第12話 俺は心優さんをちょっとそこまで迎えに行く。


「それで? 磯山君は何を書くの?」


 今度は紅御前が俺に聞いてくる。


「そうですね。俺も中編くらいは普段書かないジャンルにチャレンジしようと思っていますので、SFでも書こうかと思ってます」


「へえ、それは本当にチャレンジだね。ハードSFだったら今から拍手を送りたい」


「まさか。〝少し不思議〟のSFですよ。そこが俺の限界です」


「いやいや、〝少し不思議〟のほうでも立派なSFですよ。僕もなんどかSF書こうかと思ったことあるんですけど、どうしてもセクシーS不純Fなラブコメになっちゃうので止めました。ははは」


 うまいこと言ったつもりらしい。

 俺はラブコメバカに少々呆れながら、ペッドボトルのコーラを喉に流し込む。


「一応、長沼君にも聞いてあげる。キミは何を書くの?」


「もっちろん、ラブコメです。シチュエーションは同棲。主人公は僕で、相手は綺麗で巨乳のエチエチなお姉さん。痴漢から助けたお姉さんに養われつつ、大人の階段を上っていく18禁すれすれの描写で攻めていきますっ」


 ブーーーーッ!


 俺はコーラを吐き出した。


「わっ!? ちょっと磯山君、なぜにコーラを吐き出すっ??」


 驚いている長沼が、不快な顔をして俺から距離を取る。

 

 俺のせいなのは間違いないが、そもそもこいつが悪い意味でタイムリーな話をするからいけないのだ。よりにもよって、なんでお姉さんとの同棲ラブコメ書こうとするんだよ。


「大丈夫? 磯山君。喉に詰まったの?」


 長沼とは逆に、心配そうに声を掛けてくれる射手園部長。

 とは言っても、若干ダウナー系の入った彼女はほとんど感情を表に出さないので、そう見えただけかもしれないが。


「す、すいません。射手園さんの言った通り、喉に詰まったみたいで……すぐに掃除しますんで」


 俺は掃除用具入れから雑巾を持ってくると、こぼれたコーラを拭く。するととなりで、同じように床を拭いている射手園部長。驚いた俺が何か言う前に、「二人で拭いたほうが早いから」


「あ、ありがとうございます」


「うん」


 巴御前も、普段は優しい女性だったに違いない。



 ◇



 部活を終えて、俺は家路へと就く。

 

 いつもの本屋に寄っていこうかと思ったが、止めておいた。ラノベ同好会の活動日である月・水・金は寄り道せずに帰る。やはりこれは順守すべきルールであったほうがいい。お金の都合だってある。


 というより今日は、部活がなくても本屋には寄っていなかったかもしれない。なんだかそわそわして、本屋の雰囲気を楽しめない気がしたから。


(心優さん、何時に帰ってくるんだろ)


 時刻は一七時四〇分。まさかもう部屋にいるとは思えないが、シフトが朝で定時上がりなら今頃帰宅中かもしれない。

 

 職場は確か、本川越駅のすぐそばの百貨店だったか。最寄りの駅からたった三駅だから、バスを使ったとしても一時間は掛からないだろう。と言うことは一九時には部屋に戻ってくるはずだ。


 待て。

 

 

 俺の部屋にしばらく寝泊まりするような感じだったが、考えが変わることだって充分にあるんじゃないのか。


 俺と離れてふと冷静に考える時間があって、〝なんで私、あんな汚い部屋で年下の童貞君と一緒に住まなきゃいけないんだろう〟って。

 

 そうだ。頭のしっかり働かない朝とは違うのだ。考える時間だって仕事内容によってはたっぷりある。熟考したうえで心変わりがあってもなんら不思議ではない。


 俺も心優さんと離れて比較的冷静な今、〝あんな綺麗なお姉さんが本当に俺の部屋なんかに住むわけがない〟と思っている。


 だよなぁ。あり得ないよなぁ。


 その気持ちは家に着いて三時間たった頃、確信に近くなっていた。

 つまり二一時現在、心優さんはまだ俺の部屋に戻ってはいなかった。


 LINEの交換もしていたのでメッセージでも送ればいいのだが、どう書いていいものか分からなかった。帰る気がないかもしれない心優さんに、〝いつ帰ってくるんですか?〟と聞くのもためらわれて――。


 LINE通話なんてもってのほかで、出てくれたとしても気まずいだけだろう。


 よって俺は腕を組んで、悶々としたもの抱いていたわけなのだが……。


 そのとき、♪♪♪――と、俺のスマホが着信した。

 画面の表示は谷川心優。


 俺は多大なる安堵と緊張感を抱きながら、画面をタップした。


「はい」


「蒼太くーん。助けてぇぇ」


 いきなりの救助要請。

 ふと脳裏を過る、先日の暴漢の件。まさか――。


「心優さんっ、どうかしたんですかっ? もしかして例の暴漢がすぐ近くにいるとか!?」


「ううん、違うの。実はね…………迷子になっちゃった」


 は?


「ま、迷子ですか?」


「うん。駅から蒼太君ちに帰ろうとしたんだけど、あっちかな? こっちかな? それともそっちかな? って歩いているうちに、全然知らないところにきちゃって……。朝はちゃんと駅に行けたんだけど」


 そうか。今日は俺のアパートから出社したからか。

 

 俺と心優さんがいくら同じ市に住んでいるとはいえ、俺のアパートがどこにあるかを把握していなければ迷っても仕方ないだろう。夜で周囲が暗いとなれば、なおさらだ。


 それにしても時刻は二一時を回っている。

 一体、心優さんはいつから彷徨い歩いていたのだろうか。


「心優さん、駅を出て俺のアパートに向かったのって、何時くらいですか?」


「多分、一九時くらいだと思う」


 二時間も!?


「迷いすぎですってっ。もっと早く電話してくれれば良かったのに」


「そうだけど、地元で迷ったなんでダサいでしょ? だからなんとしても私だけの力で蒼太君のアパートにゴールしてやるんだって思ったんだけど……」


「二時間、彷徨い歩いたあげく、結局俺に電話してしまったと」


「うん。ごめんね」


「いえ、迷うこと自体は別に不思議じゃないんでいいですよ。それで今、心優さんはどこにいるんですか?」


「コンビニ。イートインで電話してる」


 俺はほっと胸をなでおろす。

 

 人気のないところでなくて良かった。先日の暴漢の件もあり、万が一ということだってある。心優さんもその〝万が一〟を重々承知でコンビニにいるのかもしれない。


「今から迎えに行きますんで、そのコンビニの住所を教えてもらってもいいですか?」


「え? うんっ、住所は――……」


 と、心優さんの口にした住所、と言うよりそのコンビニは俺のアパートの目と鼻のさきだった。

 近くで良かったんだけど、なんとも複雑な心境なのはなぜだろう。

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