第14話 俺は心優さんの車で出かける約束をする。
「はぁ、いいシャワーだった。蒼太くんちのシャワーヘッドから出るお湯、湯舟に浸かる必要なんてないくらい本当に熱くて気持ち良かったよ」
殊更に、俺の部屋のシャワーヘッドから出る熱いお湯を褒めてくる心優さん。
別にどこの家のシャワーヘッドだろうが、同じお湯が出るんだが……。という当たり前の返答を俺は飲み込む。
さきほどの、〝熱いお風呂に入ってゆっくりしたい〟という発言を失言だと思っての、心優さんなりの優しさだろう。あからさま過ぎるのがアレだが、嫌な気持ちになるはずもない。
「じゃあ、飯食べましょうか。レンチンするものありますか?」
「えっと、コーンポタージュだけかな」
「分かりました。心優さんは座っててください。俺、用意しますんで」
「え、私やるよ。居候なんだし。蒼太君こそ、座ってて」
「いえ、それくらいやりますよ。居候って言ったって俺の召使いじゃないんですから」
「でも……」
「いいから座っててください」
俺がぴしゃりと言ってのけると、心優さんは「はぁい」と素直にローテーブルの前に座った。
ちなみに恰好は昨日と同じ、ピンクの骸骨パジャマだ。もしかして今日は心優さんの色気と可愛さに相応しいパジャマかもしれないという淡い期待は、三十秒前に砕け散っていた。
ホントになんで、そのパジャマなんだろうか。
「でも、本当にごめんね。今日は晩御飯作るはずだったのに、またコンビニになっちゃって」
「別に大丈夫ですよ。元々、ほとんどコンビニとか出来合いのもので済ませていましたし」
「そうかもしれないけれど、いきなり約束破った自分が情けなくて腹ただしくて、もう切腹したいくらい」
すごい比喩だ。
しかし最大級の反省であることは伝わってきた。
「明日、作ってくれればいいですよ」
「うん。朝も夜も絶対作るから。もし約束破ったら、私のこと百発くらい思いっきり殴っていいから」
「殴るわけないじゃないですか。しかも百発って……」
俺は引き攣った笑みを浮かべつつ、温まったコーンポタージュとその他の食品を持って居間に戻る。
昨日も思ったことだが、ローテーブルが狭くて物がぎゅうぎゅうだ。今後のことを考えたら、もっと大きいローテーブルを購入したほうがいいかもしれない。
「このテーブルちょっと狭いよね。あっ、明日って土曜日じゃん。仕事休みだし、私、もっと大きいローテーブル買ってきてあげる」
どうやら俺と同じことを思っていたらしい。
ローテーブルは二人にとって必要なもの。だから心優さんが買ってくれるようだ。
それはそうと、俺も明日は学校は休みだ。もうそろそろまたアルバイトをしなければとフリーペーパーで探そうと思っていたが、日曜日でもいいだろう。
お母さんからの仕送りはあるが、生活の全てをそれに頼りたくはなかった。
「迷惑でなければ俺も一緒に行きましょうか? 俺も学校休みですから」
「ほんとに? 今、私のほうから誘おうと思っていたの。えー、嬉しいな。蒼太君とのお出かけ」
破顔する心優さん。
本当に嬉しそうだ。あまりにも正直な感情を表してくるから、こっちが恥ずかしくなってくる。
「どこに行きます? ローテーブルってなると、ホームセンターがいいですよね」
「うん。国道16号沿いにあるからそこに行こう。ついでにとなりのスーパーでお米とか食材も買っちゃおうかな。まとめて済ましたほうがいいよね」
あれ? もしかして。
「16号沿いって、もしかして車で行くんですか?」
「もちろん。さすがに歩いては行けないし、行けたところで持ち帰るの大変でしょ」
車を所有している心優さん。さすが、綺麗でおっぱいの大きいお姉さんだ。
綺麗は関係ないか。いや、おっぱいの大きさも関係ない。それはさておき――。
「そうなんですけど、車って心優さんのアパートのほうにあるんですよね?」
「あ……そ、そうだったぁ」ガックシと肩を落としうつむく骸骨お姉さん。しかし刹那の速さで顔を上げると、「車だけ取りに行こうっ」と持ち直した。
「取りに行くんですか? でも、暴漢の件もありますし……」
心優さんが俺のアパートに寝泊まりしている最大にして唯一の理由。それは〝逃げた暴漢が家に来るかもしれない〟という恐怖からだ。ゆえに、車を取りに行くのも危険といえば危険だろう。
「それなら大丈夫。車のキーなら持ってるから。部屋に行かずにささっと車に乗って戻ってきます。それとアパートに近づいたら、近くに怪しい男の人がいないか充分に気を付けるよ」
「そうですか。なら、まあ、安心ですかね」
しかし、車を取りに行くのはいいとして別の問題が浮上する。
車をどこに停めるか、だ。まさか俺のアパートの前に路駐しておくわけにもいかない。それを心優さんに伝えると、
「それも大丈夫だと思う。蒼太君のアパートの近くに時間貸駐車場があったから。駅に行くときに見たんだけど、駐車後二四時間が最大で五〇〇円だった。駅から遠いから安いみたい」
どうやらそこに停めるらしい。
五〇〇円の出費があるものの、〝どこに停めるか問題〟はこれにて解決した。
でも車か。
妙な不安感が脳裏をかすめるが、その原因が分からない俺だった。
◇
「ナビアプリに蒼太君のアパートを登録っと。できたー」
御飯を食べ終えてあと、俺はナビアプリの登録を心優さんに進めた。また駅から俺のアパートに帰るときに迷わないように。
苦戦していたようだが、その登録がやっと終わったようだ。
「終わりましたか。これでもう迷わずに帰ってこれますね」
「うん。これで迷ってまた蒼太君に電話するなんてなったら切腹します」
だからなぜに切腹!?
ハラキリがマイブームっぽい心優さんは、そのあと『ヒキニート転生 ~異世界行ったら少しくらいはやる気を出そう思う~』の続きを読み始めた。
真剣な表情の心優さん。綺麗なお姉さんでもハマれる『ヒキニート転生 ~異世界行ったら少しくらいはやる気を出そう思う~』の偉大さを再認識しながら、俺は椅子に座ってノートパソコンを開いた。
夏休みはまだ十日くらい先だが、課題として出された中編小説を少しでも進めるためだった。
一人で集中したいところだが、さすがに心優さんに出ていってとは言えない。間違いなく、〝何してるの?〟と興味を持たれるだろう。そのときは正直に答えて、環境づくりに協力してもらうしかない。
「蒼太君何してるの? パソコン?」
早速、興味を持ったようだ。
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