。買い物終わったら、そっちに行くね」
「はい」
別れ際にぶんぶんと手を振ってくる心優さん。
となりの本屋に行くだけですけど。
◇
本屋の雰囲気が俺は好きだった。
陳列された大量の本が視覚を満足させ、その本から発せられる紙の匂いが嗅覚を喜ばせる。集まる人間は総じて俺のような本好きかと思うと、妙な親近感も沸き、静かで落ち着いた空間に居心地の良さも覚えるのだった。
最近はカフェのある本屋も増えてきたが、やはり俺は本に注力した本屋が好きだ。余計なものはいらない。本の海にダイブするこの感覚は何ものにも代え難い。
この本屋、いいな。規模も大きいし。
俺は初めて来た本屋に合格認定を与えると、お目当てのコーナーへと向かう。
お目当てのコーナーとは、もちろんラノベが陳列されている売り場だ。
アニメが放映中で人気急上昇中のあの異世界ファンタジー。
コミカライズが決定し、今最も勢いのある同棲ラブコメ。
ウェブで火がついて瞬く間に書籍化されたあの現代ドラマ。
そのほかにも話題の続刊、新刊が置いてあるに違いない。
どうやら漫画の棚のすぐ隣がラノベのコーナーのようだ。
漫画とラノベの親和性は高い。この本屋は分かってる。それもまた好印象だ。
俺は漫画ゾーンを抜け、ラノベ売り場へと入る。
新刊コーナーの前に誰かが立っている。
女性だ。ボルドーのミニスカートから伸びるスラっとした足が美しい。その足の先にはこれまたボルドーのスニーカー。色を合わせているのだろう。
上は白のスウェットで、ボルドーとの組み合わせが抜群に光っている。なかなかのオシャレさんのようだ。
髪はナチュラルブラウンのショートボブ。その髪の毛とスウェットの間にちらりと見える首筋がなんとも……ってあれ? なんか見たことあるような――。
俺はその女性を横から見る。
するとその女性も俺に気づいたのか、こちらを向き、
「磯山君?」
「やっぱり射手園さんでしたか」
まさかの射手園部長との遭遇。
後ろ姿だけでも可愛いのは間違いないと確信していたが、まさか射手園部長だったとは。さすが学校で可愛い女子三人に選出されるだけのことはある。私服も完璧なようだ。
「ほんとに磯山君なんだ。なんか新鮮。制服姿のキミしか見たことないから」
「それはこっちもですよ。その、とても似合ってます。私服」
射手園部長の瞳が一瞬大きく見開いた。
耳も若干、赤くなったような……。
「ありがとう。……この本屋にはよく来るの? 私は暇さえあれば来ているけど、今まで磯山君には会ったことないよね」
暇さえあれば来るということは、家が近いのだろう。
「この本屋は初めてきました。隣のスーパーに買い物にきたついでに寄ってみたんです。いい本屋ですよね。本のための本屋って感じで俺、好きです」
「同感。だから私はこの本屋によくきては、こうやってラノベを眺めてる。いつか私もこの本棚にデビュー作を並べてやるんだって思いながら」
十代でのプロデビューを公言している射手園部長。
公言するだけのことはあり、いくつかの新人賞で何度か最終選考にも残ったことがある。だから彼女のそれは大言壮語ではなく、確約された夢とも言えた。
「俺にはすでに見えますよ。射手園さんのラノベが平置きされている光景が。もちろんジャンルは、射手園さんが得意とする中華風ファンタジーです」
「ふふ。磯山君の未来予測の精度が正しいといいのだけど」
「けっこう俺の予知って当たるんですよ。最近も、ノベルドのある作品が、これ伸びるなって思ったら、案の定、日間ランキング一位になっていましたし。そういうことは多いです」
「それは磯山君がちゃんとウェブ小説を読み込んでいるからじゃないかな。私みたいに流し読みしていると、その作品の売れる要素とか探ろうとしないから」
「読み込んでいるのは、あまりにも自分の小説が読まれないから、色々読んで勉強しようっていう気持ちゆえですかね。俺、射手園さんみたいに文才もなければ文章力も低いので。ははは」
悲しくはなるが、それが現実だ。
俺は努力でしか上には進めない。でもその努力で進める上には限界があって、天才はその上をやすやすと超えていくものだ。
その天才が射手園紅。
それは間違いないし、そうであってほしかった。
「磯山君は作家にはなろうとは思わないの?」
「漠然となれたらいいなって思うことはありますけど、そこまで拘っていません。大好きなラノベを趣味として書けるのであれば、それだけで満足です」
「そう。――私ね、流し読みは多いけど、もちろんそうじゃないときもあるの」
「え?」
唐突に話が逸れたような気が……。
「だから、たまに読み込んでしまう作品に出会うことあるの。私には書けない、だからこそ惹かれるものがあって、夢中になって精読して」
「そうなんですか。でも羨ましいな。射手園さんを夢中にさせる作品を書ける人が」
「磯山君もだよ」
「そうなんですか。…………え? 今、なんて……」
「だから」射手園部長が視線を横にずらした。「磯山君も私を夢中にさせる作品を書ける一人だと言ってる」
予想外のことで、うまく反応ができない俺。
だが俺の作品が褒められているのは間違いない。だったらこう言えばいいだけじゃないか。
「あ、ありがとうございます」
少し間が空き、
「うん。あ……」
「……?」
「磯山君のSF楽しみにしてるね。それじゃまた部活で」
「は、はい」
俺のとなりを横切っていく射手園さん。
ラノベコーナーの前ということもあり、もっとラノベについて話したかったのだが、しょうがない。
射手園さんが本屋から出ていくタイミングで、心優さんが入ってくる。
きょろきょろとしている心優さんに手を振ると、彼女が俺に気づいた。そして表情をぱぁっと明るくさせて、両手いっぱいの買い物袋を頭上に掲げるのだった。
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