第20話 俺は心優さんの運転に恐怖を覚える。
誰かの運転する車に乗るのは何年ぶりだろう。
父親の車以来だから五年は経っているだろうか。けっこう大きな車だったような気がするが、もしかしたらSUVという車種だったのかもしれない。
一方、心優さんの車はこじんまりとした軽のハイトワゴン。とはいえ、室内空間は軽とは思えないほど広く、乗り心地も悪くはなかった。後部座席の交通安全祈願コーナーがアレだが、総じていい車だと思った。
となりを見れば、鼻歌交じりで運転している心優さん。
どうやら車を運転することに不安を抱いてはなさそうだ。初心者マークも付いてないことから、運転歴は一年以上。仮に毎週運転していれば、運転技術もそれなりのレベルに達しているのではないだろうか。
「心優さんって車の免許をいつ取ったんですか?」
「私? 大学二年のときだから二十歳かな。就職する際に有利かなって思って取得したの。今の会社には全然、関係なかったけどね。通勤も電車だし」
「そうなんですか。運転は二十歳のときからずっと?」
「うん。実家にいるとき親の車で、一人暮らしを始めてからはこの車。でも、そこまで車好きじゃないからほとんど乗ってなくて、今だって月に二、三回、近くのふれあい野菜市場に行くくらい。ちなみに今月はこれが一回目の運転だよ」
「はあ、そうなんですか」
今日は七月十四日。二週間以上運転していなかったわけか。
しかも運転といっても、家と近くのふれあい野菜市場との行き来だけ。
つまり現在の心優さんはサンデードライバーにも届かない、ほぼペーパードライバーということになる。急に不安が胸中を過り出す。
だが、運転自体は得意なのかもしれない。でなければ、今まで家とふれあい野菜市場との行き来だけだった人が、車で出かけようなどとは言わないだろう。
そうだ。心優さんは色々残念だけど、車の運転は残念じゃないのかもしれない。
「あ、そうそう、実はここにくるとき車を二回くらい擦っちゃった。お金勿体ないから修理しないけどね」
だめだ。車の運転も残念なようだ。
ていうか二回も擦った人が、さも運転など余裕かのように鼻歌を歌わないでほしい。
「に、二回も、ですか? 一体、どこでどうやって?」
「狭い道通ってるとき、対向車から離れようとして縁石に擦ったでしょ。あとは狭い交差点左折するとき、鉄のポールに擦っちゃった」
ちっこい軽自動車なのに、狭いところが苦手らしい。
でもそんな擦ったあと、あったっけか?
多分、あったのだろう。車の全体像をパッと見たあと内装に目がいってしまったので気づかなかったのだ。
「それはショックですね。大事な車が傷ついたんですから」
「そうだねぇ。でも元々大事故だったかもしれないのが、交通安全祈願のおかげで二回擦るだけで済んだって思えば、なんてことないよ」
後ろの交通安全祈願コーナーにそんな効力ありますっ!?
仮にあったとして大事故が二回って、それはそれでやばいんだけど。
もはや助手席から、ぼんやりと景色を眺めている余裕はなくなった。
俺の意識は心優さんの一挙手一投足へ向けられる。
すると、さっそく気づいたことがあった。心優さんは頻繁にナビに目を向けているのだ。多分、十秒に一回くらい。行先であるホームセンターへのルートが気になってしょうがないようだ。
「けっこう見てますけど、ルートが複雑なんですか?」
「ううん。そんなことはないけど、曲がる交差点を絶対に間違えないようにって思って」
で、またナビを見る心優さん。そのナビを見る限り、二キロ先の交差点を右折するまでずっと直進である。音声案内だってするだろうし、そんなに確認する必要があるとは思えない。
と思っている内にまたナビに視線をやる心優さん。
すると、ゆるやかな右カーブが目前に迫る。しかし、ナビを見たままの心優さんはステアリングを右に回すことをしない。
え? このままだとガードレールに――っ!?
「心優さんっ、前、前っ!」
「わっ」
すんでのところで車はガードレールに当たらずにすんだ。
――危なかった。心優さんも気づく寸前だったような気がしたが、それでも俺が言わなければ、ヘッドライトあたりを擦っていたかもしれない。
そしてこれは絶対に言わなければならない。
「み、心優さん、前を見て運転しましょうっ。万が一、人にでも接触したら大変ですから。ねっ?」
「う、うん。分かってるんだけど、ナビが気になっちゃって。右折する交差点を通り過ぎたらって思うと、つい」
「大丈夫ですよ。音声案内だってあるでしょうし」
「でももしも音声案内の女性が指示を忘れたらどうするの? 私、ずっと直進しちゃう」
まるで、女性がカーナビの中に入っているかのような言い方の心優さん。
カーナビの不調で音声案内が流れなかったら。が正しいと思う。
「だったら、ナビは俺に任せてください。曲がるべき交差点が来たら俺が指示しますので、心優さんは運転に集中です」
「あ、それなら安心かも。頼りにしてるね、蒼太君」
「はい、任せてください」
ふと俺は思う。
心優さんは自分のアパートから俺のアパートに来るまでもナビを使ったのだろうかと。
いや、使っただろう。
俺のアパートを探して二時間迷い続けた彼女が、ナビなしで俺の家に辿り着けるわけがない。その際、車には心優さん一人だったのも間違いないはずだ。
つまり二回擦ったのは、ナビを頻繁に見ながら俺のアパートに向かっていたからではないだろうか。多分、合ってる。だったら今後も車でどこかに移動となった場合、俺がナビ役に徹すれば、快適なドライブを楽しむことも可能かもしれない。
前方の信号が赤になる。
すると心優さんがブレーキを踏む。
強めに踏んだからか、車がカックンとなる。
そのカックンブレーキを四回したところで車は、ようやく止まった。
前言撤回。
快適なドライブは無理のようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます