第13話 俺は心優さんの手を握って見つめ合う。

 

 そのコンビニに入ると、レジに並んでいる心優さんがいた。

 手にはオレンジジュースとポッキー。俺が来るまでの間に腹に入れておこうといった感じだ。しかし俺はもうここにいる。


「心優さん」


「え? 蒼太君っ!? はやっ! え…………ワープ?」


 本気か冗談か判断つきかねる表情の心優さん。

 もちろんワープなどしていないので、俺は「そんなわけないじゃないですか」と軽く流すと、すぐに来れた理由を述べた。


「え、えぇぇぇ、そうだったの? そう言われても、やっぱりこの辺、全然知らないし……。でも灯台下暗しだったんだね。なんかすごい恥ずかしいかも」


「俺も住所聞いて驚きました。え? そこじゃんって。でも近くて良かったです。……じゃあ、あの……」


「どうかした? 蒼太君」


「うちに……行きます、か?」


「うん。蒼太君の部屋に帰ろう」


 ぎこちなさの片鱗もない笑顔を浮かべてくれる心優さん。

 俺の中に沈殿していた不安のおりが一気に吐き出される。懸念は杞憂に終わり、俺の心が晴れ渡った。


 だからなのだろう、俺はコンビニを出たところであのときの正直な心境を吐露していた。


 心優さんは一時の気の迷いで俺の部屋に寝泊まりしたと思ったと――。

 冷静になってみて俺の部屋に泊まることが嫌になったのではと――。


 すると心優さんは険しい顔を浮かべてこう言ったのだった。


「怒るよ、蒼太君」


「え? お、怒るんですか?」


「当り前じゃない。だって今のって、まるで助けてもらった人なら誰の部屋にでも泊まるような言い方だもん。私、そんなに節操のない女じゃない。蒼太君だからこそなの。私の意思を尊重するって言ったんだし、もうそういう悩みは抱かないように。分かった?」


 本気のお叱りモードの心優さん。年上の威厳もあってか、俺は若干、委縮した。若干なのは、心優さんの残念な一面を知っているからだ。


「わ、分かりました」


「じゃあ、指切りげんまん」


「指切りげんまんですか。別にいいですよ」


 こうして俺と心優さんはコンビニの駐車場で指切りげんまんをするのだった。

 心優さんの手は俺の手より小さくて、白くて、すべすべで、ぷにっとして、とにかく可愛いらしかった。


「ずっと思ってたんだけど、蒼太君の手って骨ばってて大きいよね」


 名残惜しそうに俺の手を見ている心優さん。


「そうですかね。誰かと手の大きさとか比べたことないんでよく分からないです。でもごつごつしてるのは確かですね。もっとしなやかなほうがいいんですけどね」


「え、そんなことないよっ。私、ごつごつした手大好きだよ。だって男らしいもん」


 けっこうな勢いで俺の骨ばった手を褒めてくれる心優さん。

 俺はやや呆気に取られながら「ありがとうございます」と返す。


「病院で蒼太君の手を見たとき、線が細いのに大きくて、握手したらどんな感じなんだろうってずっと思ってて……今、指切りげんまんしただけだけど、なんかそれだけで守られてる安心感があった」


 大袈裟なような気がする。

 

 でも俺も、さきのゆびきりげんまんで心優さんと指を絡ませたとき、守ってあげたいという気持ちの発露を感じたような気はした。手を繋いだら、はっきりと分かるかもしれない。


 だからこれは成り行き上、ある意味、自然な申し出だった。


「あの……良かったら手を繋いでみませんか?」


「えっ? 手、つなぐ……いいの? い、いいよ」


 なんかおかしな日本語の心優さん。

 動揺でもしているのか、目を何度もしばたたかせている心優さんを手を「では」と俺は握った。


「ふえっ? い、いきなり――っ」


 俺は右手で心優さんの手を握りしめる。痛くならないように優しく。

 刹那、心優さんの手の熱と心地よい柔らかさが手のひらを通して、脳に伝わってくる。


 多分、母親以外で初めて握った女性の手。

 ただ、母親の手を握った記憶もないので、ある意味、人生で一番最初に握った女性の手とも言えた。


 それが綺麗なお姉さんの白魚のように白く可愛い手とは、誰が想像できただろうか。


 ……ああ、これが心優さんの御手手。まるで赤ちゃんのようにすべすべでぷにぷにしてて、この感触はくせになる。


 すべすべ、ぷにぷに、なでなで、すべすべ、ぷにぷに、なでなで。


「ぁ……、そ、蒼太君。そんなに指で色々したら、だめだよ……」


「え? あっ、す、すいませんっ、つい気持ちよくて――っ」


「やだ。気持ちいいとか、もう。……でもやっぱり思った通り。とても安心できる。それに暖かくて頼もしくて、なんか全てを委ねられるって感じ」


「心優さんの手も温かくて、その、守ってあげたいくらい可愛いです」


「嬉しい。七つも年上なのに、そう言ってくれて」


「それを言ったら七つも年下の俺の手が頼もしいってのも、どうかと思いますよ」


「年齢なんて関係ないよ。――蒼太君の手、私好き」


「お、俺も心優さんの手、好きです」


 俺と心優さんの視線が交わる。

 名状しがたい感情が胸にこみ上げてきたそのとき、俺と心優さんがヘッドライトに照らされる。車が俺と心優さんが立っている駐車スペースに入ろうとしていた。


 俺と心優さんはバッと手を離すと、その場からそそくさと離れた。

 

「か、帰りましょうっ。もうこんな時間ですしっ」


 俺は気まずさを振り払うように声を張り上げる。


「そ、そうだね。早く帰って熱いお風呂に入ってゆっくりしたいかも」


 心優さんも察してくれたようだが、直後に痛恨のミス。


「いや、俺の部屋のユニットバスだとそれはちょっとできないというか」


「あ……ち、違うの、間違えた。熱いシャワーを浴びたいなって」


「それならできますね。それと晩御飯ですけど、どうしましょうか」


「あ。そうだった。蒼太君においしい晩御飯を作るんだった。い、今からちょっとスーパー行ってくるね。この近くにある? スーパー」


 本気で今から行く気まんまんらしい。


「歩いて一五分くらいのところにありますけど、今日はもういいですよ。時間が時間ですし、仮に行ったところでスーパーだってやってませんから」


「ワンチャン、やってるかもしれないよ?」


 ワンチャンって。


「いや、二四時間営業じゃないんで、やってないですよ。明日からでいいんで、今日はそこのコンビニにしませんか」


「ううう、ごめんなさーい。私が二時間も意地張って迷い続けたせいで……」


 確かにそれが原因なんだと思うけど、逆にそのおかげで俺は心優さんの手を握れたわけで、結果オーライである。

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