第17話 俺は心優さんの作ったラピュタパンを食べる。


「いや、好きとかそんなんじゃないですよっ。あれ? 俺、そう思わせてしまうようなこと言いましたっけ?」


「ううん。ただ、射手園さんのことについてよく話すなって思って。興味のある人じゃないと、普通そんなに話さないんじゃないかな」


 それには理由があったんだが、話せないもどかしさよ。

 

 ――それにしても、まさか好き嫌いの話になるとは思わなかった。仮に俺が射手園部長のことを好きだったとしても、彼女が俺に好意を寄せているなどあり得ないだろう。


 射手園部長は紅御前。言い寄る男を問答無用で切り伏せる女侍だ。恋愛している暇があるならライトノベルを書くなり読むなりして、夢に突き進むはずだ。


 綺麗なのにもったいないと思ったことはあるが、いずれ恋する乙女になるときだってあるだろう。今がそうじゃないだけなのだ。おそらく。


「な、長沼のことについても聞きますか?」


「え? そう、だね。一応」


 射手園部長のときと同じくらいの熱量で長沼のことを話さなければならない。でなければ、それこそ俺が射手園部長に興味があると思われてしまう。


「長沼なんですけど、あいつはラブコメバカでして――」


「スゥ、スゥ……」


 いや、寝てる!?

 

 長沼には関心ゼロっ。はい、分かりました!


 ――それにしても寝るの本当に早いな。俺なんて、寝つきが悪くて布団に入ってから三〇分起きてることだってザラなのに。羨ましい限りだ。今度、速やかな入眠のコツでも教えてもらおうか。そんなものがあればの話だが。


「スゥ、スゥ……」


 熟睡といった感じの寝息である。

 もう、腕を抜いても大丈夫だろうか。心優さんに聞かれたときは大丈夫と答えたが、ぶっちゃけ痛い。寝ているのだし、強がる必要もない。


 俺はそっと右腕を心優さんの頭から引き抜く。その過程で俺は心優さんの顔と向き合う状態となった。


 とにかく近い。

 俺の鼻と心優さんの鼻の距離は、一五センチあるかないかだろう。


 心優さんの薄紅色の唇から温かい寝息が漏れ、俺の鼻先をなでる。

 頭の後ろにはまだ余裕があり離れられるというのに、俺はその場に留まったまま心優さんに寝息を感じ続ける。若干、背徳的に感じてしまうのはなぜだろうか。


 心優さんの無防備な口。

 うっすらと開いたその隙間から十数度目の吐息が吐き出される。

 徐々に温かさが増していくのは、さきよりも心優さんの顔が近くなっているからだ。


 もちろん、心優さんのほうから近づいてきたのではない。俺のほうから距離を詰めたのだ。


 今や、すでに鼻と鼻がくっつきそうなくらいの位置関係となっている。


 待て。俺は一体、何をしようとしているんだ?


 俺は自問には答えずに、自らの唇を心優さんの唇に合わせようと――……。


「どうぞこちらにぃおすわりくださぁい。わたくしぃ、ビューティーアドバイザァのぉ、チェリー・ワッフル・テニスともうしますぅ」


「……は、はは。誰だよ、チェリー・ワッフル・テニスって……」


 すんでのところで自制の働いた俺は、自己嫌悪に陥りながら心優さんに背を向ける。


 明日はローテーブルのほかに、心優さん用の布団も買おう。

 俺はそう、心に決めたのだった。



 ◇



「じゃーん。朝ご飯はラピュタパンでーすっ」


 次の日の朝である。

 昨日同様に俺よりも早く起きていた心優さんは、これまた昨日と同じように朝ご飯を作ってくれたのだが、それがラピュタパンなるものだった。


 食パンの縁を囲むようにマヨネーズがひいてあり、真ん中には目玉焼きが乗っている。その状態を焼いたのが目の前にあるのだが、これはうまそうだ。


「めちゃくちゃおいしそうですね。でもラピュタパンってなんでしたっけ? 聞いたことある気はするんですが……」


「それはそうよ。だってあの――」と心優さんが国民的アニメ映画のタイトルを口にする。それを聞いてしまえば、あああれかとなるわけで、どうやらそれを再現したらしい。


 あれ? でも――。


「マヨネーズと卵なんてありましたっけ? これもボストンバッグに入れて持ってきたやつですか?」


「違う違う。もし持ってきていたら冷蔵庫にいれてるし、そもそも卵は持ってこないよ。割れちゃうし」


「ですよね。じゃあ一体どこで……」


「朝、買ってきたの。昨日のコンビニで」


「えっ? コンビニに行ってきたんですか?」


「うん。でも大丈夫だよ。迷ってないから」


 別にそこは心配していない。

 目と鼻のさきのコンビニ行くのに迷ってもらっても困る。


「わざわざ、なんかすいません」


「いいのいいの。朝の散歩も兼ねてで、いい運動にもなったし」


「そうですか。ならよかったです」


「着替えるのも面倒くさくて、パジャマにカーディガン羽織って行ったけどね」


 全然、よくないっ!!

 絶対パジャマのダサさ、カーディガンで隠しきれてないですもんっ!


 朝のコンビニに、ピンクの骨パジャマを着た綺麗なお姉さんがやってくる。

 そんな噂が立つ前に注意しておいたほうがいいだろう。心を鬼にして。


「あ、あの、心優さん」


「なぁに?」


「確かにそこのコンビニに行くだけで着替えるのは億劫だと思いますけど、パジャマのままはどうかなって思います」


「え、でもカーディガンは羽織ってるよ」


「そうですけど、そのパジャマってすっごい……」


「すっごい……なに?」


 ダサいじゃないですか。そんなダサいパジャマで行ったら笑われますし変な女って思われますよ。


「オシャレじゃないですか。そんなオシャレなパジャマを見れるのは俺一人でありたいんですよ」


「え……そ、そんな風に思ってくれてたんだ。確かにこのパジャマはオシャレだから、だからこそパジャマのままでいいかなって思ってたけど、蒼太君がそういうなら止めておくね」


 ナイス軌道修正、俺っ。

 ……しかしその美的感覚でよく美容部員をやっていられるな。

 

 ちゃんと仕事ができているのか、漠然とした不安を抱く俺だった。

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