第16話 俺は心優さんと太くて硬いものについて話をする。


「いえ、それ使えるかもしれません。ただ勝手に移動したではなく、何者かが何らかの理由で動かしたという設定だと面白くなりそうです」


「何者か……誰だろ?」心優さんが顎に人指し指をあてて一考。そして「隣人とか?」


 それだとホラーでは!?


「いえ。何者かは今の段階では全く決まっていませんが、例えば妖精とかそんな超常的な存在でもいいですね」


「妖精さん! いいねいいね、ちょっと不思議って感じ」


「はい。それで……もう使う気なんですけど、この心優さんの案、使ってもいいですか?」


「もちろんっ。でもなんか嬉しいかも。私の案が蒼太君の創作の役に立てるなんて。これも一応、恩返しになるのかな」


 そうだった。

 心優さんは俺に恩返しをするために、この部屋に寝泊まりしているんだった。


「なりますよ。俺、いつもテーマや題材でかなり悩むんですけど、心優さんのおかげで一瞬で決まりましたから。ありがとうございます」


「いえいえ、お構いなく。それで今からもう書くの?」


「そうですね。一時間くらいは集中して書いてみようかなって思ってます」


「そっか。じゃあ、私は静かにこれ読んでるね」


 心優さんは俺の気持ちを察したかのように、元いた壁際に戻る。

 すると体育座りをして、『ヒキニート転生 ~異世界行ったら少しくらいはやる気を出そう思う~』の続きを読み始めた。


 なろう系の異世界ファンタジーになんら抵抗がなさそうな心優さん。俺にはそう見えた。ならばと脳裏に過る思惑。それは俺の書いた小説を読んでもらい、感想を頂くというものだった。


『ノベル・ミーツ・ワールド』、略してノベルドで各話に対してのコメントをもらうことはあった。しかしどれもこれも短文であり、なかには誤字や脱字を指摘するだけのものもあった。


 つまり、全てを読み終えたうえでの感想をもらったことは今まで一度もない。俺はその感想が欲しかった。純粋な読専視点での読了後の感想が。


「あの、心優さん……」


「なに? 蒼太君」


「あ、いえ、なんでもありません」


 不思議そうに小首をかしげる心優さんから俺は視線を外すと、再びパソコンのモニターに向き合った。


 まだだ。まだ早い。

 もっとラノベに触れてもらって、ある程度の知見を得てもらってからのほうがいいだろう。うん、そうしよう。


 一時間後――。


 寝る時間である。

 あくびをかみ殺す心優さんがトイレから戻ってきた。

 そして布団の前で立っている、緊張感MAXの俺の横に並ぶ。


「どうしたの? 布団に入らないの?」


「は、入りますよ。また俺、壁側でいいんですか?」


「うん。いいよ。私は廊下側」


 寝返り打って畳で寝ていたことは覚えていないのだろうか。顔に模様のごとく畳のあとだってつけていたのに。もしかして俺に遠慮して、敢えて廊下側を選んでいるのかもしれない。


「あ、あと、枕。すいません、昨日、俺、普通に枕使っちゃってて。今日は使ってください。あ、でも臭いかな……それでも良ければ」


「枕は蒼太君が使っていいよ」


「やっぱり臭いから嫌ですよね」


 ちょっぴりショックな俺。


「ううん。そうじゃなくって……私用の枕ならあるかなぁって」


 枕を持っていたのか。

 でも何か含んだような言い方が気になる。


「あったんですか? 枕。だったら昨日も使えば良かったんじゃないですか」


「昨日は初日だったし、そこで求めちゃうとさすがに大胆かなって」


 求める? 大胆? 話が見えてこないのだが。


「あの、すいません。ちょっと意味が分からなくて。心優さんの枕ってどこにあるんですか」


 すると心優さんが俺の右手を持ち上げると、その右手の前腕に頬をピタっと付けた。


「ここにあるよ。


 はいっ!?

 いやいやいや、二日目でも充分に大胆だと思いますけどっ。


「じ、冗談ですよね?」


「ううん。本気」いたずらっぽい笑みを浮かべる心優さん。その顔をやや俯けてからの上目遣いで「……ダメ?」


 ずるい。

 童貞男子が綺麗なお姉さんにそんな聞きかたをされて、ダメですなんて言えるわけがない。


 ――そして二分後。

 布団で横になる俺の腕には心優さんの頭が乗っていた。


 ちなみにさきほど心優さんが頬を付けていたのは前腕だが、今はいわゆる二の腕だ。しかもお姉さんは俺のほうを向いているので、その距離の近さたるや言うまでもないだろう。


 頬が焼けるかのように顔の右半分に視線を感じる。

 何か話さなくては。


「あ、あの、俺の腕枕で寝れるんですか? 貧相な腕ですし硬いと思うんですけど」


「え、全然細くないよ。太くて硬くて丁度いいから大丈夫だよ。蒼太君こそ腕、痛くない?」


 ちょっと痛い。けどまだがんばれるっ。

 ちなみに太くて硬いのは、もちろん腕のことである。


「だ、大丈夫です」


「良かった。――ねえ、蒼太君」


「はい、なんでしょうか?」


 俺は天井を見ながら受け答えをする。

 この状況での腕枕の利点は、心優さんと顔を合わせなくていいことである。もしもこのほぼゼロ距離で面と向かってしまったら、俺は平静でいられないだろう。


「学校、楽しい?」


「学校、ですか。うーん、あんまり楽しいとか思ったことないですね。ただ行ってなんとなく授業受けて時間になったから帰るみたいな。あ、でも、部活は楽しいですよ。むしろそれだけかもしれません」


「蒼太君、ラノベ大好きだもんね。同じようにラノベ好きの人と一緒に活動するんだからそれは楽しいよね」


「はい。俺のほかに部員は二人しかいませんけどね」


「少ないんだね。あと二人っていうと、部長と部員かな」


「はい。俺の一個上の射手園紅って人が部長で、俺と同学年の長沼智樹ってのが部員です」


「射手園紅……さんって、女の子?」


「はい。射手園部長は――……」


 と俺は彼女についてのことを心優さんに話す。

 

 小学二年生からラノベに触れてきた筋金入りのラノベ好きであること。

 その好きが高じて一〇代でのプロデビューを公言する夢見る少女であること。

 

 学校で可愛い女子三人に選出されたことのある、ショートボブの似合う容姿端麗な先輩であること。


 しかし恋愛には全く興味がないのか、言い寄ってくる男子をばっさり切り捨てるその様から、くれな御前ごぜんの異名を付けられていること。

 ――などなど。


 ちょっと話し過ぎたかもしれない。

 それもこれも話をすることによって、この危ういシチュエーションの雰囲気に飲まれないためだった。


「へえ、可愛いんだ。射手園さん。……蒼太君はもしかしてその射手園さんのこと好きなの?」


 どうしてそうなる!?

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