第11話 俺はラノベ同好会に出席する。


 部屋から出て俺は鍵を閉める。


 心優さんと一緒にアパートの階段を降りると、俺は自転車置き場から自転車を持ってきて彼女の横に並んだ。といっても、お互いの目的地の途中まで一緒に行くというわけではない。


 出社の時間が俺より二〇分遅い心優さんは、俺を見送るためだけに外に出てきてくれたのだ。まるで新婚の夫婦である。


「すいません、わざわざ下まで降りてきてもらって」


「いいの、いいの。私が蒼太君のこと見送りたくて勝手に降りてきたんだから」


「俺、帰ってくるの多分、七時頃だと思います。一応、部活に入っていますんで」


「あ、部活ーっ。なんか懐かしい響き。なんの部活なの?」


 俺は一瞬正直に言うべきか悩んだ。

 が、すでにラノベ好きであることを心優さんに公言していることを思い出した。


「えっと、『ラノベ同好会』ってのに入っていまして、そこでラノベについて語ったり読んだり、あとは書いたりもしてます。月に一度は会報も出してますね」


「そうなんだ。同好の士が集まって話すのってそれだけで楽しいよね。でも蒼太君、ラノベも書いてるんだ。良かったら、今度読ませてほしいかも」


「そうですね。考えておきます。じゃあ、行ってきます、心優さん」


「うん。行ってらっしゃい、蒼太君。あっ」


「どうかしました?」


「蒼太君の制服姿、やっぱりいいね」

 

「あ、ありがとうございます」


 俺は手を振って心優さんと別れる。そのまま一〇〇メートル先のT字路まで進んで左に曲がるとき、俺は家のほうへ顔を向けてみる。まだ心優さんが立っていた。彼女がぴょんぴょん跳ねながら俺に両手を振ってくる。俺も同じように返した。



 ◇



「夏休みの課題として中編小説を書いてほしいの」


 放課後の部室。射手園いてぞのくれなの、開口一番がそれだった。


 ――射手園紅。


 彼女は俺の一つ上の二年生で、ラノベ同好会の会長だ。小学二年生からラノベに触れてきた筋金入りのラノベ好きであり、その好きが高じて一〇代でのプロデビューを公言する夢見る少女でもあった。


 と同時に、学校で可愛い女子三人に選出されているショートボブの似合う容姿端麗な先輩。


 しかし恋愛には全く興味がないのか、言い寄ってくる男子をばっさり切り捨てるその様から、くれな御前ごぜんの異名を付けられていた。もちろん、平安時代の女武将、ともえ御前のもじりである。


「中編小説ですか。別にいいですけど何文字ですか」


 俺は開いていたラノベに栞を挟むと、部長に聞いた。


「そうね。四万から一二万文字が中編との認識ではいるけれど、夏休みの日数を考慮して四万から六万文字でどう? 無理な文字数ではないと思うのだけど」


「ええ、それならなんとかいけそうですね」


「あ、ジャンルの縛りとかはあります? 僕、ラブコメしか書きたくないんですけど」


 これは長沼ながぬま智樹ともき。俺と同じ一年で、もちろんラノベ好き。しかし長沼はラブコメ九割、その他一割という極端なラブコメ偏愛者であり、書くのも当然のようにラブコメだった。


「縛りはない。好きなジャンルを書いていいよ。但し、一学期の課題で書いた長編とはテーマやシチュエーションを変えるように。そこだけは守って」


「了解です。……長編のときVtuber物書いちゃったからなぁ。Vtuber物はそれだけで読まれるのに、使えないってのは痛いですねぇ」


 眼鏡のブリッジを中指で押し上げて、独り言のように呟く長沼。

 

 確かに流行ど真ん中の題材を使えないのは、読者への訴求力という点から痛いだろう。だが、長沼の書くラブコメならどんな題材でもそれなりには読まれるはずだ。こいつの書くラブコメはとにかくエロいから。


「別にフォロワーやPVだけで、その小説の面白さが決定づけられるわけではない。中編くらいは、読者の嗜好を考えずに書いてもいいと思うのだけど」


 と、射手園会長。

 暗に、読者に媚びるなと言っているようにも思えた。


「そうなんですけどねぇ。僕、読まれないとモチベーションがガクッと下がっちゃうんですよ。当然、クオリティも下がって悪循環に陥るというか。磯山君だってそうでしょ? ウェブサイトで書くならやっぱり読まれたいもんね」


「まあな。だから俺は今回は全部書き終えてから投稿する。それなら読まれなくてモチベーションが下がろうが関係ないからな」


「あ、僕もそれ考えたことある。でも、書き溜めている内に、これ果たして面白いのかどうか自信がなくなってきて、読者の反応が気になっちゃうというか」


 長沼の気持ちも分かる。

 誰だって書いた物は他者に読まれたい。他者の反応が知りたい。

 

 その点に関して言えば、公開してすぐに読者の反応を知ることのできる小説投稿サイトは小説書きには天国だ。


 特に俺達ラノベ同好会が小説執筆の場として使っている大手出版社運営のサイト『ノベル・ミーツ・ワールド』――通称ノベルドは、とにかく読者の数が多い。ウェブ受けするジャンルで流行に乗れば、誰にも読まれないなんてことはまずない。


「射手園さんは何書くんですか?」


 俺は射手園部長に聞いてみる。

 彼女は小さく頷くと、「ミステリ」と答えた。


「ミステリですか。ウェブで一番読まれないジャンルですけど、勝算はあるんですか?」


「読まれるという意味での勝算なら、そんなものはない。でも、不人気のジャンルだからこそ自分の力をちゃんと図れると思ってる。数人の読者がついて、最後に感想でも書いてくれれば御の字ね」


 確かに御の字だろう。なにせ、本当に読まれないジャンルなのだから。

 

 読まれたいなら、同じミステリ好きと交流でもして相互で読み合うのが手っ取り早いだろう。しかし、〝社交辞令の読み合いなんてまっぴごめん〟と言い放つ射手園部長がその方法を取ることはあり得ないのだった。

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